第29限 ありふれた絶望
もし世界が突然、無秩序となったら、あなたならどう行動しますか?
あなたを叱る人も、悪事を取り締まる警官もいないとしたら、あなたはどうしますか?
桐可学園から数キロ離れた場所にある、公立・桐原中学校。
ここでも、桐可学園と同様に教師たちが『フラッド』となり、混乱状態であった。
桐可学園との違いは、安芸のような指導者や、山城のような勇敢な者がいないことだ。また、多くの生徒たちがフラッドの攻撃を受け、彼らの体から発せられる特殊な電気信号によって、フラッド化してしまった。
そんな桐原中学校の旧校舎。
本の積まれた物置のような狭い部屋の中で、女子生徒が二人、肩を寄せあっていた。
「な、なんなの……あいつら」
髪の長い生徒が、震えながら言った。
思い出すのは、突然、様子のおかしくなった担任の先生が、友人を襲い、首に噛み付いていた光景。
二人は命からがらこの部屋に逃げ込んでいた。
「大丈夫だよ。きっと、お兄ちゃんが助けに来てくれるから」
「お兄さん? 安芸さんの?」
「うん! 頭が良くてね、優しくてね……」
ポニーテールの少女は、兄のことを思い出していると泣きそうになる。
(……ううん。あたしだけでもしっかりしないと……!)
兄ならそうするだろう……いや、兄はそうしてくれた。そう泣きそうになるのをぐっと堪え、少女は震える友人の手を掴んだ。
「それとね、イケメンだよ」
「……ふふ。ホント?」
「本当だよ!」
「……今度紹介してよ」
「だーめぇ」
「なんでよ……ふふ」
二人は気を紛らわせて語り合ったあと、少し眠った。
◆
同中学校。
校舎、グラウンド……あらゆる場所で理性なく人を襲う化け物と化した教師と、その教師に噛まれた、生徒の姿をした化け物が徘徊している。
だが、体育館だけは幸運にもフラッドの侵入を許さず、その安全地帯に逃げ込んだ生徒は多かった。
その数、約七十。
「どうすんだよ?!」
ドンッと壁を強く一人の男子生徒が叩いた。
吊り目で、襟足を長く伸ばした茶髪の生徒。平たく言えば不良少年だ。
「怒鳴んなよ……」
ステージの階段に腰を下ろすもう一人の不良少年が彼を諭すが、それに意味はなかった。
「クソがっ! 何だってこんな……」
体育館内は静まり返っていて、聞こえるのは彼の怒鳴り声だけ。
みんな体育館の端に体を寄せ、沈んだ面持ちだ。
それも仕方がないだろう。
何とか逃げ込んだ体育館だったが、もう出ることは出来ないのである。外はフラッドだらけで、時折、彼らは呻き声が発し、体育館のドアを叩き、「ここにいるぞ」とアピールしてくるのだ。
「あのベルンとかいうジジイ……ぜってぇ殺す!」
「……出られればな」
「一々うっせぇな」
Pデバイスを開発したアルヒェ社の創始者ベルンの配信をここにいる彼らも、体育館のステージに設置されたホログラムスクリーンで見ていた。
配信のことを思い出した不良少年は右手で左手首のデバイスの電源をつける。だが相変わらず、ホログラム画面の左上には圏外の文字があった。それにどのアプリも使用できない。
「ちぃ……」
短気な彼は、体育館に閉じ込められ、インターネットにも繋がらず、食料もないストレスを壁に蹴りでぶつけた。防音壁が彼の蹴りにガッと音をたて、それに体育館内の生徒たちはビクッと体を震わせる。いつもならそんな粗暴なことをすれば教師たちが注意してきたが、それもない。教師たちは体育館の外で奇声を上げながら、人間の肉を求めて彷徨っている。
「水……飲んでくる」
「あぁ」
また、体育館には幸いトイレがあった。
そこには洗面所があって、蛇口を捻れば水が出る。
そして、彼がそのトイレへ向かっている途中……ふっと、電気が消えた。
「あ?」
全員が上を見上げる。
幾つもある電球が全て消えていて、換気用のファンもゆっくりとスピードを落としていく。
体育館がザワつく。
こんな状況下で明かりが消えれば当然だ。
今は昼間なので陽は差しているが、夜になれば真っ暗になるだろう。それを思うと不安で、誰かと話していないとおかしくなる。
「クソが」
