第28限 校国民主主義
安芸たち桐可学園の築いた【校国】とは……?
未来の学園の様子をチラ見せ!
世界中の大人が人喰いの化け物となった『洪水の日』から、88年。
校暦88年、西暦2133年。
半世紀も昔、日本と呼ばれていた国の一部でしかなかった街にある、桐可学園。その学園は現在、【校国】という国家として運営されていた。
桐可の街を見下ろす山の上にある白で全面を塗られたスマートで近未来的な学園の校舎、現『学園府』は80年前の姿を保たれていて、赤い下地に黒い桐の葉が描かれた校国旗が所狭しと飾り並べられ、風に靡いている。白、赤、黒しか存在しない学園府の外観は、その「統一感」で見る者を圧倒する。
そんな【校国】の政治中枢で、いま、学園の行く末を決定する大会が行われていた。
【校国】の体制は、学園をその建国基盤にもつことから、特殊なものとなっている。
民主主義を謳う【校国】はその指導者たる『政徒会長』や、《風紀委員会》や《校外委員会》の委員長を選挙で決定する。それら役職で構成されるのが『政徒評議会』であり、【校国】の方針決定や施策を行う。
そして形式的ではあるが、その評議会が提出する法案や計画を採決するのが、校国民主主義の象徴……『政徒総会』である。
「……親愛なる校国同胞の諸君、本日はお集まりいただき感謝する」
学園府のとなりにあるグラウンドで、一人の男がそう咳払いをして、語り出した。
伝統的な桐可学園の黒い制服を袖に通し、赤いネクタイを締め、所属組織を示す腕章を左腕にした、校国政徒会の役人だ。上唇を覆う口髭を生やしたガタイのいい中年の男で、左腕の腕章には『校外』の文字が刺繍されている。
「校国《校外委員会》委員長を務める、播磨である。ここに、第87回・政徒総会の開会を、宣言する!」
人類の敵フラッドと戦う《校外委員会》の委員長・播磨は後ろ手を組んだまま、グラウンドの朝礼台から挨拶をした。彼が現在の《校外委員会》のリーダーであり、今回の政徒総会の進行役だ。
そして、彼が見下ろすのは……数千にも及ぶ校国の民たち。かつての文明崩壊を免れた桐可学園の生徒たちの子孫だ。
「校国万歳! 校外委員会万歳!」
「校国に栄光を!」
「播磨さま! どうか我らをお守り下さい!」
「万歳! 万歳!」
校国と人類を80年にも渡り脅かしてきたフラッドと戦い、校国領土を守護する《校外委員会》は、生徒にとってはまさに英雄であり、それを指導する委員長は生徒の尊崇の対象となるのは当然だった。
薄っすらと笑った播磨は、腕章の通された左腕を腰にやり、反対の右手で自身の腕章を軽く引っ張る敬礼をし、民衆に答えた。
この敬礼は、学園の委員会の委員たちが、腕章を相手に見えやすいように示し、自身の所属を伝えてきた慣習がやがて伝統となり、そして正式に敬礼として採用されたものだ。
旧世界における軍人・警官たちが行っていた、手の平を額に当てる敬礼が、中世の騎士たちの兜の面を上げる動作に由来するように、この『校国式敬礼』も生まれた。
生徒たちからの万歳の声が止むまで播磨は右手で腕章を伸ばす敬礼を続けた。そして場が静まり出すと、播磨は自慢の口髭を一度撫でてから、口を開き出す。
「まず、世界最後の国家【校国】に最大の賛美を」
彼の言葉は、国家となった学園【校国】への賛美から始まった。
「そして【校国】を築き、導いた、英雄である国父・安芸さまに、最大の敬意と感謝と、尊敬を」
次に国家建設の父、初代政徒会長・安芸の名が呼ばれる。
すると、「国父」「安芸」、それらの言葉を聞いた民衆たちはすぐさま姿勢を正し、背筋を伸ばし、脱帽して、少し頭を下げた。グラウンドに集まった数千人が皆、今は亡き【校国】の父・安芸に敬意を払う。全員が無意識にそうするほど、彼は校国にとって偉大な存在となっていた。
政徒総会の開催に合わせて、播磨の立つ朝礼台の横に設置された豪華な額に、若き日の安芸の肖像画がある。それに対し、播磨も校国式敬礼を向け、しばらく目を伏せた。
そしてゆっくりと目を開き、敬礼を解いて、再び後ろ手を組み、播磨は話し始める。
「……さて、本日我々『評議会』が提出したい政策の多くは、外交に関するものです」
評議会とは、つまり『政徒評議会』のことだ。
洪水の日より以前……かつての旧日本時代においては「代議員会」や「中央委員会」と呼ばれていた組織、会議が元である。桐可学園ではその名を「生徒評議会」としていたため、現在では『政徒評議会』の名が使われている。
この評議会は、実質的な最高議決機関だ。政徒会長や各委員長などの高級官僚で組織され、予算決定や法案作成など【校国】の舵取りをしている。
そして、ここで作られた提案を、生徒全員で承認するのが『政徒総会』なのだ。
「外交…つまり、我々【校国】が庇護下に置く農業高校や工業高校に関することです」
播磨が俯きがちに、重々しく呟く。
現在、【校国】……桐可学園は、周辺の二校と協力関係にある。まず食糧や人類の足である馬を生産する《大之谷農業高校》と、いまも稼働する工場をもつ《灰ヶ峰工業高校》だ。
どちらも現在では【校国】の支配下にあるが、衝突が絶えない状況である。
「なんと彼らは先日……我々【校国】に対し、武力蜂起を辞さない姿勢を示してきたのですッ!」
