第32限 生徒総会
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
学園の体育館の舞台袖で、僕は緊張から深呼吸を繰り返していた。
朝食時に甲斐に開催の準備を頼んだ、「生徒総会」の開幕が近付いている。体育館内に重なる生徒たちの声。それを舞台袖に置かれた椅子に座りながら聞き、忙しなく両手の指先同士を合わせてみたり、意味もなく制服を整えたりする。
「……アキって、意外と緊張しいよね」
「うるさいな。僕を一体なんだと思ってるんだ」
「私たちを導くとてつもなく凄い生徒会長さまでしょ」
「うわ、なにそれ止めてよ」
小言を言ってくるのは、生徒会書記・和泉だ。
僕のげっそりした顔を見て、彼女はプっと笑ってくれる。
「……ところで何で生徒総会?」
彼女は椅子に座る僕の前にしゃがみこんで、僕の顔を覗き込むような姿勢を取る。
生徒総会は、学園の生徒が一堂に会して議決を行う、かっこよく言えば『最高意思決定機関』だ。まあ、日本の生徒会活動や生徒による自治というのはほぼ形骸化しているので、大した意味は持たない。生徒会役員が予算案などを読み上げ、それに生徒たちが拍手をして賛成するというもので、本当に形式的なイベントだ。
だが、今回はちがう。
「……みんなに伝えたいことがあって、聞きたいことがあるからだよ」
「伝えたいことは分かるけど、何よ、聞きたいことって」
「すぐに分かるよ」
そう誤魔化すと、和泉は「なによ、それ」と頬を膨らませた。
すると、ガチャと舞台袖から体育館内へ繋がる扉が開いて、甲斐が顔を覗かせた。
「会長。みんな揃いました」
「うん。分かった」
「電気がないのでマイクは入らないですよ」
「うげ、非常用電源を入れてよ」
「そんなもったいないことできるわけないでしょ」
「はあ、仕方ない」
よし、と膝を打って立ち上がる。
「じゃ、がんばって」
しゃがんだままヒラヒラと手を振る和泉。彼女に「ありがとう」と伝え、僕は左を向いて、ステージの方を向く。ステージの真ん中には机があって、飾りの花とマイクが置かれている。
僕はキッと前を向いて、そこへ向かって歩き出す。僕の左手にはステージの幕がある。数歩でその赤と黒と金色の布でできたカーテンは終わって、僕の姿が体育館にいる生徒たちの目に晒された。
いつもと違い、生徒たちは学年、クラスごとの列を作っていない。みんな仲良し同士で集まって、好きな場所に立っているので、普段よりもフロアに余裕がなくて、体育館にはたくさんの生徒がいるように見える。
みんな僕を見て、ひそひそと仲間内で話し合っていた。それがいくつも重なっているので、一体なにを話し合っているのか分からないから怖い。
僕はステージの真ん中に置かれた机の後ろに立ち、手を突いて、みんなを見渡した。
ステージの上からはみんなの顔がよく見えた。みんな、どこか疲れたようで、痩せていたり、隈ができている者もいる。
「みんな、集まってくれてありがとう」
最初は簡単な挨拶をして、みんなを一人一人の顔を覚えるように眺める。
まだ会場がザワついていたので、みんなが自発的に静かになるのを、僕は黙って待った。
こうすることで、壇上にいるのに口を開かない僕に注目が集まる。自分が待たせていると思わせ、彼らに僕の言葉を待たせるのだ。
それから数十秒。みんなの声は徐々に小さくなっていって、やがてシン、と体育館の中は静まり返る。
「……まずみんなに、言いたいことがあるんだ」
思い出す、日向たちの顔。最後の言葉。
「僕の命令で、五人の命が失われた」
そう簡潔に言い放つと、生徒たちは互いの顔を見合って、困惑の表情を浮かべた。
