第34限 訓練《校外委員会》
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
生徒総会での演説を終え、五時間ほど。
生徒会室。
「……ねえ、甲斐」
僕の名前の書かれたネームプレートの置かれた会長席で頬杖を突いて、僕はペラペラと紙をめくって仕事をする甲斐を眺めていた。彼に声をかけると、「はい?」と少し不機嫌そうにこちらを向いた。
「なんですか」
「僕が五分くらいトイレに行ってる間に、校外委員会への参加希望者で溢れかえったとか、そんな報告はない?」
「……あるわけがないでしょ」
「たはあ……」
ガクッと頬杖が外れる。
「う~ん。結構いい線いってる演説だと思ったんだけどなあ」
「……あの『学園こそが方舟』というやつですか」
「うわっ、やめて! なんだかすごく恥ずかしい……」
僕は赤くなった顔を隠すように腕枕に顔を埋める。
そう。校外委員会の委員を増やそうと思った生徒総会だったが、今のところ効果は感じられないのだ。
「わ、私は好き……でした、けどぉ」
部屋の側面にある本棚へファイルを戻しながら、壱岐さんがフォローをしてくれる。小柄なため高い位置の棚にファイルが押し込めず、つま先で立って「ふーん!」なんて言っている。
「やっぱり何かご褒美でもないと参加しないんじゃない?」
壱岐さんがつま先立ちで、かつ指先で必死に押し込んでいたファイルが、彼女のとなりへやって来た別の女子生徒によって簡単に押し込まれる。壱岐さんを手伝ったのは、僕の幼馴染み・和泉だ。
たしかに、報酬の支払いなどの「恩に報いる」ことは必要だとずっと考えていたが、今の状況では『じゃあちょっと多めにご飯を盛ってあげるね』くらいしかできない。
「そうだね。ちょっと考えてみるよ」
応募者が来ないのなら、どれだけ組織の拡充がしたくともそれは保留するしかない。
たしかに人数という「量」も大切だが、もう一つ、人員の腕前という「質」という要素もある。今はこちらに専念した方がいいかもしれない。
「……ちょっと出てくる」
「どちらへ?」
「アーチェリー場。山城のトコだよ」
「ああ」
行先を伝えると甲斐はまた資料に目を通し始めた。
「頑張ってください、と伝えてください。あと、銃を壊さないように、とも」
「ああ、分かったよ」
生徒会室の入口の横にあるスタンドハンガーから自分のコートを取り、袖を通す。襟をピッピッと整えていると、
「あ、あとでお昼ご飯もっていきますよぉ」
と壱岐さんが言ってくれる。
「ありがとう。みんな喜ぶよ」
礼を言って、僕は生徒会室を出た。
◆
桐可学園には二つの強豪と呼べる部活動がある。
一つ目は僕の親友にして幼馴染みの山城が主将として率いた野球部だ。これまで弱小とまではいかないが、目立った成績のなかった野球部を、山城は甲子園へと導いた。くしくも優勝とはいかなかったものの、生徒会の提案で甲子園の試合日を休日にして、学園を上げて応援に行ったのはいい思い出だ。
二つ目が、またしても僕の幼馴染みにして親友の和泉が所属するアーチェリー部。桐可学園はアーチェリー場を作るほどこの部活動に力を入れていて、その整った設備のおかげか和泉は世界大会に出場し、なんとメダルを持ち帰って来た。彼女の腕にはつい最近、僕も命を救われている。
校舎を出て、グラウンドを横断する。掲揚されたままの校旗と国旗、錆びた朝礼台の横を通り過ぎると、緑色のフェンスが見えてくる。とても広いスペースが取られているそのフェンスの内側は、三面のテニスコートと、僕の目的地アーチェリー場だ。
雰囲気は打ちっぱなしのゴルフ練習場のようで、矢を射る場所には屋根があり、自販機やベンチ、給水機などの設備がある。反対側には十個の的が並び、その間を敷き詰めるようにきれいな芝生が整えられていた。
「おお、来たか。アキ」
フェンスの扉をガシャンと開き、その中に入ると、野太い声が僕を歓迎した。
「どう? 訓練の方は?」
そう。ここでは《校外委員会》の訓練を行っている。僕らは『銃』に関しては全くの無知……素人だ。だから扱いに慣れていかないと、戦うことができない。
「……俺は相変わらず弾が的に当たらん。だが、上手いヤツが中々の命中精度だぞ」
こうして話している間にも、パンッ、パンッ、と射撃音が響いている。
山城が射場の方を見るので、僕もそちらへ視線を移す。
射場には、五人の男子生徒が並んで、小銃を構え、的の真ん中目掛けて引き金を引いていた。
「……なあ、どうやって構えてる?」
「このページ通りにやってるぜ」
