第36限 第二回校外出動・前夜
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
一日の訓練を終え、僕は生徒会室に戻っていた。冬の今、七時ともなればもう真っ暗で、部屋には僕がいつも腰かける出窓から月明かりが差し込んでいた。
僕は誰もいない生徒会室の会長席に座って、夕食の食パンを焼きもせず、何も塗らずに千切って、口に含む。
「なあ、無事……だよな」
手元に投影したホログラムスクリーンが、薄らと青白く僕の顔を照らす。
映し出されているのは、僕と、そして僕と顔のよく似た少女が並んだ立体ホログラム写真。
……妹だ。
写真の中で、妹は僕を押しのけてカメラに向かってピースサインをして、笑っている。いつも笑っている子だった。きっと今も、笑っているはずだ。
「絶対、絶対助けにいくから」
妹の頭を撫でようと指先をホログラムへ伸ばすが、もちろん、指先はスッとホログラムに飲み込まれて、消えるだけ。
何だかそれがとても不吉なものに見えて、僕はそのホログラムスクリーンを閉じた。
◆
「……ありとあらゆるものが不足気味です」
校外委員会の訓練を始めて、はや四日。
今日は第二回校外出動の前日だ。校外出動の直前に、僕は生徒評議気を開催し、委員長たちを会議室に招集していた。
まず発言したのは生徒会会計にして、《環境委員会》の委員長でもある甲斐。
「不足となる前に、数を揃えておきたいのは衛生用品です。他にも薬品や、衣服も」
食料のことばかり考えていたが、綺麗な衣服や石鹸などがなくなるのは非常にまずい。
衛生問題だ。
清潔を保たなければ、免疫のない人間はすぐに病気になり、掛かった病や運が悪ければ死亡する。感染症などには注意せねばならない。大人たちがフラッド化した今では、それを治療する医者もなく、一度、校内にタチの悪い感染症が広まれば、もう止める術はないのだ。
病気などには徹底した対策を講じなければいけない。
「……他に必要なものはないかな……?」
僕は発言の番をもらってみんなを見渡した。
校外出動を実施するに際して、今回の評議会ではみんなに「学園へ持ち帰ってほしいもの」を聞いている。
「あ、でしたら生鮮食品と調味料をお願いしていいですか? 肉や魚は冬の今ならまだ保存状態はいいはずですから、どうせなら回収して、美味しいうちに学園のみなさんに振る舞いたいです」
そう言ったのは物資の配給を担当している《災害対策委員会》の天塩さん。僕は頷いて、他には? と室内をもう一度見回す。
次に手を上げたのは三学年団の学年代表の男子生徒だ。
「あー、じゃあ本当に余裕があればいいんだが、娯楽が欲しいな。みんな暇そうだ。あと蝋燭でも懐中電灯でも、明かりがもっと欲しい。暗いのはやっぱりストレスだ」
「いい意見だね。ありがとう。もしあればボードゲームでもトランプでも持ち帰ってみるよ」
「あ、では我々からは……」
自分だけで考えたのでは思いつかないものもあるので、こういう他の意見を聞く場は大切だ。
それから「紙」や「アルコール」、「カイロ」、「テント」、「段ボール」などの意見が出て、僕はそれらを有難くメモさせてもらう。もちろんメモは書記の和泉だ。
それからしばらく意見出しを続けた。腕時計型端末の時刻表示を見れば、評議会を始めてからすでに三十分以上経っていた。
「……よし、こんなものかな」
他にはなさそうだ。
「では、明朝、僕ら《校外委員会》は校外へ出ます。僕の不在の間は、指揮を甲斐に預けることとします」
そう言って甲斐を紹介すると、彼は少し驚いてから頭を下げた。
僕は《校外委員会》の委員長として、校外へ出向かなければならない。その不在期間の生徒会長代理は、甲斐に任せる。学園に副会長というポストはないが、真面目で、命令に忠実な甲斐はそう呼んで相違ない存在だ。
「それと校内の治安維持と、外壁の見張りは引き続き伊予さんの《風紀委員会》に」
