第47限 桐原中学戦・旧校舎
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
極限状態の体育館を、暴力で支配していた不良のリーダーを黙らせた僕は、山城たちの到着後、生存者たちの保護を開始した。
まず生徒たちの証言から、非行に走った生徒を捕縛し、専用車両へ移動させる。
次に全員を学園から持ってきた輸送車や通学バスに乗り込ませた。
そして今は、替えの衣服や水、食料を配って回っている。
「はい、水」
「ど、どうも……」
僕はバスに乗り込もうとしていた一人の女子中学生にペットボトルを手渡した。渡されたペットボトルを一瞥してから、彼女は僕の顔を見上げて、ハッとしたように目を開き、
「……あれ、もしかして、安芸さんの……」
「え?」
ペットボトルを受け取った彼女は僕の名を呼んだ。彼女には、見覚えがあった。
「あ、たしか、たまにウチに遊びに来てた……」
「はい」
彼女は、僕の妹の友人だった。名前は覚えていないが、何度か家に遊びに来ていた女の子だ。
「ちょうど良かった。妹を探してるんだ……。見なかった?」
僕の妹は、体育館にはいなかった。
「たしか……途中で人混みに呑まれて……あ、そういえば安芸さん、もう一人の女の子と一緒に旧校舎へ向かっていったような……」
「ほ、本当に?!」
持っていた菓子パンや綺麗な布やらを全部、彼女に押し付けて、僕は駆け出す。もう一度、隈無く学校中あちこち探して回るつもりだったが、手間が省けた。
今までずっと、すぐにでも妹を助けに行きたかった。だが学園という「みんな」を守るためには、滅私はどうしても必要だった。
大切な妹を救いたい。今、救える。
そう思うと、僕は我慢ならなかった。
「お、おい! 安芸!」
山城の声も無視して、僕は旧校舎へ走った。
◆
旧校舎には、技術室や美術室、音楽室、理科室などの副教科の授業を行う教室が置かれている。
『……旧校舎には何か心当たりでもあるのですか?』
その旧校舎に向かって走っていると、頭の中にパロマの声が響いた。
それに僕の『心当たり』を答える。
「……旧校舎には貴重なものや危険なものが置いてあるから、基本的に使用時以外は教室は施錠されてるんだ。ここの生徒ならみんな知ってる。『美術の先生がカギを忘れて美術室に入れない』ってのがあるあるだったからね」
『しかし、妹様はそんな旧校舎へ逃げ込んだ……? そんなことが……』
「……ありえるんだ。僕は一か所、鍵の閉まらない場所を知っている」
そう、僕は一箇所だけ鍵の掛かっていない部屋を知っていた。
それは……
「図書準備室だよ」
『図書……準備室?』
「僕は図書委員会だったから、昼休憩に図書室で受付をすることがあってね。毎回、図書準備室を使っていたんだけど、大したものも置かれてないし、毎日、図書委員が使うしで、ずっと鍵が開けられていたんだ」
「……しかし、それを妹さんも知っているとは……」
「知ってるんだよ。……妹も、僕と同じ図書委員だったから」
妹が中学に上がったばかりの頃、帰って来てすぐ「委員会、図書委員会にしちゃった! お兄ちゃんの真似ー」と言って僕の顔を覗き込んできた。そんな妹に僕は読んでいた小説を閉じて、「じゃあいっぱい本が読めるな」と言うと、彼女は嫌そうに「うへー。本は嫌だよぉー」と舌を出した。
……もう一度、妹の笑顔を見るんだ。
フラッドから逃れようと旧校舎に入ったなら、きっと図書準備室だ。
一階の建付けの悪い木製のドアから旧校舎に突入すると、四体のフラッドがいた。スーツを着たフラッドが外れた顎から大量の唾液を垂らしながら「ががが」と奇声を発し、不自然な歩き方でこちらを振り向く。
戦わずに三階の図書準備室に向かうことができればそれが一番だったが、どうやら無理なようだ。
