第45限 桐原中学戦・突入
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
「……うっ」
ガタン、と体が上に大きく揺れて目が覚めた。
光を久々に見る目を、瞬きで慣らしていく。
どうやらトラックの荷台にいるようだ。辺りにはマルソトで掻き集めた食糧や衣類や日用品の入ったカゴやダンボールでごった返ししていて、そこに無理やりスペースを作った場所に横になっている。
「! 目が覚めましたか?!」
「あ、あぁ……」
僕の顔を一人の男子生徒が覗き込む。
「君は……たしか」
「はい。会長に助けられました。野球部の若狭です!」
彼は僕がフラッドを突き飛ばして助けた後輩だった。
僕は体を起こそうと体を捩る。
だが、手足が布で拘束されていた。どうやら俺の指示通りにしたらしい。
「あ、すみません! 今、解きますから」
若狭と名乗った丸刈りの幼い顔立ちをした後輩。
彼は懐からカッターナイフを取り出して、僕を縛る布を切断した。
「……あれからどれくらい経った?」
そう尋ねる。若狭は腕時計に視線を落として「三十分くらいです」と答えた。
──三十分……。フラッド化するには十分だが……
僕は右腕を持ち上げて腕の傷口を見やる。そこから見えるのは、配線と千切れたシリコン材、そして筋肉の代わりを働くスプリング。子供のころのケガが原因で装着を余儀なくされた僕の義手は、問題なく動いている。この義手は一定以上の痛みを感じない痛覚制御があるため、派手な歯形の傷はあるが痛みはない。
「助かった……みたいだな……」
「はい。本当に、本当によかったです」
左手で支えて体を起こす。若狭も手を貸してくれ、僕は輸送車の荷台の壁に寄りかかった。
「……会長」
「ん?」
若狭がこちらを真剣な顔で見つめてくる。
すると彼は、深々と頭を下げた。額を床に擦りつけている。
「ど、どうし……」
「ありがとうございました! 俺が今生きてるの、会長のおかげです。すみませんでした……。俺なんかのために……とんでもない危険を……」
若狭は土下座したまま、謝罪と感謝を述べてくれた。こう改めて言われると照れるものだな、と僕は頬を搔く。
「まぁ誰も死んでないから、気にしないで」
「でも本当によかったです。会長が義手だったから、助かったんですよね?」
「え? あ、あぁ。そうかもね」
いまはそういうことにしておこう。もしさっきまでいたあの真っ白な空間と、あのAIの存在が夢ではないのなら、彼が言うような単純な話ではない。それを説明するのも面倒だし、「義手だったから助かった」ということにしておいても今は問題はないだろう。
それに、実質的な学園のリーダーをしている僕の両親が、世界を大混乱に陥れたアルヒェの関係者であるという事実は、いまは伏せておきたい。こんなときだから、一つのつまらない噂が、秩序を簡単に奪っていくかもしれない。「あそこは潰れるらしい」という嘘が立つだけで、現金引き出しに利用者が殺到し、経営が不可能になった銀行だってあるくらいだ。
それから二人でつまらないやり取りをしていると、コンコン、と運転席から僕たちのいる荷台とを繋いだ小窓が叩かれた。
小窓はスライドして開かれ、助手席に乗った山城がその暑苦しい顔を覗かせる。
「む。無事だったか、アキ! お主なら大丈夫だとは思っていたが、心配したぞ!」
「あぁ、大丈夫だ。で、どうした?」
「もうすぐ着くぞ」
「着くって……あぁ……」
「お主の妹御のいる、中学だ」
僕たち桐可学園《校外委員会》は、第二目的地である最寄りの中学・桐原中学校へ辿り着いた。
◆
「そこに一体いるぞ!」
「おう! 任せろやぁ! 食らえ! うりゃりゃりゃりゃりゃりゃあああ!」
僕たちは目的の中学校へ生存者救出のために突入した。
この学校が僕ら学園とは違う点は、やはりフラッドの多さだ。
僕らは教師がフラッドとなった段階で、「生徒への被害を最小限にする」という初期対応ができ、倍々ゲームで増殖するフラッドの波を押しとどめることができた。
しかし、この中学校はちがう。
生徒が次々と教師たちに襲われ、同じ化け物となり、他の生徒を襲い、また化け物が増える……その連鎖が起こったのだ。車の駆動音と走行音に引き寄せられて、百以上のフラッドがこちらへ押し寄せてくる。
まず校門から機関銃の装着された装甲車が入り、そのフラッドの群れを掃討する。
