第27限 校外委員会、血の凱旋
一章はこれまでとなります。
区切りということで、ここまでの[感想]や[評価]を頂けないでしょうか……? とても励みになります!
桐可学園《校外委員会》が実施した初めての校外出動では、各種銃器多数と大量の弾丸、装甲車三台と輸送車二台の獲得に成功した。目的の武器に加え、車両のおまけ付きの戦果だ。
だが、僕たちはそれに全く釣り合わない……多大な犠牲を払ってしまった。
僕の親友であり、幼馴染みであった日向や、彼をはじめとした《校外委員会》の仲間たちを多く失ってしまったのだ。一人がフラッドに噛まれ、それを隠していた彼は、帰路の途中フラッド化し、同じ車内にいた他の仲間に襲いかかってしまった。結果、その車に乗っていた五人は、誰一人として助からなかった。
身体検査を徹底すべきだった。
仲間がフラッドから受けた傷を隠すという可能性を疑うべきだった。もしそれが出来ていたなら、犠牲は少なくとも一人で済んだだろう。
校門まであと少し、というところでこの事故が起こったため、騒ぎを聞きつけた校内の生徒……校門を見張っていた風紀委員たちが校外に出てきた。
「会長! お帰りなさい! 一体、何……が……」
連続した銃声を聞きつけ、真っ先に駆け寄ってきたのは、《風紀委員会》を任せている二年女子・伊予さん。彼女は、立ち尽くす僕の足元に転がる五つの死体に息を飲んだ。いつもクールな彼女が、同級生たちの死体を見て後ずさる。
「か、会長……。これ、は……」
「……僕が、殺したのさ……」
「……え」
僕は五人の死体を綺麗に並べ直し、制服の乱れを正し、見開かれた両目をそっと閉じてやる。そして、右手に握られた拳銃から彼らの指を解く。
馬鹿で、お喋りで、優しいやつだった日向は、もう一緒に僕と笑いあってはくれないのだ。日向の死体を整えていると、また涙が溢れそうになる。それをぐっと堪え、僕は立ち上がった。
「伊予さん、悪いんだけど……一緒に彼らを荷台に運んでくれないかな」
「……はい」
「ありがとう」
残りの校外委員の中から運転免許のある者に遺体の搬送を頼み、僕は乗っていた装甲車にもどる。
そして僕たち《校外委員会》の校外出動は、校門を潜り終了した。
校門には多くの生徒が出迎えに来てくれていた。
「ありがとう」「おかえり」「よくやった」
窓ガラス越しにそんな声が聞こえる。
「お帰りなさい、会長」
僕が車から降りると、《生徒会》の書記・壱岐さんが迎えに出てくれていた。
その後ろには、幼馴染みの和泉もいる。
「……アキ?」
和泉が、壱岐さんに中々返事をしない僕の顔を覗き込んだ。
「あぁ……ただいま……」
「どうしたのよ……ひどい顔よ」
今は、話したくはなかった。
だが、僕を運命が逃がさない。
「安芸くん」
後ろからのその声に、ビクッと僕は肩を震わせた。一番聞きたくなかった声だ。
無視するわけにもいかず、僕はゆっくりと振り返る。別の誰かであって欲しかった。
「……石見……さん」
後ろにいたのは、眼鏡を掛けた真面目そうな女子生徒。赤いリボンをした、同い年の生徒だ。
……そして、
「ねぇ、日向はどこ?」
「……っ」
日向の恋人だ。
フラッドが発生した昨日も、日向は彼女と食事に行くのだと言っていた。不真面目で不良みたいな見てくれの日向とは正反対な人だ。だからこそ惹かれたのか、日向は彼女に「一目惚れした!」と入学式からアタックしていた。一年間も日向は石見さんに告白し続け、二年生に昇級した去年、ついに彼女が折れ、二人は付き合い始めたのだ。
正反対な二人だった。だが二人は互いにないものを埋め合うように仲が良かった。
だから、彼女に日向の死を伝えるのは、辛い。
「ひ、日向……日向は……」
僕は言葉に詰まりながら、ポツリポツリと話す。
日向が勇敢に戦ったこと。
彼が死んだこと。
仲間を思い、自ら命を絶ったこと。
全てを話し終え、地面から視線を上げる。
すると、まず石見さんの震える握り拳が見えた。次に見えたのは、大粒の涙を湛える彼女の瞳。
怒りや悲しみ……様々な負の感情が入り交じった表情で、僕を睨み付けていた。
その瞳が怖くなって、僕は目を逸らす。
すると、そんな情けない僕の頬に石見さんは平手打ちをした。
