第31限 青空生徒会
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
「……これからについて、んぐ、話し合いたいんだ」
カレーと一緒に貰った賞味期限切れ間近の焼きそばパン。そのパンの部分だけ千切って、カレーに浸して食べてみる。……まあまあだ。
「これから、というと……具体的には……ズズ」
甲斐はカレーの具材だけを先に食べて、今はスープのように薄いルーをスプーンで掬って飲んでいる。……眼鏡が曇ってその両目が窺えない。
「ガッガッ、ガッ。俺は、んぐっ、命令があれば、何度だって……ガッガッ……校外に出るぞ」
紙皿に大盛りのカレーを盛ってもらった山城は、もの凄い勢いでそれをかきこんで、空いた手で小豆マーガリンの菓子パンを口へ突っ込んでいる。……ひどい食い合わせだ。
「つまり、これから『どう生き抜くか』でしょ? はむ」
和泉は頬杖を突いて、反対の手でカレーの具材を弄んでいる。……実は誰よりも食い意地が張っているのがコイツだったりする。
「もきゅもきゅ……ごくん。う~~ん……どう生き抜くか……ですかぁ」
壱岐さんは間延びした声で言いながら青空を見上げる。……彼女が頬張っているその「黒糖とはちみつの練乳メロンパン・ザ・シュガー」とかいう甘さの塊が非常に気になるところだ。
生徒会長の僕、会計の甲斐、体育局局長の山城、書記の和泉、庶務の壱岐さん。僕らは世界の終わり三日目の朝、グラウンドの青空食堂で朝食を取りながら、会議をしていた。
たしかに和泉の言う通り、中長期的な生存計画が僕らには必要だろう。すなわち……
「水、食べ物の安定した入手と、衛生環境の維持が問題だ」
ごちそうさまでした、と僕は手を合わせてから、皿を横へずらし、両肘をテーブルへ突く。
「そういえば甲斐。水の貯蔵はどうなった?」
甲斐には先日の生徒評議会で、「水の確保」を頼んでいた。蛇口を捻って水が出るうちに、可能な限り保存しておこうという趣旨だ。
甲斐は親指の腹で口端を拭い、「ああ、それでしたら」と報告をしてくれる。
「ご命令の通り、可能なだけ水道水は確保しました。ペットボトル、タライ、空き容器……とにかく水の入るものを片っ端から集めて、水を入れておきました。それと《環境委員会》で掃除をしまして、プールにもいっぱいまで貯めています」
「はあ、甲斐よ。君はなんて優秀なんだ。実はもっと君向きの仕事があってだね」
「い、いやです! もう去年の体育祭みたいに体重を五キロも落とすのはいやです!」
甲斐が曇った眼鏡をガタッと傾けて汗をだらだらとかく。
……そういえばそんなことがあった。我が生徒会のブラックさがよく分かる返答だ。
しかしな、甲斐。
フランスの政治家ガンベッタ曰く、
『働け、いっそう働け。常に働け』
だぞ。
まぁ、少し反省しよう。
「しかしプールにいっぱい、かあ。ちょっと算数をするか」
僕はそう言って腕を組んで空を見上げ、唇を尖らせる。
「えぇーと、うちのプールが……25メートル、かけるの約10メートルと……」
「水深が1.35メートルですので。えっと、単純計算で……およそ350立方メートルの水量です。リットルで言えばおよそ35万リットルになりますね」
必死に宙に筆算を書きながら考えたのが馬鹿らしくなる。なんだ、全部甲斐にやらせようか。僕は脳内で算数をするのはやめて、計算は成績学年一位の甲斐に任せることにし、僕は前のめりの姿勢に戻る。
「じゃあそれを生徒500人が毎日1リットル消費するとしたら……?」
プールの水量を、生徒数×1リットルで割れば、一体何日間の水になるのか判明する。
「700ですね」
「ま、要するにプールだけで二年分の水があるってことだね」
しかし、水にも保存期間、消費期限というものはある。水そのものは腐るものではないが、塩素が抜けると細菌や微生物の繁殖を許してしまう。それに今は冬だからいいが、夏になれば直射日光も当たり、熱されるプールの水を数年にかけて飲み続けるのはかなり危険だ。
「……保存期間や衛生面のこともあるから、今貯蔵している水は半年を目途に……夏が来る前に使い切ろう。言ってしまえば、水は出し惜しまなくていい。料理や衛生状態の維持に水はぞんぶんに使ってくれ。水の入手方法はまた考える」
「はい」
