第41限 警察組織《風紀委員会》Ⅱ
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
生徒会長・安芸が率いる《校外委員会》が付近のスーパーマーケットに様々な物資の回収に行っている間、《風紀委員会》も校内の秩序を守るため活動していた。
生徒会長・安芸は第二回校外出動実施に際し学園を離れているため、今は副会長が学園を管理している。しかし、元々の制度では桐可学園には副会長という役職は設けられていなかったため、安芸が特別に選任した者がそれを務めている。
桐可学園、生徒会室。
「んっん……」
安芸から生徒会副会長の任を預かった環境委員会委員長にして、生徒会会計・甲斐は咳払いをして、報告を促す。
甲斐ともう一人の生徒は生徒会室の応接用のソファに、コーヒーテーブルを挟み、向かい合って座っている。
彼は前のめりな姿勢で、少し開いた膝に肘を突き、両手の指同士を絡めて、生徒会室に慣れた様子で佇んでいるが、そんな彼と対する彼女はソファにちょこんと腰を置いて浅く座り、背筋を伸ばして、まるで第一志望校の面接を受けているようだ。
「どうですか、校内の様子は」
「はい。基本的に平和ですが、いくつかイザコザはありました」
「……まぁ、人類が滅亡に差し迫っているにしては平和な方ですね」
甲斐に報告を上げているのは、きっちりと制服を纏う女子生徒。可愛い、というよりは美人な風紀委員会委員長・伊予だ。その職柄に比例して彼女は力強い茶色の瞳をしていて、もちろん左腕には「風紀」の文字が刺繍された腕章をはめている。
伊予は普段、澄ましているが、淡い恋心を抱く安芸と話す時は顔が真っ赤になり、「分かり易いくて可愛い」と噂されている。当の本人である安芸と伊予はそれを知らないが……。
「どうぞ」
彼女はクリップで止めた数枚のコピー用紙の束を甲斐に差し出した。
安芸が自分の不在中の様子を知りたいと言ったので、各委員会はそれぞれの分野で報告書を作成している。
それを受け取り、副会長を任された真面目な甲斐は、眼鏡を押し上げて、クリップで留められた資料に目を通す。
「……ちょっとした喧嘩が全部ですね」
「はい」
「分かりました。預かります」
「よろしくお願いします」
「うん」
伊予はソファに座る甲斐に頭を下げ、くるりと回れ右をして生徒会室から出た。
どちらも人一倍真面目な性格なので、会話は必要最低限の報告と返事だけで終わってしまう。
部屋を出た彼女は廊下にあった鏡を見ながら、制服の埃を払い、正し、前髪をパッパッと整える。安芸に「似合ってる」と昨日褒められたヘアピンもしっかりととめた。
次に腕章のズレを直し、最後に、腰のポーチに触れる。
「……」
そこにあるのは、拳銃だ。
いざと言うときのため、と安芸が《風紀委員会》に託したものだが、彼女はこれを使わないで済むことを切に願う。
──会長……辛そうな顔してたからな……
伊予は彼が悩んだ末に拳銃という暴力装置を《風紀委員会》に託したことを知っている。
そして、「信頼している」と言葉を掛けてくれた安芸を裏切りたくはない。
「頑張ろう……」
そう呟き頬を両手で叩いた、その時
ピィィーッ!!
と、高くけたたましい笛の音が校内に響いた。
これは風紀委員一人一人に持たせたホイッスルの音だ。
非常時に吹かれ、音が聞こえた風紀委員は直ちに現場へ急行。問題解決に当たる。
「また……」
本日、あの音は五度目だ。
伊予は腰のポーチをすぐに手の届く位置に整え、笛の音の場所へ向かった。
◆
二階。教室前廊下。
「なにごと?」
「い、委員長……」
伊予が現場に駆け付けると、既に数人の風紀委員が集まっていた。
廊下の真ん中で、二人の男子生徒が取っ組み合いの喧嘩の真っ最中だ。
取っ組み合ってはいるが、明らかに優勢な方がいる。
劣勢な方は、相手に馬乗りを許していて、上からボコボコに殴られていた。
腕に「風紀」の腕章を付けた数人の男子生徒が彼らを取り囲み、「やめろ!」と指示を出してはいるが、その効果はないようだ。
「喧嘩の理由は?」
伊予は隣に立つ風紀委員会副委員長に尋ねる。
だが彼は事情を知らないようで、首を横に振った。
「そう……。なら」
「い、委員長!?」
伊予は野次馬を掻き分け、前へ進んだ。
そして歩を進めながら、彼女は腰から灰色の拳銃を引き抜く。
「喧嘩両成敗ね」
喧嘩を取り囲む風紀委員は、誰一人として拳銃を抜いていない。校外委員のように銃の訓練をしたわけでもないし、使うべきか否か、その判断がまだ難しいのだ。
伊予は刑事ドラマの見様見真似で、拳銃を構えた。銃口を喧嘩する男子生徒へ向ける。
「やめなさいっ!」
彼女は風紀委員会委員長としてそう叫んだ。
拳銃を構えたまま、ジリジリと距離を詰める。
「……あ?」
