第59限 学園内政のはじめ
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
「壱岐さん、たしか《災害対策委員会》からの報告書が上がってたよね」
「はい! 報告書、というか、目録ですがぁ」
「持ってきてもらえるかな」
「はぁーい」
生徒会室。
資料棚にとことこと壱岐さんが駆け寄り、つま先で背伸びをして、彼女は「備蓄」とラベリングされた青いファイルを人差し指で引っ張った。「ええーと、たしかぁ」とそのファイルをペラペラとめくりながら、会長席に腰かける僕の方へそれを運んでくれる。
「これです。『第二回校外出動により獲得した物品一覧』ってとこです! 《災害対策委員会》からは『物資それぞれの使用目的や配給頻度などを知りたい』とも言付かっていますぅ」
「うん、分かった。ありがとう」
「全24ページです」
「ぶっ」
口元に運んでいたお茶を噴きかけた。
「ぜ、全24ページ……?」
「はいぃ」
にこにことした彼女が悪魔のようにも見えるが、僕の仕事だ、仕方がない。
頬杖を突きながら、反対の手で分厚いファイルをぱらぱらとめくり、さっと目を通す。先日行った第二回校外遠征において、商業施設マルソトから回収した衣料や食料、医薬品や日用品に酒類などがカテゴリ別にまとめられていて、その量や消費期限なども併記されている文書だ。写真やイラストがないため、全てが文字で構成されたいかにも頭の痛くなりそうな書類。ご丁寧に「会長記入欄」という僕の指示を記入する欄まで用意されている。
「……『トランプ50セット』って……なんだ……?」
中には明らかに終末世界をサバイバルするには不必要なものもあったが、細かい指示を避けて「とにかく店内のものを手当たり次第に回収しろ」と命令を出したのは僕だった。
「あ、わたし実はそのトランプ貰ってきちゃいました! えへへ、今度やりましょうよ!」
「そ、そうだね……」
僕はファイルに書かれた「50セット」の文字を二重線で消し、その上に「49セット」と訂正を入れた。
◆数分ののち
「……うーん。やっぱり伊予さんにお願いしないとなぁ」
《災害対策委員会》から追加で上がってきたのは、『保管庫に泥棒が入ることがある』というようなものだった。保管庫は食糧や衣料、日用品など多くの資源を保管していて、今は体育館前の体育倉庫を利用している。
生徒にはちゃんと食料や水を配給してはいるが、現状は腹がすいたから購買で何か買おうとか、喉が渇いたから蛇口から水を飲もうとか、かつてのような消費ができない状況にあり、生活水準が大きく落ちてしまっている。それに耐えかねた何者かが、保管庫に侵入し、菓子などの食糧を盗んだようだった。
これにはやはり見張りを付けるしかないが。
「仕事を増やすようで申し訳ないけど……」
二年女子・伊予さん率いる《風紀委員会》にはたくさんの仕事をしてもらっている。校内の巡回や、校門の見張り、不良生徒の取り締まりなどなど、少ない人数で校内の治安維持、秩序維持のためによく尽くしてくれている。
「人員不足も解消しないとな」
僕はペンを取り、コピー用紙に《災害対策委員会》宛ての返答書と、《風紀委員会》宛ての指令書を書いた。
《災害対策委員会》には風紀委員の見張りを保管庫に立てさせること、《風紀委員会》にはその保管庫番の委員の選定と、風紀委員人員増強の
許可を記した。
「壱岐さん。これ頼めるかな」
そう言って僕は返事を書いたコピー用紙を丸めて紐で括り、その二つの筒を彼女に差し出した。
「はい!」
壱岐さんは最近、頼られることが嬉しいようで、仕事を依頼するとパァと笑顔になってくれる。
お遣いを覚えたばかりの子供のようで可愛らしい。
紙に手をかけた彼女に、もうひとつ頼み事をする。
「あ、それと、《風紀委員会》の伊予さんにはリストの作成を頼んだんだ。それを持って帰って欲しい」
「お任せ下さい!」
伊予さんはまだ二年生だが、とても真面目な気の強い女の子で、風紀委員の仕事も問題なくこなしている。空手部部長も務めており、その実力をもって、学園の問題を解決してくれたりもした。
何でも女子からの人気が高くなっているらしい。
壱岐さんは「いってきます!」と敬礼して部屋を出ていった。
「ふぅ」
ギィ、と背もたれに体重を乗せる。
「甲斐も休んでくれ。活字中毒になるぞ」
「中毒になって、睨めっこが捗るんなら、そっちの方が楽ですよ。……嫌々やるよりはね」
軽口を挟みながら、一人で考えてもしょうがないことを話し合う。
食糧のこと、水のこと、それに衛生環境のこと。
甲斐は最後の衛生については特に関心があるようだった。彼は《環境委員会》の委員長でもあるから当然だ。
「会長はこれからどうするんですか?」
「ん? 少し生徒会室を空けるよ。用事」
「じゃあ僕も離れてもいいですかね、環境委員会を蔑ろには出来ないんで」
「あぁ、構わないよ」
「では」
甲斐は目を通していた書類をカテゴリ別に別け、束の端をトントンと机に叩いて揃え、ファイルにとじていく。真面目そうな見た目に、黒い眼鏡、ピシッと着た制服……それらに書類の整理をする様はよく似合う。
あらかた紙を片した甲斐は膝を叩いて立ち上がって、ドアの方へ向かった。