「僕が作った《校外委員会》のメンバーたちだ。彼らは勇敢にもみんなのために校外へ飛び出したが、僕が不甲斐ないばかりに、その尊い命を落としてしまった」
話しているうちに、視線が自然と下がっていた。それに気づいて、無理やり顔を上げ、みんなの目を見る。
「それは僕のせいだ。僕が彼らを殺したんだ」
自分で自分の胸を指先で叩く。
そう。日向たちの死は、未然に防ぐことができたものだ。僕がもっと注意深く仲間を見ていれば、守っていれば、結果は変わったはずだ。
「それでも、そんな僕でも」
そこで言葉が詰まって、僕は机に手を突いて、俯いてしまう。
自責の念が、決して変わらない過去が、現実が、僕の頭の中で渦巻くのだ。
僕は、閉じてしまった両の目蓋をゆっくりと開き、一番聞きたかったことをみんなに問う。
「そんな僕でも、リーダーのままでいていいんだろうか」
ずっと胸の中にあった思いだった。
僕は甲斐のように成績がいいわけでも、山城のように武術や運動に秀でるわけでもない。ただの高校生だ。たまたま仲間うちで『生徒会で青春の一ページを飾ろう』となって、たまたま僕が生徒会長に立候補しただけ。それに対立候補もいなかった。
「……僕はこの世界の終わりという事態に対応するために選ばれたわけじゃないんだ。たまたま今、生徒会長が僕だっただけ」
もっと相応しい人がいるのではないか。我こそはという人がいるんじゃないか。
僕が本当にリーダーでいいのだろうか。
「……ここで、採決を取りたいと思います……」
僕が何を言いたいのか悟ったのか、体育館の壁際に立っていた甲斐が眼鏡を押し上げた。
「僕は……生徒会長として、リーダーであり続けていいですか?」
静かに問いかけた。
僕がリーダーか否かを決めるのは、僕ではない。学園のみんなだ。
生徒会長というのは、選挙によって信任されるものだ。
リーダーを決めるのは、みんなだ。
賛成を意味する拍手はまだ、起こらない。
その静寂が、あまりにも恐ろしくて、僕は再び目を伏せてしまう。
みんな、僕に期待などしていないのではないか。もっと相応しい人を知っているのではないだろうか。僕に失望しているのではないか。僕が嫌いなのではないだろうか。
しかし、体育館の端っこから、パチ、パチ、と手を叩く音が聞こえて、僕は顔を上げた。
山城だ。甲斐のとなりに立つ彼は、真っすぐに僕を見つめて、拍手をしている。
「安芸ッ! お主以外にリーダーなぞあり得ないぞッ!」
山城は拍手をしながらそう叫んだ。
そんな彼に、となりの甲斐がフッと笑って、山城に続いて拍手を始めた。
「……会長がいなければ、学園はとっくにゾンビの学び舎になっていましたよ」
すると、僕が出てきた舞台袖からも拍手の音が聞こえた。左を見やれば、和泉が手を叩いている。
「わ、私は安芸会長がいいですっ」
今度はステージのすぐ前から女子生徒の声が上がる。壱岐さんが必死な、泣きそうな顔で立っていた。
そして、徐々に拍手の音は多くなっていって、重なって、木霊して、体育館内に激しく響き渡った。五百人の生徒の手が同時に打ち合わせられ、会場の空気が、賛成の意思表明である拍手で震え、僕に伝わってくる。
その光景をステージの上から見下ろす。
「……ありがとう」
僕は自信が欲しかった。
みんなに選ばれたのだという、僕が先頭に立つ理由と過程が、僕は欲しかった。僕はみんなに信任された。それゆえに責任が生じる。責任とは言い換えれば誰かからの期待だ。期待には、応えねばならない。
僕はこのとき、初めてリーダーとなったのだろう。
アメリカの政治家ダニエル・ウェブスター曰く、
『信頼は強制によって醸成することはできぬ。人間に信頼を強いることなどできない』
である。
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