第33限 方舟演説
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
僕は拍手を受け続けていた。僕が生徒会長であり続けることに賛同する拍手だ。
涙が流れそうになるのを必死で堪え、僕はその心地いい拍手を感じ続ける。
ずっとこの音を聞いていたいほどだったが、いつまでも続けさせるわけにもいかない。
「みんな、ありがとう」
僕は礼を言い、片手を上げて、みんなの拍手を制止する。
徐々に拍手の音は止んでいって、やがて五百の視線だけが僕をとらえる。
「次に、僕からのお願いだ」
僕が何より大切にしたいのは、この学園という「まとまり」だ。社会と言い換えてもいい。大人が消えたこの世界において、もはや日本という国家は存在しない。そうなれば、僕ら個人は何にも属さない状態となってしまうが、そうなれば無秩序が生まれ、無秩序からは暴力が生まれ、本当に世界は終わってしまう。
「力を、貸してほしい。決して自暴自棄になったりせず、他者を思い、集団を考え、共に生き抜く方法を模索し続けてほしい」
このような状況下にあって、最も避けなければいけないのは、みんなが自己のことばかり考えることだ。限られた物資、貴重な資源……それらを一部のグループや、暴力的な個人によって独占などされれば、対立が起こり、秩序がなくなる。
日本など先進国では個人主義が台頭していた。国家や社会への奉仕よりも、自分という個人にのみ従属する考え方は、豊かな社会においては生まれて当然だし、決して個人というものは蔑ろにされてはならない要素でもある。
ではそれが、今の学園に通用するだろうか。いや、しないだろう。
「僕らは危機に直面している。全員が、だ。例外なんていない。みんな、同じ危機下にある。……共通の敵・フラッドも存在している」
だから、僕は彼らに「自分は学園に属している」という意識を持ち続けてほしい。「学園という社会」から逸脱せず、僕らが組織として、集団として、社会として、その一員としてまとまり続けることが、この終末を生き抜く唯一の術だ。
そのために必要なのは、団結と、結束。
「電気がない、水が出ない、食料がない。決して助けはないし、一歩外に出れば、そこは人喰いの化け物だらけだ」
現状がどれほどの危機に満ちているか、簡単に伝える。するとみんな不安そうにお互いに目配せをする。不安や不満というものは、誰かと共有したくなるものだ。
古代ギリシアの吟遊詩人・ホメロス曰く、
『共通の憎悪ほど人間を団結させるものはない』
である。
「……だけど、無策なわけじゃない」
そして、僕は口角を上げて、声を少し高くする。リーダーがネガティブな発言ばかりでは、みんな息苦しいだろう。
「水はすでに相当な量を確保してある。これに関しては必死に働いてくれた《環境委員会》の面々に心から感謝したい。電気に関しては、復旧……とまではいかないが、非常用バッテリーの備えもあるし、夜間の明かりには蠟燭やランタン、懐中電灯を各クラスに配布する。食料は八週間分は確保してあって、配給はこれからも《災対委員会》より行われるから、安心してほしい。そして新設した《校外委員会》によって銃器が手に入っていて、僕らは武装もできている。決して化け物を校内に侵入させたりはしない」
食料、水、明かり、安全。その平等な配布だけは約束せねばならないだろう。
問題は……
「……以上が、生徒会からみんなへ提供するものだ。……今度は、みんなに僕ら生徒会から要請したいことがある」
必要なのは、力を合わせること。
「まず、決して校内の秩序を乱さないでほしい。校内においては《風紀委員会》が治安の維持、問題の解決にあたることとする。次に、みんなには仕事をしてほしい。炊事、洗濯、清掃……やらないといけないことはたくさんある。活かしたい能力があるなら活かしてほしい。やりたいことがあるならやってみてほしい」
今のこの学園を運営しているのは、実質、僕、甲斐、山城、和泉、壱岐さんと、各種委員会の委員長たちの、十数名ほどだ。これでは手が足りない。それに働かざる者なんとやらだ。