彼がノブを握ろうとすると、スカ、とノブが逃げて、甲斐の手が空を切る。
「あれ。お、お出かけですかぁ?」
壱岐さんが帰ってきた。
「はい。ちょっと《環境委員会》へ」
「そ、そうですか。頑張って下さいねぇ……」
眼鏡の向こうの両目を曲げて、甲斐は壱岐の頭一つ上で笑った。そんな彼とはあまり目を合わせず、壱岐は道を彼に譲り、小さく頭を下げた。
甲斐を見送った壱岐さんは、二つに折られたコピー用紙を大事そうに両手で持って、僕の方へ駆け寄ってくる。
「配達完了しましたぁ! それと……リスト? です!」
「ありがとう。じゃあ休憩してもらっていいよ。たまには友達のところに行ったらどう?」
「あ、そうですね……。でしたら遠慮なく、です!」
「うん。いつもありがとう」
「え、えへへ……」
礼を言われて、こそばゆそうに彼女は頭を搔く。
伊予さんに作成を依頼したリストを受け取り、軽く目を通す。
「会長、それでは」
「うん」
普段から整理整頓を心掛けている彼女は、大して片付けることも必要とせず、すぐに部屋を出ていった。
「さてと……」
僕は僕の仕事を続ける。
リストの内容に、しっかりと目を向けた。
書かれているのは、拘束生たちのリストだ。
拘束生とは仮称だが、要するに悪いことをして風紀委員会によって部室棟に拘置されている者のことである。
要するに、刑務所に入った囚人たちのリストだ。
問題を起こした生徒は隔離せねば、秩序が乱され、不安や不満が広がる。
まぁだがほとんどがちょっとした喧嘩やいざこざで収容された生徒で、これらは数日の拘留と反省文、相手との和解が認められれば釈放するつもりだ。
普通、学校の中の喧嘩に国家権力・警察は動かない。
しかし今は、この学園という集まりが、僕たちにとって最大のコミュニティだ。この小さいが大きな社会的集合の秩序を守るためには、小さな喧嘩も放置できない。
もちろん彼らの中には、悪質な問題を起こした者もいる。
先日、僕たち校外委員会が向かった桐原中の体育館を、暴力で支配していた不良たちがそうだ。
リーダー格の男は、仲間と一緒に女子生徒を襲っていた。
これには相応の罰を与えねばならない。この罰については要相談だが、おそらく数年に渡り、部室棟に収容することになるだろう。もしくは対価なき労働か。
「罰の決定……どうすればいいんだ……? 適用するのは日本の法律でいいよな……。なら罰も同じ? 罰金なんて意味ないしな……。あ、校則にそういうの明記しないとなぁ……。『そんなんドコに書いてあんだよ』なんて言われたら反論できないぞ……。そもそも誰が裁くんだ。当該部署がウチにはないし……」
中国魏晋南北朝時代の南朝宋の偉人・范曄曰く、
『刑罰は乱を治めるの薬石なり。徳義は平を興すの梁肉なり』
である。
刑罰は世の中の混乱を鎮静化する薬であり、人として当然に守るべき道徳的義務…徳義は平和を作る良い食事である、という意味だ。
はぁ、とため息をつく。つく、というか自然と出た。
考えることが多過ぎる。
だが、これを止めることは「もう生きるの諦めて心中しよう!」と言うようなものだ。
これからも生き続けるためには、安全の確保と秩序の維持が必要だ。それに関する思考を止めることは、生を諦めることになる。
「校則の修正……改訂……追加……。もう校則なんて小さいもんじゃないなぁ……。何だろう……校法……?」
腕を組んで「うーん」と唸るが、答えは出ない。
というか、今やるべきはこれじゃなかった。
考えるのは頭のいい甲斐や、詳しい者と一緒にやろう。
僕は収容生徒名、学年、収容理由、反省傾向の書かれたリストをもう一度、斜め読みして、折り畳み、胸ポケットにしまった。
「よし。お仕事お仕事」
座り心地の良いアンティークな椅子から腰を離し、部屋の端にあるこれまた木製のアンティークなポールハンガーからコートを取る。
黒いコートに袖を通し、腰のベルトをキュッと締めるとウェストが絞られて、砂時計型のラインが出来た。鏡を見て、乱れた箇所を直す。苦しいのでコートの上の方のボタンを開けていると、胸元からはカッターシャツと赤いネクタイが覗く。
まるでどこかヨーロッパの国の軍人のようだ。
このセンスは好きではない。
……こういうウェストラインを絞るデザインは、背の低いアジア人の体型には似合わない。
せめて似合って欲しかったが、残念だ。
コートの次は、机の上の「生徒会長」の腕章をはめる。これから行く場所には、生徒会長として向かうからだ。
寒さ対策のコートに、責任証明の腕章。
準備は万端だ。
だが、ドアのそばにある姿見で全身をチェックしてみると、やはり似合わない。足元まであるようなトレンチコートは身長が低い人間が着ると、だぼっとして見えて情けない。しかもベルトで腰を縛るもんだから、余計に鍛えられていない貧相な体が目立ってしまう。肩幅がもっとがっしりしていて、足も長くて、身長は180くらいあればいいのだが、スポーツとは無縁だった僕には全てが欠けていた。
軍人が着るコートがかっこよく見えるのは、やはり体が鍛えられているからのようだ。
「せめて身長があればなぁ」
僕はつまらないことを言い、ちょっと踵を浮かせながら、生徒会室を出た。
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