第60限 不良生徒収容棟
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
黒いコートに、「生徒会長」の腕章を左腕に通した僕は、廊下を進む。
向かっているのは、部室棟だ。
部室棟は、新校舎のとなりにある旧校舎に併設されている建物で、部屋数は20を超える。
部屋は一つ一つがとても細長で狭く、扉は鉄製で、窓には格子がはまっている。
そんな構造なので、今は問題を起こした生徒たちの収容所だ。
不良生徒をそのまま放置して、学園が無法地帯となるのを避けるために、仕方なく設置している。
前から三人の生徒が歩いてきた。
今、生徒たちは大半が第二回校外遠征で量を確保し、配給したシャツなどを着ているが、その三人はぴっしりと学園の黒い制服を着込んでいる。
それに、「風紀」の文字が象られた腕章。
「や。見張りの交代?」
僕は彼らと少し話そうと、片手を上げた。
すると三人は互いを見やって、ニヤリと笑うと、ビシッと手の平を額に当てる敬礼をする。
「え、ちょ、なに……?」
「何って、敬礼ですよっ!会長閣下」
「かっ……。止めてくれよ恥ずかしいっ」
「え~」
警察官になりきっているのか、僕をからかっているのか、もしくは両方か。
彼らはまるで上官へするように敬礼をしてくる。
やめてくれ、と言うと三人は文句を垂れながら、腕を下げた。
「……もう。で、君らは部室棟の?」
「えぇ。見張りを交代してきました」
「そう。ご苦労さま。異常なし?」
そう問うたのがマズかった。
異常なしかの質問に、彼らはまた顔を見合わせて笑い、
「はっ、異常なしでありますッ!」
と、ビシッと敬礼してくる。
「たはぁ……」
変なため息を出して、僕は頭を抱えた。
──そんなにやりたいのか……もう……好きにしてくれよ……
どうせ飽きるなり疲れるなりして、すぐやめるだろう。
「はい。ご苦労さまでした」
諦めて、僕もテキトーに手の平を額に当てた。
それにいたく感激したようで、三人は顔を明るくして「では失礼します!」と元気に去っていった。
「やれやれ」
部室棟はすぐそこだ。
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……突然のフラッド発生によって、崩壊した日本。
そんな中で、学園の敷地内という小さな安全圏の内で暮らした我々の祖先『最後の人類』。
国父様に導かれた彼らの置かれた状況に、類似した環境下で実施された心理実験がある。
旧世界の、アメリカ国で実施された「ミルグラム実験」である。
これは現在でも多くの書物で確認できる。
概要はこうだ。
まず、実験参加者を教師役と生徒側に分ける。なお実験の被験者はこの教師役のみであり、生徒役は役者を用いたサクラだ。
教師役の被験者は、生徒役のサクラに問題を出す。もしそれが合っていれば次の問題に、もし間違っていれば、教師役に生徒役の座る電気椅子のスイッチを押させ、間違う度にその電圧を上昇させるという内容だ。教師役の人間は、生徒役が間違ったときの悲鳴や、苦しむ様子を別室で確認しており、そういった状況下においても教師役は電気椅子のスイッチを押し続けるのかどうかが観察された。
加えて、教師役がスイッチを押すことを躊躇い始めると、白衣をまとう権威ある学者を演じる者が淡々と、
一度目の躊躇に「続行してください」
二度目に「あなたには続行していていただかなければならない」
三度目に「続行していただくことが絶対に必要です」
四度目に「迷ってはいけない。これはすべきことなのです」
と告げることもした。
そして、「危険。苛烈な衝撃」と注意書きされた電圧以上を越えて、最大の電圧のスイッチを押した教師役は、半数以上であった。
結果から分かることは、普通の平凡な市民も、一定の条件下では冷酷で非人道的な行為を行う……ということである。何かしらの権威を持つ者が「実行せよ」と下命すれば、大多数の人間は残酷なことであっても仕事として実行してしまうのだ。
要するに、『最後の人類』と今では呼ばれている我々の祖先が、権威者である国父・安芸様に様々な役割を与えられ、それをこなしていく内に、今のような秩序が出来上がったのではないだろうか。
前述の実験のように、歴史ある風紀委員会の役を与えられた生徒は、まるで旧世界でいう警察官のようになっていき、栄えある我らが校外委員会の役を与えられた生徒は、旧世界でいう軍人のようになっていったのだろう。
こうして、新世界の秩序……【校国】が建設されていったのではないかと、私は考える。
《校暦69年、出版申請第94号『旧世界と新世界の狭間に関する考察』より抜粋。図書委員会検閲会議の結果、一部不適切箇所の訂正が認められれば、その発行・出版を許可する》
