第25限 磯際で船を破る
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
大人だけが『フラッド』となった日本。
校内からフラッド化した教師たちを排除できた僕たち桐可学園は、新たな委員会《校外委員会》を組織した。
僕が委員長を務める同委員会は、フラッドと戦う武器を得るために初の『校外出動』を実施。
人喰いの化け物・フラッドが跋扈する市街を僕と仲間たちは進み、自衛隊の地方基地へ向かった。そこで危ない場面はあったが、何とか銃器の獲得に成功し、ついでに装甲車や輸送車も手に入った。
今はその帰りだ。
行きは二台のバンだけだったが帰りはそれを捨て、装甲車三台と輸送車二台に乗り換える結果となった。
車列の先頭を進むのは、日向の装甲車だ。
日向、異常はないか?」
トランシーバーで前を進む車両に周囲の様子を問う。すぐにザー、と雑音が入り、返事が届いた。
『おーう。フラッドも路上にはいねーし、大丈夫だー』
『ちょっと、日向さん! 無免なんだから集中してくださいよ!』
『あっ、おい返せ! まだ「オーバー」って言ってねえんだよ!』
『うわあぁ! 揺れる、揺れる! 前見てっ、前っ!』
トランシーバーの向こうは随分と賑やかで、どうやら問題はないようだった。
それに、もうすぐ校門も見えてくるはずだ。
「……よかった。何事もなく、帰ることができそうだ……」
僕は息を吐いて、目を瞑った。
帰り道も気を張っていたが、間もなく学園だ。
武器やマシンガン付きの装甲車まで手に入った。大成功だ。しかも犠牲者がいない。
そう戦果を振り返ると、何だか気が抜けて、眠くなってくる。
それからしばらくして、異変が訪れた。
「う、うわぁ!」
僕の隣りで運転をしていた同級生の仲間がそう叫んで、ブレーキをギュッと踏み付けた。
その反動で体が前のめりになり、シートベルトに腹を締め付けられ、はっと眠気が飛んだ。
顔を振り、僕も前を睨みつける。
もう数十メートル先には白い学園の校舎が見えているが、前を走っていた日向の装甲車が、こちらに側部を見せて、停止していた。
道を塞いでいる。
「何があった?!」
僕は目を伏せていたので、突然ブレーキが踏まれたこと以外分からない。
「と、突然、日向の車が横にスリップして……」
車に乗っているとは言え、フラッドに囲まれるとまずい。彼らは怪力なのだ。脳による力の制限が身体に掛かっていないため、フラッドは自壊することを恐れずに力を振るう。早く学園の敷地内に戻らなくては、フラッドをここに集めることで学園そのものを危険に晒す事態になるかもしれない。
僕は足元に転がったトランシーバーを取り、日向に状況を問う。
「おい、日向! どうした!? 事故か!?」
……ザー……ザザ……
応答はない。
「…全車両、周囲を警戒しろ!」
『『分かった』』『『了解』』
ひとまず周囲への警戒を全車両へ命令する。
しかし、なぜ突然、日向の車は滑るようにして停車したのか。
──日向……どうしたんだ……
もう一度、前に視線を向け、日向の車両をよく観察する。窓から少しその車内が窺えた。
……何やら、車内で〝取っ組み合い〟をしているようだった。
「な、何をして……」
少し距離もあるので詳しくは分からないが、金色の髪をツンツンに固めた日向らしき人影と、もう一人が、腕を掴み合っている。それに合わせて、装甲車が激しく揺れる。
そして、
ダァンッ!