パシッと耳元で音がして、左の頬が熱くなる。
涙を落としながら、彼女は僕の元から走り去っていった。
彼女を責める気なんて起きなかった。当然に僕は叩かれたのだ。人の死を、彼女の恋人の死を…僕の大親友の死を、まるで責任逃れするように目を逸らして僕は伝えたんだ。平手打ちが飛んできても仕方ない。
頬に触れると、ジンジンと痛んだ。
……だが少しだけ、ほんの少しだけ、楽になった気がした。
自分の行いに対し、罰が与えられたように感じたのだ。
顔を上げると和泉も口元に手をやり、泣いていた。日向と和泉は普段、喧嘩ばかりだったが、喧嘩するほど何とやらだ。僕、和泉、日向、山城の四人は、覚えていないほどの時を共に過ごしてきた親友だ。
めったに見せない和泉の涙を見て、やはり謝らねばならないと思った。
「……ごめん」
和泉は顔を手で覆い、無言で首を横に振る。
親友であり、幼馴染みの日向を死なせてしまった。
──僕は……
「僕は……だめなやつだ……」
自分を貶める言葉ばかりが頭の中で渦巻いて、上手く口に出せない。言い淀んでいると、体が暖かい何かに包まれた。
ハッと目を見開くと、暖かさの正体がすぐ目の前にあった。
和泉だ。
彼女が僕を抱き寄せてくれていた。
ショックで立つのもやっとだった僕は、彼女に体を任せ、力を抜く。
「アキはだめなんかじゃない……」
「でも……」
「……私たちを守ってくれるんでしょ?」
「それは……もちろん、そうありたいと思ってるよ」
「アンタがそんな風にへこたれるのを、日向も望まないわ」
──『強くなってくれよ。仲間全員、守れるくれぇによ』
日向との約束を思い出す。
「……そうだな」
「そうよ」
最後に肩を叩いて、和泉は僕を離した。
彼女の暖かさと柔らかさに名残惜しさを感じながら、僕も体を真っ直ぐに立たせる。
「僕は強くなって、みんなを守る……」
「その意気よ」
和泉は、腫れた目に浮かんでいた最後の涙滴を指先で拭った。
彼女のせっかくの美人が台無しだ。
不意に、僕と抱き合ったときに乱れてしまった髪を見つけ、彼女の夜のような黒の髪に手を伸ばした。
彼女の髪の乱れたところを撫でながら、
「ありがとう」
僕は礼を言った。
「な、何もあたしは……」
「いいや。折れそうな僕を、支えてくれてるよ」
「……っ」
彼女は耳まで真っ赤にして、そっぽを向いてしまう。
和泉はいつも強気で、男勝りな感じだが、実は照れ屋で恥ずかしがり屋だ。
「……やっぱり、持つべきは親友の幼馴染みだな」
「……」
そう言うと彼女は少し振り返って唇を尖らせた。
「え、なに?」
「な、何でもないわよ!!」
何か余計なことを言ったのか、和泉は怒ってしまった。
──日向、僕が……僕がきっと、みんなを守るよ
なぜかぷりぷりと怒り出した和泉に苦笑しながら、僕はそう心の中で呟いた。
すると、それに答えるようにサァ、と風が僕の背を優しく押した。それは、冬の夕方にしては暖かい風だった。
◆
学園に帰って来てすぐ、陽が沈んだ。
自衛隊の基地で思った通り、やはり電力の供給はすでに停止していた。夜になると各クラスに蝋燭を数本ずつ配り、それも節約するように言っている。
夜闇に不安を焚き付けられるのはよく聞く話だ。
そして今、僕たちは学園の裏庭にいる。
それも学園の生徒全員、で。
僕は今、日向をはじめとした、くしくもその命を落としてしまった《校外委員会》の面々を簡素な棺桶に納めている。
技術科目教室にあった短い木の板を組み合わせ、初心者が釘を打った本当に粗雑な箱。
「ごめんな……日向」
日向の顔を、最期に目に焼き付ける。
着崩した制服。くすんだ金髪。尖った髪形。見慣れた顔なのに、なぜか今は懐かしさのような何かを感じてしまう。
「……会長」
一緒に葬儀の準備をしていた甲斐に声を掛けられる。
どうやら気付かなかったが、ずいぶんと長い間、日向を見下ろしていたようだ。
「……ああ、いいよ」
溢れかけた涙を隠すように手の平で拭う。
僕が一歩下がると、甲斐が持っていた木の板を日向の入った棺桶の上に置いて、蓋をした。
英雄の最期を、こんなものに詰め込むのも酷い話だ。
◆
ウッドデッキにそのままであった先生たちの遺体は、裏庭に掘った穴の中に並べ、その手前に日向たち五人の棺桶を並べる。