「そして最後に、共に校外へ出る仲間を募集する」
今回の生徒総会の、第二の開催理由だ。
十人で結成された《校外委員会》だったが、さきほども話した通り、すでに五名が死亡し、戦力は半減した。
朝食のときに山城と話した『校外委員会の戦力拡充』が、この告知だ。本当に集まるかどうかは賭けだ。
「……僕の創設した《校外委員会》は、名前の通り、人喰いの化け物の徘徊する校外へ繰り出す委員会だ。その目的は、武装による学園の防衛と、校外へ出動し、必要物資を収集すること」
これからは、舞台だ。
「そう、僕は英雄を募集する。誰かがやってくれる、誰かが何とかしてくれる……その『誰か』になれる勇敢な者だ! 男女は問わない。銃も弾薬も事前に揃えてある! 誰ともちがう特別な仕事だ。それを共に熟す仲間を募集する」
言葉を止めて、会場を見渡す。
聞こえるのは「どうする?」「お前は……?」というようなやり取り。
反応は……よくはない。日向たち五人が校外で命を落としたことを知っているからだ。
しかし、《校外委員会》の拡充は終末を生き抜く上で必須の条件だ。何としても、委員を増やさなくてはいけない。
そのために必要なのは、さらなる一体感。
「ベルンは言った。『これはノアの洪水だ』と」
ノアの洪水。
それは、神の怒りに触れた人類を洗い流し、殺す裁きの波。
ベルンは化け物となった大人たちを「フラッド」……洪水と呼び、現代にノアの洪水を再現したという。
「あんな奴の言う通りにはしたくないが……」
彼はこうも言った。
「そして彼はこう続けた。『方舟はお前たちで見つけろ』と」
人類を消し、聖地を洗い流す神の洪水。
だが、それに抗うことを神に許可された人間がいた。
ノアだ。
正直者で、信心深く、正しく生きる彼は、神のお告げに従い、巨大な木造帆船を作り、そこに多種多様な動物たちと家族を乗せ、洪水から救った。もちろんノアも助かる。
彼と動物たちは、洪水の収まった地で、それぞれの種の祖となる。
そして、彼らを乗せたその船を、ノアの方舟と呼ぶ。
すぅ、と息を吸い……
「ならば、僕たちがその方舟とやらになってやろうじゃないか!」
そして、ここぞとばかりにそう声を張り上げた。
これまでが落ち着いた口調とトーンで話していたため、みんなが驚きをもって僕に注目する。
「この世界に抗おう! ただで死んでなるものか! 生き残った僕らには、きっと生き残った意味がある! その意味を見つけよう!」
僕は叫び続ける。
「僕たち桐可学園こそがノアの方舟だ! この絶望の世界の荒波に耐え、人類という種を後世へと繋ぐ方舟だ!」
咄嗟に思いついた演説だった。唾を散らしながら、腕を振り上げ、みんなを鼓舞する……そんな暑苦しい自分が、自分の中にいたことに驚く。
乱れた呼吸を整えるために一拍置く。
「みんな、僕に力を貸してほしい! この世界の終わりという大洪水を、学園という方舟で乗り切るんだ!」
そう言い終えた、次の瞬間、
「「「おおおおおおおおおおぉぉぉッ!」」」
という生徒たちの歓声が体育館内に上がった。
冬の冷える体育館で、熱気がこちらに押し寄せる。
生徒たちは拳を突き上げ、「フラッドなんかに負けるもんか!」「戦おう!」……そう各々に叫んでいる。
これまで感じたことのない一体感を、肌で感じた。
「約束する。僕は、みんなを守る! そして僕についてきてほしい! 共に学園のために戦おう!」
そう言い、手を上げると、さらにわっと歓声が上がった。
左の壁際に視線を移すと、和泉や山城、生徒会のみんなや、各種委員会の委員長たちは俺に拍手を送ってくれている。
彼らに対し、僕は微笑んで、手を振り返した。
幕末志士・坂本龍馬曰く、
『暗ければ、民はついて来ぬ』
である。
今の固い結束力と団結力を維持し、学園は戦うのだ。
世界を呑み込んでしまった、史上最悪の洪水と……
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