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芥川龍之介曰く、
『理想的兵卒はいやしくも上官の命令には絶対に服従しなければならぬ。絶対に服従することは絶対に責任を負わぬことである。すなわち理想的兵卒はまず無責任を好まねばならぬ』
である。
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二階の連絡通路を渡ると、部室棟に入った。
三階建ての部室棟。
この階も他の階と同様に、狭い等間隔で鉄の扉が並んでいる。
「あれ、安芸?」
「やぁ、お疲れ様」
部室棟に入ると、腕章をはめた制服姿の男子生徒がいた。
赤いネクタイの、同級生だ。
「どうしたんだよ、こんな場所に」
「ちょっとね、問題を起こした生徒から話を聞こうと思って」
「はぁー、そりゃ仕事熱心だな」
「お前もな」
彼の肩を小突くと、「へっ」と彼は笑った。
「まぁ危なくなったら言えよ」
「分かった。鍵、ある?」
「え?! 中に入んのか?!」
「? う、うん」
驚いた様子の彼。
「ま、まぁ止めはしねぇけどよ……」
鍵を受け取り、僕は礼を言って進んだ。
ズラッと並ぶ鉄の扉。
建物自体は新しいので、寂れた牢獄という印象はなく、扉の間隔が狭いマンションのようだ。
一つ一つの扉には、紙がガムテープで貼り付けてあって、そこには手書きで収容者の名前が書かれている。
その紙は10枚ほど、扉に貼られていた。
僕はその内、入り口側手前にあった一室の前に立つ。
書かれている名前は、「三入」。
風紀委員会に作成を頼んだリストによれば、三入は僕たち校外委員会が校外遠征に出ている間に、校内で暴力事件を起こし、相手をたこ殴りにしていた生徒だ。
コンコン、と扉をノックする。
すると数秒の間をおいて、「……あ?」という低い声が返ってきた。だが凄んでいるようではない。
「入っていいかな」
扉に顔を近付けて、そう問う。
すると、そばにいた風紀委員の一人が、腰から拳銃を引き抜いてこちらに寄ってきた。
万が一の危険に備えて、僕を守るつもりなのだろう。
だが僕は、彼を手と視線で制止し、下がらせる。
「……構わねぇぜ」
部屋からの返事を確認し、僕は扉の鍵を開け、ノブを捻った。
「失礼するよ」
「あぁ、失礼してくれ」
覗くと、中には一人の男子生徒がいて、ベッド代わりの体操マットにあぐらをかいていた。
三入は、短い髪を茶色くした、大柄な男子生徒だった。
染髪は校則違反だが、意外と校則に学校側が緩く、黙認されている。それでも髪を染めた生徒は、この学校では珍しい。少なくとも、この進学校桐葉峰に入った優等生たちは、名門大学への進学を果たすために髪は染めない。
髪を染めるのは、いわゆる不良と呼ばれる部類か、……日向のようなおバカだけだ。
「……会長か?」
自分の牢へ入ってきた者の正体に、三入は驚いた様子だった。
「……悪いが、茶も菓子も切らしてるんでな。もてなせないぜ」
「あれ、菓子を持ち込んだの? それはいただけないな。もっと反省が必要なんじゃない?」
「はっ。……冗談だよ」
「そうか。よかった」
僕たちは軽く挨拶のような何かを交わす。
すると三入が、反省文が書けるように設置された、教室にあるような椅子と机の方へ進み、その椅子を僕に「ん」と言って押しつけてきた。
──「座れ」ってことかな
「ありがとう」
僕は素直に椅子を受け取り、扉の前にそれを置き、腰掛ける。
彼はと言えば、紙やらペンやらをどけて、机の上に座った。
「……で、どうしたんだよ。俺の死刑でも決まっちまったか?」
三入は机の上でもあぐらを組み、膝で頬杖をついて、ぶっきらぼうに聞いてくる。
死刑云々の話に、僕は笑って首を振った。
「ちがうよ。……ちょっとね、話をしようと思って」
「……」
彼の眉間にシワが寄る。
話って何だよ! って感じだ。
「ほんとに色々話がしたいんだ」
「色々……ね。そうだな、まずは俺が生まれた時の話でもどうだ?」
三入は僕を馬鹿にしたようにフッと笑って、そう言った。
だが僕はすぐにこう返す。
「そうだね。まずはそこから始めようか」
「……は」
彼は口を少し開けて固まったが、しばらくすると目線を下に落とし、ため息をついて、顔を手の平で撫でると、困ったように話し始めてくれた。
彼の地元は、この街ではないと言う。
県外の田舎町に生まれ、中学では陸上に打ち込んだらしい。勉強はあまり得意ではなかったが、陸上で才能が花開きいた。それからスポーツ推薦を貰い、彼曰く「テキトーに選んだ」のが桐可学園であったと言う。
三入はそこまで話すと、背中を壁に預けて、黙り込んでしまった。
「……たしか、桐可の陸上部は退部したんだよね?」