ここに来て、ようやく上の男が拳を振り下ろすのを止めた。
まず伊予の顔を見て、次に風紀の腕章、最後に拳銃に視線を移す。
「……なんだ、てめぇ」
「暴力をやめなさい。一緒に来てもらうわ」
「はっ。んだよ、二年の女子が……警察ごっこか?」
彼は銃を向けられながらも余裕そうな表情のまま、ぬらりと立ち上がった。
腹に乗っていた重りがなくなり、解放された殴られていた方の男子生徒は、咳き込みながら血を吐いて、横向きに蹲って体を小さくする。立ち上がるのが難しいようだ。
「物騒な鉄砲持ちやがって……。ほら、撃ってみろよ」
男は両手を広げて、伊予を挑発しながら、彼女に近付いていく。
「ほらぁ……ほらぁっ!」
威嚇で一発撃ってやろうか、と考え、ぐっとグリップを握りなおして照準を覗いた伊予だが、安芸の願いと期待が脳裏を過る。
……そして、彼女は拳銃を下ろした。
それを見て男はニヤリと笑う。
「ハハァッ! ほらな! そんなもん持ったって、なんの意味もねぇんだよ!」
「……」
演説をするように、周りに聞かせるように、彼はわざと大きな声で言った。
増長した男は、そのままズカズカと伊予に近付き、彼女を上から見下ろす。
構えを解いた伊予に、周囲の風紀委員たちは「委員長……」と不安げな声をかける。
「……へへ、お前、名前なんつーんだ? 可愛い顔してんじゃねぇか。ちょっと校舎裏来いや」
下衆な顔をして、男は伊予に手を伸ばす。
だが、パシッと、彼女はその手を払った。
「……あ?」
「……触るな」
俯いていた伊予は顔を少し上げ、男を冷たい眼差しで睨みつける。その眼光の鋭さに男は「う……」と後ずさった。
だが彼はギリギリで威勢を保つ。
「この……っ」
男は拳を握り、振り上げた。
このままでは伊予が男に殴り飛ばされてしまう。そう思って目を閉じた者もいた。
しかし、フッ……と男の視界から彼女の姿が消える。
「なっ!?」
「アナタなんて、銃を使うまでもないわ」
伊予は体を低くし、男の横へ抜けていた。
そのまま、彼女はくるりと片足を上げて回転し……
「はあぁぁっ!」
声を張ったと同時に、回し踵蹴りを男の後頭部に叩き込んだ。
ふわりとスカートが翻され、高速で風を切る彼女の白く細い脚は半円の残像を残す。それらはまるでパンッと勢いよく開かれた扇子のようだった。
「……が……ぁ……」
男は大した声を出す間もなく、前のめりに倒れてしまう。倒れた彼は、完全に意識を失っていた。
「……さすが部長……」
野次馬の中からそう声が漏れる。
伊予は、二年でありながら、風紀委員会委員長を務めると同時に、空手部の部長も兼任していた。
「こいつを運んでおいて。倒れてる方は保健室」
「……え、は、はい!」
伊予の強さを目の当たりにし衝撃を受けた副委員長は、指示への反応が遅れる。
蹴りをくらい泡を吹いて倒れてる男子生徒は数人の風紀委員に担ぎ上げられ、留置所代わりの空き部室に収容された。殴られていた方は保健室だ。
「……また報告書が必要ね」
ため息をついて、彼女は乱れたスカートの裾を引っ張って直した。
---------------- ◆ ----------------
《風紀委員会》。
それは後の世で校国と呼ばれるようになる国家の警察組織である。同委員会の委員は校内・国内の治安維持を図ると同時に、《校外委員会》の予備戦力として登録された準軍人だ。
その具体的な活動は、不良生徒及び犯罪者の逮捕、拘禁と、校内・国内の巡回による犯罪予防、加えて事件の捜査、政徒会要人の警護と、多岐にわたる。
【校国】を築いた我々の祖先『最後の人類』が、混乱の中で秩序を保ちながら暮らすことができたのは、彼ら《風紀委員会》が警察的役割を果たしてきたことが大きいと考えられる。
国父・安芸さまが重視なされたことは、学園という組織を国家へと移し替えることであった。すなわち行政・司法・立法の三権であり、また警察権・統治権・徴税権の国家権力であり、これらを学園組織が有することを目指したのだ。
安芸さまが行った最初の権力創造が、この《風紀委員会》の活動開始である。
そして、彼女の名は伊予。
洪水の日以降から数えての初代・風紀委員会委員長であり、国父さまを支えた優秀な女性役員である。
《政徒会認定、高等社会科教本より一部抜粋》
【次回予告】
フラッドに噛まれた安芸。彼の運命は……
【用語解説】
風紀委員会……学園及び校国の治安を守る警察組織。委員は事件発生を知らせるホイッスルと、拳銃を携帯。校内を巡回し、問題発生の予防、発生事件の捜査にあたる。
【あとがき】
[いいね][ポイント評価][感想]、残していって頂けると嬉しいです!
時間を定めず投稿しているので、本作を少しでも気に入って頂けた方は[ブックマーク]をお願いいたします! 読んでくれてありがとうございます!
ありがとうございます!