いつかは止まるだろうと彼も思っていたが、思ったよりも早かった。
さらに苛立ちながら、彼はトイレに入り、蛇口を捻る。
勢い良く水が出てきて、それを頬で受けるように彼は蛇口に口を持っていった。
二、三口、喉に水を流し込む。
だが、
「……ん?」
突然、蛇口から水が出なくなる。
「あ? んだよ……」
彼は蛇口を捻ったり、戻したり、となりの水道で試したりしたが、やはり水は出ない。
停電に伴って、断水していた。
水を送るポンプは電気で動くのだ。本来なら、水道を管理する人間が予備電源を入れたりするが、フラッドにそんなことはできない。
「水が……止まった……?!」
少年はいよいよ焦る。
電気もなければ、水も食料もなく、Pデバイスも圏外で、昨日の配信を信じるなら大人は全員、人喰いの化け物になっている。
狭い体育館の中では何も出来ない。
「あ……あの……」
立ち尽くしていた彼に、一人の女子生徒の声が掛けられた。
少年は無愛想に答える。
「……なんだよ」
「い、いえ……。あの、その……女子トイレ……水が出なくなっちゃって……ですね……その……お水を頂けないかな……と……」
「あ? こっちも出……」
その時、少年の脳裏に、悪意が過ぎった。
彼は苛立つ顔を、徐々に笑顔に変え、優しく言う。
「あぁ、喉が乾いたのか? 水なら出るぜ?」
「ほ、本当ですか? もしかしたら断水したのかと……」
「ほら、来いよ。……ただ、ドアは閉めてくれるか?」
「え? は、はい……」
ショートカットの似合う控えめな少女は、「失礼します」と言って、男子トイレに入り、言われた通りにドアを閉めた。
不良少年は、水道の前を少女に譲り、後ろへ下がる。
彼は、壁に立て掛けてあった箒を、少女にバレないように手に取り、閉められたドアが外側から押し開かれないように引っ掛けた。
これで男子トイレへは外から入れない。
次に、彼は床に落ちていた雑巾を拾い上げた。
「……あれ、お水が……」
少女は、彼が何をしているかに気付かずに、蛇口を捻る。無論、水は出ない。
「あの、お水が……んぐっ?!」
無防備な彼女の背中に、少年は襲い掛かった。
拾った汚い雑巾を、少女の口に詰め込み、声を出させないようにする。
雑巾と一緒に彼女の口元を手で押さえ、力任せに少女を個室へ押し込んだ。
「んっ……んんーっ!」
「静かにしろぉ……ここでぶっ殺すぞ」
「んん……」
少年はストレスと欲望を爆発させる。
彼は少女の両手を片手で封じ込め、空いた手でズボンのベルトに手を掛けた。
それを見て、何をされるのか察した少女は必死に体を捩るが、抵抗は弱々しい。
少年はポケットからカッターナイフを取り出し、カチカチと刃を出す。
そしてそれを使い、少女の制服を切り裂いていく。
「んっ! んんーっ」
「うるせぇなぁ」
長いスカートが縦に切り裂かれ、少女の細く白い脚が露になる。
さらに興奮した少年は、彼女のブレザーのボタンも引きちぎり、シャツもビリビリと破いていった。
「どうせ死ぬんだ……俺たちはどうせ死ぬんだよ。なら楽しもうぜぇ?」
「うっ……う……」
少女は涙を床に落とす。
それもお構い無しに、少年は少女の腰を掴む。
──これは世界中を包む大きな絶望の、ほんの一部の悲劇に過ぎない
----------------- ◆ -----------------
国父さまが何よりも嫌ったことは「無秩序」でした。
ゆえに安芸生徒会長は法を作り、罰則を設け、治安組織を組織したのです。それこそが、『学園憲章』であり、『校法』であり、《風紀委員会》です。
我々【校国】の民が、いま、法と秩序のもとで穏やかに暮らすことができるのは、国父さまのおかげなのです。
《校暦78年。教育委員会発行公認、高等教育社会科教本より抜粋》
----------------- ◆ -----------------
[いいね][ポイント評価][感想]、残していって頂けると嬉しいです!
時間を定めず投稿しているので、本作を少しでも気に入って頂けた方は[ブックマーク]をお願いいたします! 読んでくれてありがとうございます!




