第40限 第二回校外出動・商業施設戦
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
「まずフラッドの数を減らそう」
僕たち《校外委員会》は、学園近くにある商業施設マルソトに突入していた。
今は一階の食料品売り場の入り口だ。
そばには安売りのポテトチップスが段ボール箱の上に山盛りで積まれていたり、ショッピングカートとレジカゴが連なっていたりする。
「会長、菓子なんかも持って帰っていいスか?」
「あぁ。ここではとにかく、『何でも』集めてくれ。店の中の棚、全部カラになるまでね」
「……なんかそれ、ちょっとワクワクしますね」
僕らは食料品売り場に足を踏み入れた。広い建物内部は窓のない造りのため外部の光は一切差さず、もちろん電気も消えていて真っ暗だった。冷蔵機能や冷房も消えているが、冬の今なら食品はだいたいが無事だろう。
「……山城、懐中電灯って持って来てたかな」
「うむ。たしかスクールバスに積み込んだはずだ」
「悪いんだけど持って来てくれる?」
「合点」
山城にお使いを頼み、僕らは陽の光が届く店舗入り口で周囲を警戒。しばらくして山城が人数分の懐中電灯を腕に抱えて帰ってきた。
銀色に光る細身の懐中電灯を一人ひとつ持つ。
「まずは一階のフラッドを全て倒す。おそらく客も従業員も少なかったはずだ。複数人で一匹を確実に仕留めよう」
「「はいっ」」
平日の真昼間に大人がフラッド化したために、買い物客も店員も少なく、敵数は自衛隊基地よりも少ないのではないだろうか。
最初は全員で固まって動く。一番戦闘の役に立たない僕が懐中電灯を握り、みんなで姿勢を低くしながら食料品売り場をゆっくりと進んだ。全員が薄暗い店内に目を凝らし、敵を探す。
「……い、いたぞ!」
一人が逆手持ちした懐中電灯で野菜売り場の向こう側を照らし言った。彼を庇うように二人の委員が小銃を構えて前に出る。
「……くたばれ! 化け物め!」
そして銃撃戦が始まった。
「……そっち! そっちに二体!」
「分かってる!」
銃弾がタタン、タタンとリズミカルに発射されると、暗闇にオレンジ色のマズルフラッシュが輝く。射出された回転する鉛玉を受けたフラッドは体に風穴を開けられ、『ぎぎぎ』と歯軋りしながら倒れる。
しばらく銃声が響いた。その銃声に釣られて、一階にいたフラッドたちが集まるのだ。
物陰から、足を引き摺るフラッド、血を噴くフラッド、床を両腕を使い這い回るフラッド、眼窟から目玉の垂れたフラッドなどなど、グロテスクな容姿をした人の姿をした化け物がわらわらと現れる。中でも鼻を喰いちぎられたフラッドは叫ぶたびに剥き出しの鼻腔から血が噴きでるので不気味で堪らない。
逃げずに戦わねばならない状況で、あんな恐ろしい化け物が次から次へと現れたら、きっと数日前の僕らなら、まともに戦えずにみんな喰われていただろう。
だが、この五日間の訓練でよく上達した。
リロードにも慣れ、一発で頭とはいかずとも、フラッド一体を倒すのに必要な弾数は確実に減っている。
『ゔるわ゛あぁっ!!』
正面から近付いてきていたエプロンを着た女性のフラッド。目がぎょろぎょろと動き回り、肌は灰色で、指は多脚の蟲のように蠢く。
そんなフラッドに、僕は拳銃の銃口を向け、よく狙い、引き金を引いた。
まだ反動で手が痛むが、一発一発丁寧に撃つのには慣れてきた。
弾丸はまっすぐに飛び、
『あ゛がぁあ゛あがぁぁ……』
フラッドの喉仏の辺りに着弾する。
頚椎に埋め込まれたフラッドの司令機関、マイクロチップが破壊された彼女は機能を停止した。
「……ごめん、ごめんよ……」
横から声がした。
横目で左を見やると、小銃を構える後輩・佐渡が謝罪を呟いている。前回訪れた自衛隊基地で、不容易に陣から離れ、フラッドに喰われかけた彼だ。
その銃口の先に視線を移すと、野菜売り場の方から、ランドセルの肩帯を足に引っ掛けて、ずるずると引き摺りながらやってくる小学校低学年ほどの子供がいた。
もちろん、フラッドだ。
「許してくれ……」
佐渡は最後にそう言って、一度だけ引き金を引いた。よく狙われて射出された鉛玉は、あの子供の首に直撃する。首に開いた大きな穴からゴボッと血が噴き出て、子供のフラッドは膝から崩れ落ちる。
体を陸に上がった魚のように跳ねさせてから、すぐに動かなくなった。
「……左、もうフラッドは見えません」
佐渡が照準を覗くのを止め、そう報告を上げた。子供のフラッドの方を見ていた僕も正面を確認する。