どっと会場がざわつく。
【校国】は、その同盟校として農業高校、工業高校と連携している。【校国】は国父の存在によりいち早く「国家」の体制へと転換したために、政治、法律、統治などの国家基盤が最も磐石な組織となった。さらに国父・安芸の設立した《校外委員会》という軍事組織もあり、これを武器に学園は国家として成立していない農業高校、工業高校を支配下に置いているのだ。
しかし、近年では農業高校において反校国運動が活発化しており、校国の内閣に当たる《政徒会》は手を焼いていた。
「我々《政徒会》と、我が《校外委員会》……そして諸君ら【校国】が守護しているにも関わらず、ヤツらは我々に対し宣戦布告の真似事をしてきたのです!」
グラウンドに集まる国民たちはひそひそと隣の者と気色を害した面持ちで話し合いだした。
「なんということだ」
「我々がわざわざ守ってやっているのに」
「偉大なる校国の傘下にありながら……」
「植民校の分際で……」
そうざわざわとする民衆の姿に、にやりと播磨は口角を上げた。彼は両手を仰々しく振り回しながら、唾を飛ばして叫ぶ。
「国父様の築かれた我らが偉大なる【校国】を! ヤツらは愚弄しているのだッ! 賢き生徒諸君、これを許すか!?」
播磨はさらにまくし立てる。
「我々は偉大だ! 偉大な国家だ! どの学校も成しえなかった偉業を、成しえたのが我ら桐可学園だ!」
民衆たちは播磨に目を奪われる。彼は演説の天才であった。背筋を伸ばしたまま、播磨は腕や指を激しく動かし、表情で訴える。
「校国は……校国の民は愚弄されている! 最も優れた法を整え、最も強い軍を持ち、最も偉大な国父様が築き、最も勤勉な諸君ら生徒のいる【校国】が……他校に侮辱されているのである!」
激しく吠えるような演説をする播磨だったが、ここで息を整えるように一歩下がる。乱れた前髪を直し、上唇を隠す口髭を撫で付ける。
彼の言葉に圧倒された国民たちはひそひそと話すのを止め、播磨の次の言葉を待った。
そして再び一歩前に出た播磨の語りは、静かなものだった。
「……これを許すか、諸君」
熱を内に秘めた民衆たちが犇めく会場に、そう静かな質問が飛ぶ。静と動の波に、民衆の心は揺れる。
今にも「許すな」の声で溢れかえりそうになる、その直前のタイミングで、播磨は続けた。
「……私は許さない」
この瞬間、播磨の言葉は、民の言葉となる。播磨は大衆の心を語る代弁者と化したのだ。
「諸君らの採決を得たい。我々評議会は諸君ら生徒に新政策を提出する。我が校の庇護下にある他校の反校国運動を、《校外委員会》が武力を以て弾圧できるようにし、さらに他校に対し厳しい監視と規制を行いたい」
もはや生徒にとって、具体的な法内容などどうでもよかった。ひたすらに熱に浮かされ、愛国と愛校を叫び、自分たちの代表である指導者に賛同できればよいのだ。
政府側……《政徒会》や《評議会》も法案を詳しく国民へ伝える気はない。ただ「民主主義」の大義の元で、とにかく法案が可決されればよいのだ。
「諸君らの答えを聞きたい! 賛成の者は、拍手を!」
一拍置いて、パチパチと小さく音が重なる。そしてやがて、それは数千の民衆の熱狂に繋がった。
街中に響くような拍手が、会場を支配する。
役目を終えた播磨は満足そうな顔で民衆を見下ろし、最後に校国式敬礼をして、叫んだ。
「全てを校国にッ!」
これは数年前から広まり始めた校国の標語だ。ありとあらゆる権限や力を、校国国家の元に結集させよ、という意味を持つ。
民衆は拍手を絶やすことはせずに、その言葉を復唱した。
「全てを校国に!」
「「校国に!」」
「「「校国にッ!」」」
こうして熱狂のうちに、『政徒総会』は幕を閉じた。結果は無論、可決である。
◆
「「校国に!」」
「「「校国にッ!」」」
スローガンを叫びながら、夢中で拍手をする民衆と、愛国主義や選民思想に頼った演説で彼らを先導する政府。
両者を、校舎……『学園府』の屋上から見下ろす、一人の少年がいた。
「……これが、校国の民主主義か……」
泣くでも笑うでもなく、彼はどこか悔しそうな表情で会場を見下ろした。
「もし曾お爺様が生きておられたら、何と言ったことか」
彼は目を伏せて亡き曾祖父を想う。幼いころに、少しだけ語らった曽祖父。彼が亡くなる直前、少年は体の自由が効かなくなり車椅子に乗る曽祖父の手を取った。
「……『英雄を必要とする国が不幸なのだ』……だったかな」
少年は熱狂する民衆を見下ろしながら呟く。それは少年の曽祖父がよく口にしていた偉人たちの言葉の内の一つ。これはドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトの言葉だ。
小さいころ、夕暮れ時に沈む日を一緒に眺めながら、呟いた曽祖父の言葉…
「今なら、分かるよ」
少年は握った曽祖父の手を思い出した。無数の皺の刻まれた白く細い彼の曽祖父の手は、震えていた。
それが怒りで震えていたのか、後悔で震えていたのか、悲しみで震えていたのか……。
それだけは分からなかった。
そして「行くぞ」と女の従者に言って、彼は学園府の中へ戻っていった。
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