「ふーん。もっと……こう、顎を引くのか?」
「……お前リロード早いな」
「もともと銃で戦うVRゲームしててさ。感覚でな」
「見てろよ……ほら、こうか?」
「…………ちゃんとマガジンが差さってないぞ」
「うっ」
と、互いに試行錯誤しながら銃に慣れようとしていた。
「しかし、銃を担いで、移動して、しかも相手も動くとなると、当てるのは至難の業のように感じるな」
五キロはある小銃。これを持って化け物と戦うというのは、やはり簡単なことではないようだ。山城が難しいというのだから、小銃を諦めた僕の選択は正しいかったのかもしれない。
「これから銃を担いで走りこんだり、移動しながらの発砲の訓練をしていく」
山城から訓練メニューを聞き、僕はうんと頷く。
「いいと思うよ。しっかり頼むね。学園を守れるのは、《校外委員会》だけだ」
「うむ!」
山城の肩を叩いて労を労ってから、僕は周りを見渡す。
「拳銃はある? 僕も練習しておこうかなって」
「ああ、それなら」
山城が射場の休憩所を指さす。自販機とベンチの置かれたスペースに、乱雑に小銃や電気スタン小銃、拳銃、銃弾が転がっている。その休憩所へ向かい、足元を見下ろす。
これは……
「山城、コレはだめだ」
「む?」
顔を顰めて、地面に転がった銃や弾薬の箱を睨みながら山城に注意をする。
これではあまりにも管理が杜撰だ。
「いいかい。銃っていうのは、人間をあまりのも簡単に殺せるものだ。そんなものを、うっかり信頼できない誰かの手に渡ったら、どうなる」
拳銃を拾い上げ、意味もなく握り直したり撫でてみたりしながら山城に言った。銃というものは、人を狂わせる。人を強くなったと錯覚させる。
そして現状のような極限状態一歩手前で、それが手に入ったとなれば、人は、何をしでかすか分からない。ひとかけらのチョコレートを手に入れるために人を撃つかもしれないし、喧嘩した気に入らない相手を殺すかもしれない。
「分け合うより、奪い取る方が楽だと考えるやつもいるんだよ」
アメリカの小説家ヘンリー・ミラー曰く、
『私は生活のためという欺瞞によって機械的な前進をするよりも、パンを手に入れるために銃を持って隣人を殺す方が好きだ』
である。
「……他の銃はどうしてる?」
「そ、それは……トラックに積んだまま、だ。すまぬ……」
厳しい注意をされていることに気付いたのか、山城の語気が珍しく下がる。
「指示を出してなかった僕も悪いよ、ごめん。……よし、全部体育倉庫に移そうか。あそこなら鍵が掛けられるし、訓練のときも、校外へ出るときも取り出しやすいから」
体育倉庫は施錠でき、グラウンドと駐車場のそばにあって、色々と都合がいい。そこなら危険物の取扱・保管に向いているだろう。
「あ、安芸……。す、すまん。俺はどうしても体がデカいばっかりで……」
「細かいことを色々するには向いてないかもね」
「う……」
「まあ、山城には山城のいいところがあるから」
「い、いいところ……?」
山城がいなければ、今頃どうなっていただろうか。
フラッド化した用務員の男と、山城が戦っていなければ、フラッド化の感染の波は抑えられず、多くの生徒が犠牲になっていただろう。
校外に出ようというとき、山城の人望がなければ、人は集まらなかっただろう。
「……山城がいなかったらと思うと、僕はゾッとするよ」
よいしょ、と僕は銃弾の入った段ボールを持ち上げる。
「う……」
すると、横から山城の震えた声がした。
「う?」
見れば、俯いて、歯ぎしりをして、わなわなと震える彼の姿がある。
「や、やまし……」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
声を掛けようとすると、彼はカッと目を開き、キッと顔を上げて、大声で叫び出した。
彼は凄い勢いで地面に散らばった小銃を集め始め、拳銃を二丁咥え、左手で三つ積み上げられた銃弾の入った箱を担ぎ上げる。僕は両手でやっと箱一つだというのに……。
そして、
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
と、また叫んで走り出した。
「俺は応えるぞおおぉぉぉッ! 安芸イィィィィッ!」
「……」
あまりのことに僕も訓練していた委員たちも唖然とする。
「こ、壊さないでね……」
砂塵を巻きあげながらグラウンドを横断する山城の背に、甲斐の伝言を伝えた。
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