「右もいません」
「……正面もだな」
一階のフラッドはあらかた片付いたのか、銃声も会話もなくなると、シン……とする。
「……一応、店内を見て回ろう」
「「はい」」
それから残っていた数体のフラッドを殺し、店内の安全を確認してから、僕らは物資の回収作業に入る。
「……物資の回収、護衛で半分に別れよう」
僕の指示にみんなが頷く。
一旦入り口まで戻り、ショッピングカートを押す四人と、それを守る三人を決める。僕と山城、そして佐渡が護衛ということになった。
するとショッピングカートを押して物資を確保する係になった一人が、こんなことを言う。
「……へへ。ちょっと楽しみだったんスよね、これ。誰もいないスーパーから食いもん集める! みたいな……。映画っぽくないっスか?」
陽気な彼に、僕は少し笑った。彼の肩に手を置き、「店を空っぽにしてやってくれ」と冗談混じりに言ってやる。
「よし、まずは近くの食材から集めよう。肉とかカップ麺とか、調味料とか、菓子でも……食べれるものがあれば全部カートに乗せちゃって」
「「はい!」」
それから僕らは、少し楽しみながら作業に当たった。
「よっしゃ! チョコレート全部持って帰ってやるぜ!」
店内にあったチョコレートの山に飛び込んで、両手一杯に抱えたそれをカートに詰めたり、
「会長、これどうぞ!」
「え? ……コーラ?」
「みんなでぐいっとやりましょうよ!」
みんなで冷えたコーラを飲んで休憩したり、
「このケーキ……食えますかね……」
「いま真冬だし、大丈夫だろ」
「夢だったんだよな……ワンホール一人で食うの」
ケーキ屋に陳列されていた甘いスイーツを手掴みして頬張ってみたり、
「どうだ? 似合うか?」
「ぶふっ! な、何で女物着てんだバカ!」
洋服店でむさ苦しい男たちのファッションショーをしてみたりと……食料、飲料、衣服、衛生用品、医薬品などなど、とにかく何でも集めた。
「よし、一旦、輸送車に積みこもうか」
かれこれ何十回と輸送車と店内を行き来した。すっかりマルソトの店内の棚はガラガラになっている。
僕、山城、佐渡の護衛組で、回収組とカートを囲い、守りながら食料品売り場から出る。それから力持ちな山城も参加して、自衛隊の輸送車に集めた物資を積み込んでいった。
「次の便で最後にしようか。もう三時間は回収作業してるから」
「ういー」「了解っス」
そして食料品売り場の方へもう一度向かおうとしたそのとき、僕のとなりで小銃を構えていた同級生の仲間が、「ん?」と言って振り返った。
「どうかした?」
「いや、物音しなかったですか?」
「……? した?」
僕は気付かなかったが……。
ひとまず気のせいということにして、僕も彼も見張りを続ける。そばには投げ売りされていた菓子の山と、酒屋、エレベーターがあり、通路もあるので死角が多い。二階と繋がる階段やエレベーターのあるここでは注意を巡らせねばならない。
その時、
ガサガサッ……
「わっ!」
そばに積まれていた菓子の山が、バラバラと崩れ落ちた。
「はっ、はっ……はぁぁ……」
ついさっき物音を警戒した隣りの仲間は長く息を吐く。
「ポ……ポテチの袋か……はは……ビビらせやがって……」
そう安堵しながら呟き、彼は落ちた菓子を拾い上げた。
『ばあ……』
「!? うわあぁぁぁぁっ!? は、離せっ! 離せぇ!」
だが突然、彼は取り乱して尻もちをつく。
「ど、どうした?!」
僕が声を掛けても、彼は足を振り回して暴れ続ける。「離せ」と叫びながら足をジタバタ動かしているので、彼の足の先に目を走らせた。
「っ!?」
彼の足首の辺りに、フラッドが絡み付いていた。本当に小さな、三、四歳ほどの女の子のフラッドだ。柔らかい暖かそうな白い熊の洋服を、灰色の肌をした化け物が着ている。
僕の仲間の足に必死でしがみついていた。
「離せ! 離せこのっ!」
彼の足から離れない、幼稚園に通うか通わないかくらいのフラッド。
僕は拳銃を構えてはいるが、誤射の可能性があり容易には撃てない。
──仕方ない
「足を少しの間止めて!」
「え、えぇ?!」
「大丈夫だから!」
僕の指示に、涙と汗、鼻水を垂れ流す彼は嗚咽混じりに、困惑し恐怖しながら頷き、暴れさせていた足を一瞬止めた。
獲物が大人しくなったのを見て、小さな女の子のフラッドは小さな歯がぽつぽつと生えた口を開く。
「ふっ!」
すぐさま僕はサッカーのPKのように、その顔面に蹴りを叩き込んだ。