「……はい」
伊予さんは短く返事を返すだけだ。ふんわりとしたボブの髪形の似合う彼女だが、その細身な体で空手部主将として大会の入賞経験を持つ実力者だったりする。彼女も真面目な生徒なので仕事を任せることに不安はない。
「あの、一ついいですか」
「? なに?」
すると伊予さんが手を上げた。
「校外に出ることを、どうしてそう急いでいるのでしょうか。たしかに必要な物資は多いですが、差し迫った問題ではないですよね。たしか《校外委員会》の委員を訓練した、というようなお話もありましたが、ここ三日四日の話なはずです。もっとしっかりとした訓練、対策を練ってからでもよいのではないでしょうか」
……たしかにそうだ。水も食料も、今は十分にある。必要となるものはたくさんあるが、言い換えてしまうと『いつか必要となる予定のもの』であり、緊急性は低い。
だが、あまり時間をかけるわけにはいかないんだ。
「いい、指摘だね。わかった、一つ話していなかったことがあるから、話すよ」
椅子に座り直したり、両手の指を絡めたり、意味もなく口の中を舌でつついたりと僕は少し忙しなくなる。
そう、今回の校外出動には、物資の収集以外にも、目的がある。
それは、僕のエゴの含まれるものだ。
「僕は……桐原中学に向かいたいと思ってる」
「桐中に、ですか?」
桐原中学は桐可市内にある中学校で、この近辺では唯一の中学だ。
ここへ校外出動で向かいたいという、僕の意思を知っていた生徒会メンバーを除く会議室の全員が困惑したように互いの顔を見やる。
「それは……またどうして?」
困惑する委員長たちを代表して、伊予さんが僕に問いかける。
「それは……きっと、生存者がいて、その救助……いや、ちがうな」
僕は言いかけて、頭を掻いて首を振り、言葉を止める。言葉はいくらでも都合のいいように飾ることができるものだ。だが、それをすべきではないと思った。
「桐原中学には、僕の……妹がいるんだ」
正直に話すと、伊予さんが驚いた顔をした。「そうだったのですか」と言って、彼女は背もたれに背を預ける。
「……それはさぞかし心配なことでしょう」
「ああ。正直いうと、何もかもほっぽって妹のところへ行きたかったよ」
だが、僕は生徒会長として、リーダーとして学園を離れるわけにはいかなかったし、たった一人で何ができるのか、という思いもあった。
妹を救うためには、組織が、仲間が必要だ。
「どうか、僕に妹を助けさせてほしい。どうか、頼む」
立ち上がり、僕はそう言って頭を下げた。僕個人の為に、《校外委員会》という学園の組織を動かし、銃器や車両などの物資を使う。それは、到底許されることではないだろう。
「……たとえ全ての校外委員が行きたくないと言っても、俺は安芸についていくぞ」
そう言ってくれるのは山城だ。腕を組んだ彼は目を伏せたまま続ける。
「安芸、お主の妹は、俺にとっても妹のようなものだ。小さい頃からよく一緒に遊んだ。だから、助けないわけにはいかぬな」
「山城……ありがとう」
さらに甲斐が加勢してくれる。
「……会長の妹さんだけでなく、中学には生存者がいる可能性があります。それを救助する、という目的であれば、生徒たちも納得……とはいかずとも、理解はされるのではないでしょうか」
質問を発した伊予さんが、一度うんと頷いて、こちらをその力強い眼差しで見つめた。
「……それは時間をかけていられないですね。きっと待ってますよ、妹さん」
「……ありがとう、伊予さん」
こうして、第二回生徒評議会は、備蓄の状況確認、環境委員会による仮設トイレ設置計画の承認、そして第二回校外出動決定を満場一致で採択し、終了した。
次の校外出動の目的地は、近くの『スーパーマーケット』と、『桐原中学校』だ。
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