と、銃声が響いた。音源は考えるまでもなく、日向の装甲車からだ。
「ほ、ホントに何が起こってるんだ?!」
運転手がそう慌てて、サイドブレーキのそばに置いていた小銃を握った。
さすがにこのまま座して待つわけにはいかないので、僕もコートの内側から拳銃を取り出し、安全装置を外してスライドを引く。
「……ちょっと見てくる」
「あ、安芸?! 車外に出て大丈夫か?!」
「周囲を警戒して、援護してくれると助かる」
「わ、分かった」
僕は車の窓やミラーを使って辺りを警戒してから、装甲車を降りた。するとそれを見てか、後続車両の一つから力自慢の大男・山城も出てきてくれる。
装甲車の運転手たちも、小銃を握り上部ハッチから顔を出して、僕らの周囲を警戒してくれる。学園は山の上にあるため、この辺りにフラッドがいることはないだろうが、さっきの銃声で基地のときのように奴らを集めてしまうかもしれない。
「何があったのだ」
「分からない……」
となりまで来た山城が日向の装甲車を睨む。
一体何が起きているのか分からず、不用意に近付くことができない。
いつだって体一つで難局を乗り越えてきた山城はそわそわとして、落ち着かない。山城は体の大きな漢だが、仲間思いな優しいやつだ。そんな彼が、友人が危機かもしれない状況を前にして我慢できるものではないだろう。
「アキ、このまま待っていては……」
「……そうだね、もう少し近づい……」
その時、バタンと日向の車両の扉が開き、二つの人影が飛び出してきた。
「こ……のぉ……!」
二人は取っ組み合っていて、日向は同じ制服を着た仲間の上に馬乗りになっている。
『ぐぅ……ぐ……ぶゔぅ』
日向は小銃を横向きに持って、銃身を下敷きにしている男子生徒の口に押し込んでいた。その日向に馬乗りを許し、口に銃身を挟まれる彼はもちろん《校外委員会》のメンバーだ。
「ひ、日向! どうした?!」
「アキ! こいつ……こいつ……」
慌てて駆け寄ると、日向が取り押さえる男子生徒は…
「フ、フラッド……?! な、なんで?!」
肌を灰色に変色させ、血管を浮き上がらせる…まるでフラッドのような姿になっていた。
彼は日向に銃身を噛まされ、押さえ付けられながら、必死にもがいている。空いた手で日向を殴りつけていた。
「こ、こいつ……突然、フラッドみてぇに……なって……。く、クソっ。力が強えぇ……」
日向は徐々に押し返されている。
「日向! 今いく……」
「来るなっ!」
駆け出そうとしたが、日向はそう叫んで僕を止めた。
「日向、何言って……」
日向は僕たちを制止し、そして、ふっとわざと腕から力を抜いた。地面に押さえつけられていたフラッド化した男子生徒の頭が上がる。
このままではまずい。銃身を口に噛ませているとは言え、隙を突かれると食われてしまう。
だが、日向は一瞬の間だけ、腕を休ませただけだった。腕に力を入れ直した日向は、フラッドの頭を地面に叩き付ける。
ズチャッ……と嫌な音がした。
コンクリートに頭を叩き付けられ、皮膚が裂けて頭蓋が少し割れたようだ。
『ゔゔるゔ……』
そして、フラッドが怯んだその瞬間に、日向は腰から拳銃を取り出して、さっきまで共にフラッドと戦っていた仲間の頭に弾丸を撃ち放った。
炸裂音は続く。
引き金を引いてもカチ……カチ……と無反応になるまで、日向は撃ち続けた。
ゼロ距離から弾丸を食らったフラッド化した男子生徒は、頭の原型がなくなるほどぐちゃぐちゃに潰れている。眼窟からこぼれた目玉。千切れた耳や鼻。そしていくつかの弾丸が首にも風穴を開けていて、人間としてはもちろん、フラッドとしても息絶えていた。辺りは血の海だ。
さっきまで、背中を預けたあった仲間同士が……なぜ……。
「ハー……、ハー……」
日向は肩で呼吸し、マガジンから弾のなくなった拳銃を手から落とした。
「何が……あったのだ……」
鋼の肉体と精神を持つ山城も、さすがに動揺したようだ。
僕はなんとなくだが、答えは分かっていた。
「……きっと、フラッドに受けた傷口を隠していた仲間がいたんだ」
フラッドは、噛み付くなどの攻撃で人間の体に特殊な電流を送り込む。その電流によって僕らの頚椎マイクロチップに眠るプログラム「ノアの方舟」が起動。プログラムが脳を破壊し、マイクロチップが脳を代替した人間を攻撃するだけのゾンビになる。
だが攻撃を受け電流を喰らっても、すぐにフラッド化するわけではなく、完全に理性を失うまでには時間がかかる。それは以前、教師に噛まれたあの男子生徒の様子から推測できた。
逆にその猶予が、傷を受けた者を苦しめる。
選択を迫られるのだ。
フラッドに噛まれた者は、そのままフラッドの仲間入りをするか、自殺するか、仲間に殺してもらうしかない。
どれも、特に後ろ二つの自死の選択には勇気が必要だ。ゆえに傷を仲間たちに隠す者もいただろう。
「へへ……アキ、すまねぇな……」
「ひゅう……が」
そして、日向はそんな勇気があるヤツなのだと、僕は知ることになる。
彼は首の傷を押さえながら、僕に笑いかけた。
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