第62限 興せ、学園経済
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
「うん、決めた。経済をつくろう」
「……え?」
「はい?」
朝、生徒会室にやってきたばかりの二人に、僕は独り言のように天井を見つめながら言った。
「経済をつくる」
その言葉に二人は顔を見合わせて、肩を竦める。
甲斐は上着をハンガーに掛け、壱岐さんは配給された菓子パンを口にもぐもぐと詰め込んで、二人はいつもの席……ソファに腰かけた。
「また、何を言い出すんですか」
甲斐が呆れたように口角を上げる。
「そうですよぉ。学園に……経済……ですかぁ?」
壱岐さんも混乱している。
「そう、経済だよ。学園に経済を生むんだ」
「なんというか、はっきりしませんね。そもそも『経済』という言葉自体が少し抽象的すぎます」
感情が眼鏡と連動していると噂される甲斐の眼鏡は、すごい頻度で鼻先の方へずれ、その度に甲斐はくいくいとそれを指先で押し上げる。
たしかに説明不足が過ぎたようだ。
「『経済をつくる』と言っても、それは何というか……たくさんの過程や、個人の行動、政策の実行を経た結果だよ」
「まあ確かに、経済とは様々な要素の集合体ですが……」
経済とは、簡単に言えば『モノを生産し、生み出された利潤を分配し、モノを消費すること』であり、その循環だ。
たとえば、
車を作る会社が自動車を生産する。
それを消費者が買う。
そこで生み出された利益を、生産に協力した労働者に分配する。
ということ。
社会でこれらが複雑に絡み合ったものの集合体……それこそが経済だ。
そしてイギリスの経済学者ピグー曰く、
『経済学は光を求め、果実を求める科学だ』
である。
「要するに……モノのやり取りをしましょう! ……ってことですかぁ?」
壱岐さんの指摘に「正解だよ」と返す。
「そう、まさにその通り! 僕らでこの学園に、循環を生み出すんだ」
「なるほど……」
さすがは甲斐だ。なにか腑に落ちたのか、目を伏せて思案し始めた。
一方で壱岐さんは完全には理解しきれないのか、笑顔のまま小さな「?」を浮かべて、僕と甲斐の顔を交互に見つめる。答えが欲しそうな顔だ。
「ですが、問題がありますよ」
「いちおう聞こうか」
「まず、我々は大事な部分『生産』が行えていません。つまり、買うモノがない状態です」
「たしかに。だが似たようなことは行えているよ」
「……?」
甲斐が傾斜した眼鏡をかけ直し、口元に手を当てて、また深く考え始める。
壱岐さんは変わらず「?」を浮かべたまま笑顔を保っている。
しばらくすると甲斐が鼻から息を通して、少し笑った。
「……『生産』……ではなく、『採集』、と言い換えた方がいいんでしょうかね」
甲斐の答えに、僕は笑顔で首肯した。
「そう。僕らは倉庫に資源、物資を蓄えている」
「それを生徒が購入する……と?」
「ああ。だけど配給制度は維持されないといけないから、適度にね」
僕たち学園は、工場はおろか、田畑すら持ち合わせず、何も生産できていない状態だ。
だが、《校外委員会》の活躍と、《災害対策委員会》のおかげで、食料や日用品などの物資を確保・保管することができている。校外に出て、物資を『採集』し、学園にもたらす…これが生産活動に置き換わるのだ。
「それらを買い求める行為こそが『消費』となるんだ」
「…では『分配』は?」
分配とは要するに、労働に発生する給料だと考えてもらえればいい。
「そう。僕らがこれから積極に働きかけるべきはその『分配』の要素だよ」
壱岐さんは人差し指の先を顎にあてて、「うーん」と必死に考えている。そして、はたと手を合わせて、「分かりましたぁ!」と挙手した。
「つまり、お金が必要なんですね!」
「また正解だよ、壱岐さん」
「えへへ、やりましたぁ」
甲斐は胸ポケットから100円玉を取り出して、それをしばらく眺めた。
「では、円を校内でも流通させるんですか?」
甲斐の問い。
「意地悪だな、甲斐。その答えは分かり切ってるくせに」
僕がそう言うと、甲斐は驚いたような顔をしてからふっと笑い、100円玉を宙に放ると、それをパシッと音を立てて掴み直した。
「円の流通はあり得ないですね。始まりから『格差』が生まれる」