「……」
彼の略歴には「陸上部を途中退部」とあった。
彼は陸上を愛し、愛されたはずだ。
預けた背中を再び離し、彼は首後ろを掻きながら、俯きがちに答えた。
「怪我を……したんだよ」
「……怪我」
三入は右膝の辺りを摩る。
「そ。事故だった」
「それは……」
「そんでもうダメよ。走れない奴に、陸上部の居場所なんてないさ」
陸上部の仲間たちにも腫れ物扱いされるようになり、教室にも部活にも、居場所を感じられなくなったと言う。それからは他校のワルとつるむようになり、中途半端な不良に成り下がった、と。
彼は冗談めかして語ったが、その悩みは深そうだ。
僕は、生徒会長として何ができるだろうか。
こんな世界にならずとも、平和な世界で生徒会長の僕は悩みを一人で抱えていた彼に手を差し伸べられたのか。
「……居場所が、欲しい?」
「……はぁ?」
僕の問い掛けに、三入は語尾を上げた。
今、彼に必要なのは「自分がいてもいい、必要とされる居場所」だと僕は思う。
彼は陸上部という、彼自身が必要とし、必要とされた居場所を突然、奪われた。
自分が集団に属していながら、他人に必要とされないのは中々に辛いだろう。
オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー曰く、
『人は居場所がないと感じると、精神を病んだり、アルコールに溺れたりする。他者に貢献することで、居場所を確保すればいい』
である。
居場所を必要としない人間などいないのだ。
「居場所……」
三入は呟き、右脚の傷を摩る。
「今は走れるの?」
「あ、あぁ。競技には出られねぇが……」
「じゃあ十分だ!」
僕は膝を打って立ち上がり、彼に提案する。
「校外委員会に入らない?」
「こ、校外委員!? 俺がか!?」
「あぁ。走れるなら問題ない」
「俺みてぇな不良を?」
「嫌なの?」
「嫌ってわけじゃ……」と三入は後ろ頭を搔いた。
彼の俯いた瞳の裏には、かつての陸上部の光景が浮かんでいるのだろう。自分が必要とされる居場所が。
「……いいのか?」
上げていた腕を下げ、三入は瞳をこちらに向けて、遠慮がちに聞いてくる。
その問いに、僕は苦笑いで答えた。
「《校外委員会》はいつでも人手不足なんだ。君が必要だ。お願いだから、入ってくれない……?」
「……はっ」
仕方ねぇな、と三入は首を鳴らして立ち上がる。
「やってやるよ、俺様がフラッドの野郎共を皆殺しにしてやる」
「期待してるよ」
僕は三入と握手を交わし、彼の最後の反省文を床から拾い上げ、牢を後にした。
彼はこれまでに三枚の反省文をびっしりと書いていた。全てに目を通したのは《風紀委員会》だが、委員長の伊予さんは「反省が認められ、かつ相手と和解できた」と略歴に記載している。
半ば、彼を利用した形で僕が委員長を務める《校外委員会》を補充してしまったが、彼自身が拒まないのだ。きっと新しい何かを見つける機会になるだろう。
◆
僕はそれからまた部屋を一つ一つ回り、話を聞き、反省と被害者との和解が認められた生徒に関しては、(まず校外委員会にスカウトして……)自由を与えた。
問題だったのは、桐原中学校の密閉された体育館の中を、暴力によって支配していた不良たちだ。
彼らの仕出かした事……犯罪は余りにも悪質で、到底、反省文や和解程度で釈放できるものではない。
どんなに追い詰められたと言っても、女子を力で組み伏せ、複数人で暴行に及ぶなど、看過できるはずない。
彼らには学園の司法制度や、その道の専門家が育成されるまでは収容棟から出さない旨を伝えた。犯罪行為の内容に合った量刑が完了した後に、罰を与えると言った。
不良少年たちの中には、泣き出して「ごめんなさいごめんなさい」と僕の足にしがみつく者もいたし、怒り狂い「この野郎!」と叫び僕に殴り掛かる者もいた。ちなみに後者は風紀委員に取り押さえられている。
そして、リーダー格だった彼はと言えば……
「ひっ、ひいぃぃぃぃっ!」
僕を見るなり、怯えて部屋の隅に丸まってしまった。
僕と彼は、体育館で戦っている。
あの時、僕は義手の右腕の力が制御できなくて、彼をワンパンで吹き飛ばしてしまった。
あれ以来、彼はどうも僕が心底怖いらしい。
彼の腕を折ってしまったりしたが、彼は僕をカッターナイフで殺しに来たのだ。
謝りなどしない。
「く、来るなァ! 化け物ォッ!」
目を見開き、汗を垂れ流し、ガタガタと震え、体を小さくする不良グループのリーダー。
まさしくその様子は、化け物と対峙しているようだった。
僕は右手をぐっと握る。
化け物。
なぜだろうか。彼の言葉が、胸に棘を刺した気がした。
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