「どけ!」
まず手前にいた教師のフラッドの脳天目掛けて、拳銃を乱射する。
三発目ほどでそいつを無力化し、次のフラッドに銃口を向けた。今度は立ち止まり、しっかりと頭を狙って撃つ。一体。また一体。
着実に敵を仕留めていき、やがて最後の一体になる。
『があ゛あ゛あ゛あぁぁぁっ!』
奇声を上げて、太ったガタイのいいフラッドがこちらに走りこんできた。
僕はもう一度、照準を合わせ、引き金を引く。
しかし、
──カチ……
引き金が固い。
「なっ、弾切れか!?」
拳銃からは弾が出なかった。
体を広げ、僕に覆い被さるように襲いくるフラッド。僕は体を横に倒し、くるりと一回転してそれを避ける。
弾切れのため替えのマガジンをコートのポケットから探す。が、何も掴めない手の平にハッとした。
「……しまった。予備の弾は……」
予備の弾倉は、このコートではなく前に着ていたコートの中だ。
「くそっ」
ブン、と振り回されるフラッドの腕をスレスレで躱す。一度、廊下の端まで下がり距離を取る。
一刻も早く妹の元へ向かいたいのに……。
「どうする……」
ジリ、と後ずさる。
僕は力がなく、唯一の武器の拳銃には弾がない。
この状況で、人喰いの化け物に勝つ方法……。
『そりゃ、私しかいませんよ!』
再び頭に届く、パロマの声。
それに僕はふふ、と笑う。
「あぁ、頼むよ」
僕は右腕の袖を捲、フラッドの方へ向け駆け出す。
「うおぉぉぉっ!」
『ぐがあぁぁぁ!』
不要になった拳銃を床へ投げる。
刹那、鉄とプラスチックでできているはずの僕の右腕がドクンと一度、大きく脈打つ感覚を覚えた。肩の辺りが熱くなり、義手の配線や回路が淡い赤色に発光する。浮き出た血管の中で、流れる血の色が輝いているようだ。
──来たっ
体育館で不良と戦ったときと同じだ。
僕のマイクロチップに宿る人工知能パロマが、リミッターを外し、人間を超えた握力と腕力を、僕の右腕に宿す。
フラッドも負けじと、威嚇する猿のように牙を剥きながら、僕に両腕を伸ばした。
抱き着き掛かるようなフラッドの攻撃よりも、僕の殴りの方が、到着は早かった。
『ゔっ……』
今度は不良少年のとき以上の力を込め、全力で、フラッドの顔面を殴りつける。
「おぉらぁっ!!」
フラッドの左頬に直撃した僕の拳。
頬にぶつかっても力は一切、衰えず、ヤツの頬の肉が、拳の衝突の衝撃で弾け飛ぶ。
そのまま頭蓋骨が砕ける感覚を拳に覚えながら、僕は右腕を振り抜いた。
僕の繰り出した拳によって、フラッドの頭は首からブチブチと千切れ、顔面の半分以上がグロテスクに崩壊する。
千切れたフラッドの頭が、弾けるように周囲に血を撒き散らしながら、廊下の反対側まで吹き飛んだ。
圧倒的なパワーだ。「軍事用のアンドロイドにも使われる頑丈なものだ」という説明を医師からも受けたことはあるが、リミッターの解除されたこの義手がこれほどまでに力を持つとは思わなかった。
「……はっ……はぁ、はぁ」
噴水のように、支えていた頭を失った首から血が噴き出る。頭部をなくした哀れな胴体は、しばらくよろよろと辺りをふらついてから、膝からドサリと崩れ落ちた。
僕はそれを避けて、よろめくように後ずさる。
「た、倒したぞ……武器なしで……フラッドを……」
飛び散った返り血を拭う。
そして右腕を確認すると、役目を終えた義手の駆動音は徐々に小さくなっていき、赤く発光していた回路もその色を薄めていった。
「……すぐいくぞ」
図書準備室はもうすぐだ。
[いいね][ポイント評価][感想]、残していって頂けると嬉しいです!
時間を定めず投稿しているので、本作を少しでも気に入って頂けた方は[ブックマーク]をお願いいたします! 読んでくれてありがとうございます!