「僕は……僕たちは決して忘れない」
日向や後輩たちの遺体が入る五つの箱の前に立ち、僕は別れと感謝を伝える。
周囲を照らすのは、油を染み込ませた布を先端に巻いて火を着けた、僕の持つ松明だけだ。
「君たち死者がいたこと、そして英雄がいたこと」
僕はその松明を棺桶の下に敷いた着火剤に近付けた。
乾燥した草木に火は広がり、すぐに一つの箱が炎に包まれる。
顔が熱くなり、周囲が赤く照らされる。
「武器のない中、よく一緒に戦ってくれた」
となりに並ぶ、もうひとつの棺桶に火を焚く。
「その勇気に感謝したい」
三つ目。
四つ目。
「本当に……本当に……ありがとう」
アメリカの劇作家レーントン・ワイルダー曰く、
『死者に対する最高の手向けは、悲しみではなく感謝だ』
である。
僕は最後に、大親友だった日向のいる箱に火を着ける。
裏庭は五つの火柱が立ち、周囲を照らした。
葬儀にはほとんどの生徒が参加して、全員、制服をきちんと着て、裏庭に出たり、教室から見下ろしたりしてくれている。
だが誰も、念仏を唱えたり、十字を切ったりはしなかった。
神や仏が本当にいたのなら、僕たちにこんな運命を用意はしないだろう。もし、本当に神がいて、それでもこの絶望を用意したというのなら、そんなものはもはや神ではない。
今は神には縋るべきじゃない。
「どうか安らかに……」
激しく燃える恩師たちと、仲間たち。
その炎を見つめながら、となりに立つ幼馴染みの少女・和泉は呟いた。
「何だったのかしらね、これ。何だか夢……みたいだわ。悪い、夢」
「……そうだね」
僕は頼りげなく答える。
彼女は艶やかな黒髪をした頭を、僕の肩に預けて、またポツリとこぼす。
「ねぇ、こんなのが……ずっと続くの……?」
「……」
返事を返すことすらできない。
妙なことを言って、期待を抱かせるのはいけないことな気がした。
僕には諸事情あって両親はいないが、他のみんなは家族が心配だろう。僕も妹のことが気掛かりでならない。今すぐにでも助けに駆け出したい。しかし、まともな準備なしに今、校外へ出れば、確実にあのフラッドというゾンビの餌食だろう。妹を助けに行くのは、準備をしてからだ。
それに、僕は学園の生徒会長だ。
学園のみんなを守らないと……また……また僕は……。
右腕が、感じるはずのない痛みを覚える。虫が這うような不愉快さもある。脳裏に蘇る過去をぐっと殺し、なんとか平静を保った。
僕は簡単に、誰かが助けに来てくれるよ、だとか、すぐに元の生活に戻れるよ、なんて他力本願の空想を和泉に言うことはできない。
……けど、自分の思いを伝えることはできる。
そう思った僕は、「安心して」と和泉に出来るだけ強く、優しく言った。
今から口にする言葉は、僕の僕への約束だ。
「僕が、みんなを守るから」
和泉は僕の胸の中でこちらを見上げる。
いつも気が強くて、男子と喧嘩ばかりな彼女の瞳がじわっと潤んだ。
「……うんっ」
和泉は涙を浮かべながらも、必死に笑顔を作り頷く。
僕は自分が知る限りで約束を破ったことは一度たりともない。これをずっと続けていくんだ。約束を守り続ける。もしそれが出来たなら、僕は言葉をもって誰かを安心させることや信頼を得ることが出来るのだろう。
『安芸が言うなら正しいのだろう』
『安芸についていけば安心できる』
『安芸なら私たちを守ってくれる』
『安芸は約束を違えたりはしない』
そう思われるリーダーでなければならないのだ。
フランスの劇作家ピエール・コルネイユ曰く、
『勇気ある人は、みな約束を守る人間である』
だ。
きっと、こんな非常時に僕が生徒会長であったことなんて偶然に過ぎなくて、意味だとか、運命だとか、そんな大層なものは備わっていないのだろう。だが、生徒会長であることが運命なんかじゃなくとも、生徒会長としての使命と責任がある。
学園にはリーダーが必要なんだ。
こうして、学園初の『校外出動』は幕を閉じた。
僕は、揺れる火を見つめながら、その夜を明かした。
次章予告ーー
学園を安全圏として確立し、武器を手に入れ、《校外委員会》を設立した安芸。
彼が次に目指したのは、学園内の秩序維持であった。
次章の焦点は、内政(治安、法、経済)です!