「だね。もともと電子決済の時代だ。円を、貨幣を持ってる人は少ないだろうから、持つ者とそうでない者が生まれてしまう。それに生徒会が生徒全員が持つ紙幣や硬貨を集めて、また平等に分けることにも不満が生まれるよね」
「……そうですね。紙幣貨幣が再びお金としての機能を持つと知れば、全員がそれらの回収に素直に応じるとも限りません」
「つまり……」と壱岐さんが指を立てて発言する。
「つまり……私たちでお金を作る……んですか?」
「またまた正解! 凄いね、壱岐さん」
「えぇへへぇ……」
照れた様子で壱岐さんが頭を搔く。
「ただ僕らが発行するのは、お金ではなく、言わば交換券だ」
「……交換券」
甲斐が交換券という言葉を咀嚼する。
「券一枚を物資一品と交換する、ということですか?」
「いや、戦中の切符制がしたいんじゃない。僕がしたいのは、点数制……かな」
「点数制?」
「働きに応じた点数を生徒に与え、物資にはその価値に見合った点数を付けるんだ」
「……なるほど。円のような細かい数値の設定は避け、切符制のような大まかすぎるものでもない」
「中々妙案だろ?」
「えぇ、それに貨幣……点数という報酬の設定は、生徒たちが働く誘引になります」
そう、この報酬点数制を敷く最大の利点は、《生徒会》が各種委員会の委員に給与を支払えることだ。必要最低限の食事は学園が補償するが、嗜好品や娯楽品、追加の食事などの入手にこの点数を必要とすることで、生徒たちが学園のために働くことを促すのだ。
そしてこれまで奉仕活動として頑張ってくれていた《校外委員会》や《風紀委員会》、《環境委員会》、《災害対策委員会》などの委員たちを労働者として給料を支払える。
「……甲斐に壱岐さん……やっと二人にも給料を払えるよ」
僕はそう言って、背もたれに体重を預けて、ふぅと息をついた。冗談めかして言ったが、この学園の秩序維持に、最も貢献したのがこの生徒会役員二人だ。
他にも死地で活動する校外委員のみんなに、山城、それに各学年代表たち、風紀委員長の伊予さん、配給に尽力してくれる災害対策委員……みんなこれまでよく尽くしてくれた。
そしてこれからも、これまで以上に尽くしてもらうために、彼ら彼女らには相応の褒美を取らせるべきだ。
「それで、肝心の券自体はどう用意するんですか? 生徒500人全員が持つには大量の印刷が必要ですよ」
ソファに座り開いた足の両膝の上に両肘を乗せ、前のめりになった甲斐。議題に集中してくれている良い証拠だ。
「そーですよねぇ……コピー機はもちろん電気が通ってないと使えないですしぃ〜……。う〜ん……」
壱岐さんも唸りながら腕を組んで、必死に頭を回転させている。
たしかに、この報酬点数制を敷くための最大の問題点は、点数を表す券をどう用意するかだ。
電気は通っていないのでコピー機は使用不可。まさか活版印刷機があるわけもない。全て手書きでやるのもありだが、言うまでもなく、面倒極まりない。
しかし、この問題には良い解決口がある。
「壱岐さんなら、分かるんじゃないかな?」
僕がそう言うと、壱岐さんはまたまた「?」を浮かべた。
「わ、私ですかぁ?」
自分を指差す彼女にうんうんと頷いてやる。
「……ご丁寧に点数が書いてあって、なんと後ろ面には綺麗なデザインまでしてあるものさ」
僕は会長席から立ち上がって、生徒会の壁一面を埋める資料棚の方へ向かう。
「それに手のひらサイズで、造りもしっかりしてて、学園になぜか大量に保管してある……」
にやにやしながら僕は資料棚へ手を伸ばす。ここには、壱岐さんが以前、あるものをしまっていた。
「昨日、少しだけだけど、話題に上がったよね?」
その言葉に、壱岐さんがハッとして顔を上げ、昔のアニメみたいに手のひらに反対の拳を打ち付けて「わかりました!」と嬉しそうに言った。
僕が答えを棚から取り出すより先に、壱岐さんが答えを叫んだ。
「『トランプ』! ですねっ!」
「大正解だよ、壱岐さん」
僕は資料棚に仕舞われていた赤い背面が綺麗なトランプを取り出して、にやっと笑った。
トランプを通貨としてやり取りする……学園経済勃興の象徴『報酬点数制』の幕開けだ。
[いいね][ポイント評価][感想]、残して頂けると頑張れます……!
時間を定めず投稿しているので、本作を少しでも気に入って頂けた方は[ブックマーク]をお願いいたします! 読んでくれてありがとうございます!