靴の先端が女の子の口の中に入りこみ、そのまま力任せに足を振り抜く。軽い幼児の体をしたフラッドは、『ぐぎぇ』と呻いて、簡単に吹き飛び、転がりながらショッピングカートの列へ激突した。
『ぐぎぃぃぃーーーーッ! ぎいいいいいいいいいいッ!』
カート同士を重ねるための荷台部の開閉部にその小さな頭が挟まったフラッドは、そう金属を切断しているような叫びをあげて、そこから脱しようとじたばたとその場で暴れ回る。他のカートも崩れて、すっかり埋もれてしまった幼児のフラッド。必死になって再び自由を得ようと体を動かすが、短い手足と低い知能では複雑に重なったカートから絡まった四肢を解くことは難しいようだ。
「はぁ……はぁ……」
「うっ……グス……あぁ……」
僕の荒れた呼吸の音と、後輩の嗚咽と、化け物の雄叫びが入口で重なる。
「ああ、くそ……」
まさか人生の内に、三、四歳の女の子を壁に向かって蹴り飛ばすことがあるとは思わなかった。唯一の救いは、その子が見た目も中身も化け物であったことだ。
僕は足に残った不快な感触に悪態をつき、右手の拳銃を見下ろし一瞥してから、カートに埋もれた幼児の姿をした化け物の元まで歩み寄る。
『ぎいあッ! がぎゃあッ!』
暴れる女の子のフラッドに、照準を合わせる。
『ガアアああッぁァァぁあぁッ!』
「……君の分まで、生きるからね」
ガンッ、と銃声がして、彼女の叫び声が静かになる。
『カっ……ひゅ……っ……』
喉に穿たれた風穴から、血が嗚咽のたびに噴き出る。マイクロチップを破壊されてもしばらく僕を睨んでいた女の子の瞳が、最期の瞬間に大きく見開かれ、そして、ゆっくりと閉じられた。
「す、すみません……会長。ありがとうございます」
「……気にしないで。怪我はない? 噛まれてないね?」
「……大丈夫みたいです」
そう言って彼は掴まれていた右足の裾を捲った。血も見えないし、傷もない。たしか感染の瞬間には青白い火花のような、電流のようなものが発せられるようだが、それも見えなかった。
「よかった」
僕は乱れた制服を直し、「警戒を続けよう」と言いながら振り返った。
そして再び、仲間に迫る危機を目撃する。
「危ない!」
僕は走り出した。
僕と一緒に周囲を警戒していた後輩・佐渡の背後から、フラッドが迫っていた。
今の幼児の騒動のせいで、みんながこちらへ集まり、警戒が散漫になっていたのだ。
大男のフラッドは、両手を広げて、牙を向き、彼に襲いかかろうとしていた。
『仲間を守れるほど強くなる』
日向との約束。
『僕が、みんなを守るから』
和泉との約束。
それが僕の脳裏を過る。
しかし、フラッドは後輩の後ろにいるため、発砲はできない。
……くそ!
頭が回転を速める。彼を救う方法は、何だ。
……銃でフラッドを……だめだ、後輩の影になっていて狙えない!
……そばに他の委員もいない……!
……フラッドではなく、後輩の方を突き飛ばせば……!。
「どけっ!」
「か、会長っ!」
腕を伸ばして、引き戸を思い切り開くように佐渡の肩を右へ押し、彼を突き飛ばす。
しかし……
『があ゛ああッ!』
「ぐっ……」
佐渡の体を退かせた腕に、痛みが走る。
「か、会長っ!」
「アキィ!」
後輩の代わりに、僕の右腕に、フラッドの歯が突き刺さっていた。そしてフラッドが少し力んだかと思うと、バリッと青い龍のような電流が僕の腕を這った。
「くっ」
まずは左手に拳銃を移し、僕の腕に噛み付くフラッドの頭にゼロ距離で弾丸を撃ち込む。
銃口を押し当てられた状態で脳天に銃撃を受けたフラッドは衝撃で口を離した。右腕で振り払うようにフラッドの顔面を殴りつけ、その大きく開いた口の中に拳銃を突っ込んで弾がなくなるまで引き金を引き続ける。
マイクロチップが銃撃で粉々になった大男のフラッドは立ったままビクンビクンと何度か痙攣し、やがて動かなくなって、仰向けにドサッと床に倒れる。
殺すことはできた。
だが、しかし……
「か……会長……腕……腕がっ……。ご、ごめんなさい! お、俺がまたヘマをっ……」
佐渡が顔面を蒼白にして僕に駆け寄る。
「ぐ……くそッ」
僕は慌ててコートを脱ぎ、制服の袖を捲る。
……フラッドの牙が、僕の腕を大きく抉っていた。
そして噛み付かれたときに食らった電気信号が、僕に死を告げる。
『……プログラム《ノアの方舟》、起動します』
そう聞き慣れた無機質な音声アシスタント・パロマの声が、僕の脳内に響き始めた。
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