第35限 訓練《校外委員会》Ⅱ
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
体育倉庫を《校外委員会》の物資保管庫として決め、物を移動させ、僕と山城はアーチェリー場で銃の試射を再開していた。
「どうですか、会長。拳銃の方は?」
拳銃をワンマガジンを撃ち切り、装填し直そうとしていたところに、校外委員会の後輩たちがやって来る。
僕らが今しているのは、射撃の訓練……というよりも、銃への理解を深める作業だ。どう弾を込めて、どのレバーを倒すとどうなるのか、どう撃てば当てやすいのか。それらを実際に射撃しながら見定めている段階。
僕の担当はハンドガンだ。手の平に乗るくらいのサイズのハンドガンで、弾丸の射出部マズルは小指が入るか入らないかほど。
この拳銃を手にして思ったのは、偽物っぽさだ。銃というものに触れる機会はおろか、見る機会すらも滅多にない日本でただの学生をしていた僕にとって、銃というのはもっと重くて、鉄っぽくて、ひんやりしたものだと思っていた。
しかし、実際に持ってみれば、存外軽いし、素材もプラスティックで、こう言っては何だが、拍子抜けというか、おもちゃのようだった。
「……見てて」
ちょうどいい、と僕はコートのポケットから予備弾倉を引き抜く。金色に光を跳ね返す弾丸が体を覗かせる、ボイスレコーダーほどの大きさのマガジンだ。それを拳銃の銃底部にぽっかりと空いた空間に差し込み、押し込むように手の平で叩くと、カチッと音がしてマガジンと銃本体が固定される。
「そしてここを……」
次に左手で銃身の上部スライドを手前に引く。引いたスライドは元の位置に自動で戻り、これで発砲可能な状態になった。
「ちなみに安全装置はこれね」
そう言ってグリップの横にある半回転のスイッチをみんなに見せてから、僕は拳銃を構える。
利き手である右手でグリップをしっかりと握り、左手でその手を包み込むように支える。
「下がってて」
後輩たちにそう注意して、みんなが下がったのを確認してから、僕はトリガーに右手の人差し指を添えた。狙いは、五十メートルほど先にある、山城お手製の的。その赤く塗られた、中心。
拳銃を握った両腕を真っすぐ伸ばし、銃の先端に付いた凸型の照星と、反対側にある凹型の照門を重ね合わせる。
「ふぅ~……」
息を吐いて、呼吸を落ち着けてから、僕は照準を的の中心へ合わせ……
「撃つよ」
引き金を、引く。
ダンッ、ダンッ、ダンッ……!
つんざく銃声が発せられて、桐可市内に木霊する。銃声のたびに銃身が反動で少し上を向くので、適宜それを修正しながら、僕は引き金を引き続ける。また発砲するごとに抽筒子から空薬莢が排出され、カランカランと音を立てて地面に落ち、夏を思い出すような臭いが辺りに充満した。
……しばらく撃ち続けると、さきほど引いたスライドが下がったまま固定され、弾が出なくなる。弾切れの合図だ。
「っは、はっ、はっ、はあ……」
集中しているせいか、なぜか銃を撃っている間は息を止めてしまう。撃ち終わった僕は慌てて息を吸い込み、腕を下ろして、安全装置を掛け直す。
「と、まあ、こんな感じかな」
「「「おおおお~~~」」」
と、後輩たちが拍手をくれる。
「さてと、どれくらい当たったかな」
手の平を日除けにして、目を凝らし、的を睨みつける。
結果は……
「当たったのは……に、二発……」
結果は、さすが僕、という感じの、相変わらずなものだった。おかしいな、十発以上撃ったのに。
「「「お、おおおぉ~…………」」」
お情けの憐れみ拍手をもらい続ける。なにが「と、まあ、こんな感じかな」、だ。
……やっぱり筋トレぐらいしておいた方がいいかな……
「……ぬう、なぜだ。一発も当たらん……」
筋肉を付けようかと真剣に考えていたが、となりで山城がそう呟くのでやめておくことにする。
どうやら筋肉は関係ないようだから。
◆
「アキー! お弁当ー!」
しばらく銃の研究を続けているとアーチェリー場の入り口から僕を呼ぶ声がした。
「あ、和泉。壱岐さん」
いたのは、真っ黒な長い髪をした女子生徒、僕の幼馴染の一人で、生徒会書記・和泉。それと、同じ生徒会で庶務をしてくれている二年女子の壱岐さんだ。
和泉は水の入ったボトルを持った手をこちらにぶんぶんと振っていて、壱岐さんの方は両手でお盆を抱えて笑っている。
「お、待ってたよ。お昼だね」
「は、はいぃ……。一生懸命作りましたぁ」
そう言って、駆け寄った僕の方に壱岐さんがお盆を差し出してきた。お盆の上にあったのは、おにぎりだった。しかもチャーハンをおにぎりにしたような香ばしい香りのするものだ。
「すごいね、これ。二人が作ったの?」
「うん! 料理研がね、部に駄目になる食材があるからって卵とか分けてくれたの!」