「あ、私が《災害対策委員会》の方にも伝えておきますねぇ」
甲斐が短く頷き、壱岐さんが雑用を受けてくれる。
そして一番の問題は……
「問題は、食料だ」
僕はそう言って空になった紙皿を摘まんでひらひらと揺らす。
「たしか、五百人の生徒で食べるとして、備蓄は八週間分……でしたっけ」
壱岐さんの発言に首肯する。
「そう。それ以降の食料をどうするかが問題だ。それにその食糧だって、ほとんど保存食とか乾パンとかだよ。八週間もそれを食べ続けるのもアレだし、何ならそういう保存の効く食べ物は温存しておきたいまである」
「そうですね……買い出し、が必要ですね」
甲斐が眼鏡を押し上げながら、こちらにアイコンタクトを送って来る。
そう。『買い出し』が必要だ。
すると山城が残りのカレーを上を向きながらかきこみ、咀嚼してから核心を突く。
「……やはり、また校外に出るしかないのだろう」
山城は汚れた口を手の甲で乱暴に拭って、「そうなのだろう、安芸」と僕の顔を覗き込む。
食料の確保。校内に田畑や牧場があるなら大して悩むことはないが、残念ながら桐可学園に食糧の生産設備などない。食料を手に入れるためには、どうしても危険な校外に出て、スーパーやコンビニなどを漁って、商品を学園へ持ち帰る必要がある。
「……うん。食料だけじゃない。衣類や薬品、衛生用品も必要だ。それらを手に入れるためには、どうしてももう一度《校外委員会》を動かす必要がある」
問題は、再び多くの生徒の命を危険に晒すことになることだ。学園は、日向たちを失ったばかりで、生き残った委員たちも、もう一度僕に付いてきてくれるかは、分からない。
食料を手に入れるためにベットするのは、仲間の命なのだ。
「だから、今度はきちんと準備してから向かいたい」
「……準備?」
「ああ。せっかく武器を手に入れたんだ。その扱いを練習して、ルールを決めて、目標を決めて、きちんと任務を果たせる組織に作り上げるんだ」
元々、僕が《校外委員会》を作り、まず武器を手に入れに行った理由は、食料などの確保を容易にするための投資的側面が大きい。今後、何度も校外に出る必要があるとしたら、その装備を強力なものにしたかったのだ。そのために自衛隊基地に向かい、銃器を収集した。
そして今度は、最初の投資によって得た銃器で、さらなる利益を得るために新たな投資を行わなければならない。
「今は勇気ある者たちの有志に過ぎないこの《校外委員会》を、画一して、拡充していくんだ」
僕の意見を聞き終わった甲斐が、閉じていた目を開け、「まあ」と口を開く。
「まあ、たしかに、生き抜くためには校外に出ることは必須ですからね……」
甲斐は分かっているんだ。校外に出ることが危険であることも、校外に出る必要があることも、賭けるのが自分の命ではないことも。だから無責任に「行ってきてください」とも「そんな危険なことはしないでください」とも言えないのだ。
だが、今はそんな曖昧な賛成だけでいい。「みんなで死を待ちましょう」と心中を考えていないだけマシだ。
「決まりだ。僕らは第二回の校外出動を行う。そのために準備をして、計画を立てる。いいね、山城?」
「うむ」
「予定は……そうだな、五日後。五日後を決行日と仮定して、《校外委員会》の戦力拡充と、訓練を行う」
「分かった。俺は鉄砲で狙う的でも作っていよう。人数集めも、心当たりを当たってみる」
「ああ。頼んだ」
実質的に《校外委員会》の副委員長である山城とその場で簡単な打ち合わせを行い、そして最後に僕は甲斐の方を見やる。僕も僕で、仕事をしないといけない。
「最後に、甲斐」
「なんですか」
「また、人を集めてもらえるか?」
「……人? 生徒評議会ですか?」
生徒評議会というのは、他校でいう代議員会のようなもので、生徒会執行部と、各種委員会の委員長、各学年代表を集めて行う会議のことだ。
だが、今回甲斐に準備を頼みたいのは、評議会ではない。
「生徒、全員を集めてくれ」
「…………え」
甲斐の眼鏡は感情と連動していると言われている。それが大きく傾いた。
「生徒総会を開く」
世界が終わった日以降初の、学園の最高議決機関・生徒総会を開催することが決まった。
【次回予告】
【用語解説】
【あとがき】
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