第56限 従う者
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
一日前、吉田たちが「学園を離れる」と安芸に告げた日。
生徒会室には、二人の役員がいた。
《環境委員会》委員長にして、生徒会会計、兼、生徒会副会長を務める、安芸の右腕にして、実質的な学園のナンバー2である甲斐。それと生徒会庶務の癒しキャラ・壱岐だ。
安芸は「気分が悪い」と言って、生徒会室を離れており、夕暮れの陽が差し込む室内は、どこか静かだ。
壱岐はファイルに各種委員会からの報告書をまとめていて、甲斐はといえばボーと眼鏡越しに生徒会室の出窓に腰掛け、夕日を眺めている。壱岐がしている作業も後片付けのようなもので、甲斐に関してはすべきことを終えているのだ。
何か考えごとをする甲斐。どこか不機嫌そうな彼の様子をチラチラと壱岐は窺い、こほんと咳払いしてから話しかける。
「いや〜、大変なことになりましたねぇ……」
吉田たち四人のことだ。
学園を離れるなどと突然言い出して、生徒会長である安芸の不要な悩み事を増やしている。
「……」
甲斐は黙ったままだ。
それに気まずさを覚え、壱岐は瞬きを増やして、まとめ作業に戻る。
「……彼らは」
「……はい?」
出窓から腰を離し、甲斐は彼女に背を向けて何か呟いた。反応があったのに安心して、壱岐は甲斐の背を見つめる。
甲斐が続ける。
「……彼らは、後悔するでしょう」
「え?」
壱岐はいまいち要領を得ない。
吉田たちが後悔する、と甲斐は言う。
「……いや、彼らは後悔しなければならない。すべきだ」
両手をポケットに突っ込んで、甲斐はそう言った。
「……それ……は……」
壱岐は、何か恐ろしいことを聞いてしまったのではないか、とファイルを掴む力を強める。
彼らが後悔する、というのは、学園を離れたことを後悔する、という意味だ。
「だ、誰も後悔しないのが一番ですよぉ?」
えへへ、といつもの小動物的な可愛らしい笑顔で小首を傾げる壱岐。
彼女はその胸のうちで思案する。
彼の言う、後悔しなければならない、後悔すべき、の意味を。
誰一人後悔せず、誰もが幸せになるのなら、それが一番良いに決まっていると壱岐は思っている。だが甲斐は、吉田たちの後悔を願っている。
「……か、甲斐さん……?」
壱岐は怖くなって、彼の名を呼ぶ。
言葉少なな、賢いはずの男の言葉が理解できなくて、恐ろしい。
……甲斐は、真剣な面持ちで振り返った。レンズの向こうの切れ長の瞳が、壱岐には見えない。彼は眼鏡を押し上げて、こう言う。
「彼らの死が、私たちの糧になるかもしれないんですよ」
ゾッと壱岐に悪寒が走った。
人の後悔を……死を願う甲斐が、彼女には禍々しい何かに見えたのだ。
いつも真面目で、勉強ができて、たくさんの仕事をこなし、安芸に信頼される彼が、こんなことを言うとは到底思えなかった。
「す、すみません。私……用事があったんでした」
壱岐はファイルを抱えて、小さく甲斐に頭を下げると、逃げるように生徒会室を出ていった。
彼女は足早に廊下を行く。もちろんもう仕事などない。だがどうしても、甲斐から距離を置きたかった。
普段の外見と仕事からは見て取れない人間の内面。甲斐の恐ろしいそれを目撃した恐怖が、彼女の心の底に沈んだ。
「……『人の死を喜ぶな。私たちはみな、死すべき人間であることを思え』」
甲斐は誰もいなくなった生徒会室でそう呟いた。生徒会長・安芸がいたら、何と言っただろうか、と考えて、ポロッと出た言葉だ。
旧約聖書のその言葉に、甲斐はフッと笑った。
---------------- ◆ ----------------
我が【校国】の建設に貢献されたのは、初代政徒会長にして、国父であらせられる安芸閣下だけではありません。
国父さまの優秀なる右腕としてご活躍されたのが、初代政徒会副会長にして、校内・国内の衛生を守る《環境委員会》の長であった甲斐閣下です。
彼は国父・安芸さまの忠実なる臣にして、優秀なる為政者でもありました。
自身の任務、義務、責務を全うし、安芸さまの補佐を務めた人物です。
甲斐閣下は校国建国に大いに貢献なされ、その生涯を、安芸さまと共に校国と生徒のために捧げました。
甲斐閣下を「冷酷であった」「無慈悲であった」と評価する者もいましたが、それは全てにおいて安芸さまの命じられたことに従順に従ったためであります。
安芸さまは実際に「彼がいなければ、校国は築けなかった」とお話しされたこともあり、甲斐閣下の持っていた影響力を窺い知ることができます。
──(中略)
……甲斐閣下は安芸さまが亡くなられた際に、その報を聞いて、その場で泣き崩れたと言われています。お年召されていたにも関わらず、赤子のように泣き、「貴方がいなければ、貴方がいなければ」と涙ながらに呟かれたそうです。
そして甲斐閣下は、安芸さまの葬儀を取り仕切り、喪に服す期間を終えると、遺書を書き残し、自決されました。
「今、参ります」
甲斐閣下は、自死の間際、そう小さく呟かれたと言われています。
《校国建国記・第三章「右腕」より一部抜粋》
---------------- ◆ ----------------
[いいね][ポイント評価][感想]、残していって頂けると嬉しいです!
時間を定めず投稿しているので、本作を少しでも気に入って頂けた方は[ブックマーク]をお願いいたします! 読んでくれてありがとうございます!