そして「ほら! 食べて食べて!」と和泉が一つおにぎりを取り、僕の顔の前まで運ぶ。手で受け取ろうかと思ったが、両手はあまり綺麗ではない。
少し恥ずかしいが、幼馴染で長い付き合いだ。
「いただくよ」
そう言って和泉の手で差し出されたおにぎりに口を運び、おにぎりの頂点部分をかじらせてもらった。
すると和泉が顔を赤くし始めた。まさか「あーん」状態になるとは思わなかったのだろう。
「あ、あんた……! な、なにし」
「いや、ほら。手が汚いんだ」
「洗えばいいでしょお! 馬鹿!」
「だって差し出してきたじゃないか」
「っー!」
こんなやり取りをしていると、背後の校外委員たちからの殺気をひしひしと感じた。怖いので振り返りはしない。
それに和泉のとなりの壱岐さんに至っては何か羨ましそうな顔をしていた。もしかすると、おにぎりを作ったはいいが、自分が食べることを忘れていたのかもしれない。
僕は照れる和泉も無視して、彼女の手に摘まれたおにぎりを完食した。
「よし、みんなー。お昼にしよう」
「「うーい」」
僕らは円になってお昼をした。山城はその巨体を維持するためにガツガツと両手におにぎりを持って噛り付き、後輩たちは突然現れた二人の美人に夢中で、特に二年生の小動物的な愛らしさを持ち、かつ、『ロリ巨乳の天使』と称され神聖不可侵である壱岐さんの気を引こうと必死だった。
「……あ、そういや和泉先輩は会長の彼女なんすかぁ?」
「なっ!」
一人の後輩に、僕と和泉の関係を邪推した質問をされる。それに驚き大きな声を出した和泉は、また顔を紅潮させた。
「ちがっ、ちがうわよ!」
「……え、ちがうんスカ」
「……いや……ちがってほしくは……ない……け、ど」
後輩に困ったのか、和泉はぼそぼそと小声で何か言い始め、忙しそうに瞬きをして、僕の顔をちらちらと見てくる。
……あんまりいじめると可哀想だ。
「僕らはそんなんじゃないよ。子供の頃からの幼馴染でね。親友さ」
僕がそう訂正すると、なぜか視線が痛かった。逆に壱岐さんはなぜかホッとした様子でおにぎりをまた頬張る。
「ふん!」
「ぐ……」
そしてなぜか和泉から肘突きをくらい、僕は横腹を押さえて蹲る。前にも似たようなことがあった。
「な……なんで」
「うるっさいっ」
それからは世界が滅びかけていることも、僕らが化け物と戦うために訓練をしていることも忘れて、談笑しながら美味しい昼食をとった。
そしてしばらく談笑しながらお昼を取っていると、新たな来訪者の声がする。
「よ、よお」
座ったまま振り向けば、そこには一人の男子生徒がフェンスの向こうにいて、こちらに片手を上げていた。……いや、その後ろには別の二人の姿もある。後ろの二人は見ない顔だが、前に立った生徒は見たことがある。同級生だ。
僕は立ち上がってフェンス越しに彼と向き合う。
「やあ。たしか、君は……サッカー部の……」
ちょっと前に会ったことがあるはずだ。たしか、そう、一か月くらい前の……朝会。
「ああ、ちょっと前に朝会でお前から表彰されたよ」
思い出した。サッカー部で主将をしていた若狭だ。
「若狭くんだね。……後ろの二人は?」
そう言うと彼らは若狭の左右に分かれるように立って、直立不動の姿勢を取り、頭を下げた。
「……うちの部の部員だ」
へえ、サッカー部が三人で。
「それで、どうしたの?」
要件を聞くと、若狭は「あー、その、あれだ」と恥ずかしそうに後ろ首を掻いた。
「ほ、ほら、あったろ。今朝の……安芸の、話……」
それに和泉が嫌がらせのつもりか「ああ、方舟のアレね」と言うので僕は顔が赤くなってペチンと額を叩いて一瞬俯いた。
今朝の演説……。
だけど、それって、まさか。
「も、もしかして……!」
「ああ。俺も、さ。何かできることないかなって……サッカー部集めて、一緒に《校外委員会》……だっけ? に興味のあるやついないか聞いてみたんだよ」
僕は振り向いて山城や和泉、壱岐さんと笑顔で目を合わせる。
「……で、生徒会室に行ったら、甲斐が『直接参加希望を伝えてやってくれ』って言うか……」
「大歓迎だよッ!」
彼の言葉を遮って歓迎を伝える。
すぐに彼の手を取って固い握手でも交わしたかったが、フェンスが邪魔なのでアーチェリー場の扉を開け、彼らを迎えに行く。
「さあ、場所を開けて開けて!」
食事を取っていた円を少し大きくして、三人を昼食に混ぜる。
「よし、歓迎会だ」
僕がコップを掲げると、みんなも倣って同じようにした。若狭たち新たな校外委員たちも困惑しながら地面に座り、円に混ざり、コップを掲げた。
「三人を歓迎しよう! 乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
僕らは水の入った紙コップを打ち付け合った。
第二回校外出動まで、残り四日。
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