第24限 帰路へ
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
基地内の食料庫で発砲してしまったため、その銃声に引かれたフラッドたちが僕らを追い掛けてくる。内股の個体や、四肢があらぬ方向へ折れた個体、唾や血を撒き散らす個体に、目玉のない個体。深緑色の隊服を着たグロテスクなそれらの群れが僕らに迫り来る様は、まさに古いゾンビ映画だ。捕まったら最後、僕らは食い殺され、理性を失い、彼らの仲間入りをしてしまう。
長い廊下を走りながら、僕ら《校外委員会》は必死に出口を目指す。
「ふぅんっ!」
なぜかフラッドに弾が当たらない山城は、僕らの殿を務めていて、吠えながら小銃で敵を殴り殺していく。
壊れるからやめて欲しいが、その野生動物のような運動能力と鉄のような筋肉が僕らには頼りだ。後方からの追っ手は山城に任せ、前方は電気スタン小銃と小銃を持つ彼の後輩たちが切り開く。
「右のヤツの動きを止めてくれ!」
「任せろ!」
前衛は強力な電流による敵制圧を目的とする軍事用小銃型スタンガンを持つ二人が、中衛は実弾小銃を持つ三人が就く。この布陣で僕らは駐車場に向かって急いだ。
あとは管理室で手に入れた車両のキーを使い、車庫にある装甲車や輸送車を戴いて学園へ帰還するだけだ。
駐車場に出て、しばらく走ると半円状の屋根が付いた車庫が見えてきた。シャッターは開いている。
僕と荷物持ちをしていた運転主三人で車庫内に先に入り、回収した武器の積み込みとエンジンの点火を行う。スタン小銃と実弾小銃を持つ五人と、山城には引き続きシャッターの付近で護衛を任せる。
「おい! まだなのかよ!」
遠くのフラッドの首を狙いながら、一人の野球部員が声を張り上げた。彼が急かすのは運転を名乗り出た金髪の日向。日向はまず装甲車のエンジンを掛け、そして計器やレバーを確認する。
「ちょっと待ってくれよ! ってか俺は先輩だぞ?! 敬語を使え敬語をっ……」
「あーっ! とにかく急いでくださいよーっ!」
日向は彼に守られながら、上部に機銃が取り付けられた装甲車の運転席で作業に当たる。
「これがアクセルで……こっちがブレーキ……。計器も大体一緒……。あ? なんだこのレバー」
車外の死闘を他所に、呑気にハンドルやペダルやレバーをいじる日向。そんな先輩に後輩の一人が銃を不器用に撃ちまくりながら、涙を浮かべて叫んだ。
「まだですかぁ?!」
「よし、ほとんど普通車と同じだな。イケるぞ! 乗れ!」
日向が窓から顔を出し、後輩四人に合図した。
後輩たちは危険な距離にいるフラッドをスタンで麻痺させたり、弾丸で膝に穴をあけたりして時間を稼いでから全員が乗り込み、バタンと装甲車の後部ドアを閉める。すぐに日向はアクセルを踏み込んだ。
「よっしゃー! 逃げるぜぇー!」
フー! と叫びながら、日向は車両を発車させ、基地からの脱出に成功した。速度計が大きく振れ、ロケットのように装甲車は発進。日向が歯を見せて笑いながら、左右に激しく揺れる車をハンドルで何とか制御している。
「日向さん。運転は得意なんですか?」
装甲車に乗り込んだ一人が、窓からフラッドの動きに警戒しながら運転席の日向に尋ねた。
だが
「ムメンだぜ!」
「……は……」
なんの悪びれもなく、無邪気に免許証を持たない日向は笑う。
その告白に、フラッド以外の要因での死を後輩たちは覚悟した。
駐車場の少し離れた場所でも、山城や他の仲間たちの活躍によって車両の獲得に成功。
乗ってきた教師のバン二台を捨てることになったが、機銃付き装甲車三台と人員輸送用のトラック二台を手に入れることができた。差し引きはプラスだ。
僕の乗り込んだ装甲車は、先に車を発進させた日向の後を追って基地を後にする。僕は連絡用に持ってきたトランシーバーの電源を入れ、仲間たちに作戦終了を伝える。
「みんなありがとう。銃の獲得に加えて、こんな立派な軍用車両も手に入った! 大収穫だ! さぁ帰ろう!」
そう言い終えて、無線を切った。
すると
「「いえぇーーいっ!」」
と、トランシーバーなしでも、窓越しに別車両からの歓声がこちらまで聞こえてきた。
それが聞こえるとなぜかこっちまで嬉しくなってきて、僕は「ハハ」と笑いをこぼす。
大人が消えた世界。子供だけ残された街。跋扈する人喰いの化け物。そんな中にいても、僕らは逞しく生きている。
……僕たちなら、やっていけるかもしれない…
そう思った。
だが、そんなものはただの正常性バイアスに過ぎないのだと、僕はすぐ知ることになる。
◆
『大収穫だ! さぁ帰ろう!!』
奪取に成功した装甲車の中の一台。
日向が運転するその車の中にも、安芸の言葉は届いていた。
学園の生徒会長であり、《校外委員会》の委員長である彼にはっきりと作戦終了を告げられ、日向は喜びを爆発させる。
「いえぇーい! 帰れる! 死ぬかと思ったけど、帰れるぜ! やったな後輩たちよ!」
「…まぁ、日向さんは何もしてないですけどね」
「「たしかにー」」
「……俺、先輩だぜ? 分かってる?」
涙がチョチョギレる日向。
彼に後輩たちは「冗談ですよ」と適当に訂正を入れ、今はひとまず作戦終了を喜んだ。
「フラッドに食われる前に、日向さんの運転で死ななきゃいいっすけどね」
「なんだとー?!」
ハハハハと、車内に笑い声が響いた。
彼らにも余裕が生まれ初め、気分も楽になってくる。何より困難な任務を全うできた達成感と喜びが彼らを緊張や不安、恐怖から解放していた。
「ハハハ! しかしうまくいったなー」
「ほんとほんと」
「俺たち帰ったら英雄じゃね?」
「……告白、してみようかな……」
「まじ?」
「今ならイケんじゃね?」
…そう車内が盛り上がる中、一人の生徒だけが浮かない顔をしていた。
寒い冬の今に汗をかき、青い顔をした彼に気付き、同級生の仲間が声を掛ける。
「……? どうしたんだよ。嬉しくねーの?」
「?! え、なに? ごめん。何の……話だっけ……」
「しっかりしろよー」
「…………ごめん」
彼は座席の端に寄り、右腕を隠すように体を車の扉に預ける。
……その腕の通された袖は、血が滲み、じわりと、紅く染まっていた。
「大丈夫だ……ちょっと……ちょっと掠っただけ……掠った……だけ……だから……大丈夫……大丈夫……」
彼は誰にも聞こえない声でボソボソと呟き、右腕の〝傷口〟をぎゅっと押さえ付ける。
そして彼の脳に、機械的な女性の声が……Pデバイスに搭載された音声AIアシスタント・パロマの声が、壊れた機械のように繰り返され始めた。
『……プログラム・ノアの方舟 起動 します デバイスの電源を…… プログラム・ノアの方舟 起動 します プログラ ァ ノアズ ァ 起動 キド 起動 します デバイスの 電源 を を ヲヲヲヲヲヲ……』
どんなに耳を塞いでも、脳内で鳴り響くその声を遮ることはできない。
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