ガガガガガ、と耳障りな射撃音が聞こえる度に、教師や生徒だったフラッドはバタバタと倒れていく。首に埋め込まれたマイクロチップがやつらフラッドの脳に当たるが、そこを一発の弾丸で撃ち抜くのは難しい。だがとにかく撃ちまくって、股関節を粉々にしてやるなり、膝から下を奪うなりして、とにかくフラッドの行動を制限するようなダメージを与え、行動を制限することができればいいのだ。トドメはあとだ。
僕はレシーバーを山城から受け取り、タイミングを見計らって全員へ指示を出す。
「よし。車両護衛係以外は降車! 周りを警戒して」
山城にレシーバーを返し、僕も輸送車の荷台から降りる。
「……お主も行くのか」
後から降りてきた山城が僕に心配そうに声を掛けた。
だが僕には責任がある。生徒会長であるというのもあるし、同時にこの《校外委員会》の委員長でもあるのだ。
「もちろんだ」
「……そうか」
山城は他に言いたそうだったが、言葉少なに了承してくれた。
「それに傷があるといっても、僕のこれは義手だ。痛みもないし、戦えるよ」
そう言って僕は右腕を差し出した。
「……安芸。我々はお主というリーダーを失えば、簡単に統制も失う。だから、頼むぞ」
山城は僕の肩に拳を打ち付けた。
……あぁ、俺もお前を頼ってる
「山城、お前を《校外委員会》の副委員長に任命しよう」
「……む」
そう言うと、山城はビシッと姿勢を正した。
さすが礼儀正しき野球部主将だ。
「山城は僕以外のメンバーを率いて新校舎に生存者がいないか確認してくれ」
「……お主以外の? それはどういうことだ?」
「僕は一人で校舎の外を見て回る」
「一人……。安芸、それは危険だ」
「大丈夫だ。むしろ危険なのは狭い校舎を進む山城たちだ。僕はグラウンドや部室棟、体育館や柔剣道場に人がいないか確認するだけだ」
「だが」
「……それに、僕にはまだフラッド化する可能性があるだろ?」
しばらく僕たちは睨みあったが、山城が先に折れてくれた。
「……分かった。気を付けろよ」
「あぁ」
山城は「全員ついてこい。俺から離れるな」と男前な指示を出して、車両護衛係と僕以外の全員を引き連れ、校舎へさっそく向かっていった。
「さてと」
僕もすぐに行こうかと思ったが、吹いた風に体が震え鳥肌が立った。
「さむっ……」
そういえばワイシャツ一枚しか着ていなかった。学園の制服のコートとブレザーはフラッドに噛まれて破れてるし、汚れている。
僕はトラックの中に戻り、さっき色々と収集した物資の中から手頃なコートを探した。僕の性別と背丈に合い、実用性も兼ね備えたものを一着引っ張り出す。だがそれは、あまり僕の趣味には合わないコートだった。
全体的に黒いデザインで、腕や肩、背中、首周りの部分に装飾としてベルトが取り付けられている。機能的なのは、腰を締められるベルトがついていることと、厚くて寒さを凌げそうなことくらいだ。
他にもコートはあったが、デザイン重視のオシャレコートや、女性用のものばかりだった。
今は仕方なく、この悪趣味な黒いコートで我慢しておく。
シャツの上から袖を通し、腰をベルトでキュッと縛った。こういう腰の辺りでウェストを絞るデザインは、ヨーロッパ人のように背が高くすらっとした人には似合うが、中肉中背の僕には微妙じゃないだろうか。
つまらないオシャレ持論はさておき、僕はトラックの荷台から飛び降りると、車両護衛の仲間に「行ってくる」と手を挙げた。
装甲車の上に乗り機銃を構える委員が僕に手を振り返してくれる。
「よし、いくか」
僕はグラウンドへ進む。
◆
予めグラウンドなどの開けた場所にいるフラッドは装甲車の機銃で片付けているため、グラウンドを行くのに危険はない。せいぜい死にかけのフラッドにトドメを刺すくらいだ。
グラウンドの端にある部室棟も外から確認したが、人がいる気配はなかった。
拳銃を構えながら、曲がり角や建物の窪みに注意しながら進む。どうしてこう静かで、無人な学校というのは不気味なのだろうか。
いまは体育館へ向かっている。
その道中、こつんと足先に何かが当たった。
「ん?」
足元を見やると、レンガが転がっていた。
そばには花壇があり、レンガ造りのその縁が一部欠けている。その花壇は見るも無残に踏み荒らされていた。どうやらフラッド発生の混乱で生徒たちに土は踏み潰され、レンガは蹴り飛ばされたのだろう。
別に何の考えもなく、欠けた花壇の一部を元に戻してスッキリしようと、僕は足元に転がるレンガに手を伸ばした。
そして赤茶色のレンガを掴んだ、その瞬間……
……バキッ……ガラガラガラ……
「……は」
久々に我ながら間抜けな声を出した。
掴んだレンガは、バラバラに砕け散っていた。
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