第23限 自衛隊基地Ⅱ
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
陸上自衛隊基地。
僕たち《校外委員会》の面々は、見つけた基地内地図を頼りに、銃器保管室を目指していた。
「……あった、あそこだ」
なるべく声を抑え、ジェスチャーで目的の部屋があったことを後続に伝える。
先程、管理室で見つけたカードの束をポケットから取り出し、「銃器保管室」と文字の入れられたカードキーを探す。
周囲の警戒を仲間たちに任せ、僕は重厚な鉄扉の横に取り付けられたスキャナーにそれを通した。
スキャナーと一緒に数字の書かれたキーボードも取り付けられていて、パスワードも必要だったらどうしようと思っていたが、ピピ、と音を鳴らして、扉は素直に左右に開き始めてくれる。
「開いた。山城、悪いけど見張りを頼むよ」
「うむ。任せろ」
メンバーの中では一番屈強な山城に見張り役を託し、残りの全員を連れて銃器保管室に入った。
さすがに厳重に鍵の掛かっていたこの部屋にフラッドの姿はない。後ろは見張りの山城に任せ、僕らは今回の目的の作業を開始する。
「よし。じゃあ武器弾薬を……」
目的の仕事に取り掛かろうと、僕は入ってすぐの壁にある室内灯の電源に手を伸ばした。しかし、何度オンオフを繰り返しても、電気は点かなかった。複数あるスイッチの全てが押しても何の反応もしない。
「で、電力供給が止まったのか……?」
大人がこの世界から消えた仮定すれば、いつかは水道、電気などの供給は停止してしまうだろうとは思っていた。だが、供給の停止が早すぎる。さすがに電力を管理する仕事の者が半日ほど不在だったために街中の電力供給が止まるなんてことがあるはずはない。
……まさか、これもアルヒェの仕業か……?
この電力停止も、ベルンが言う「世界を洗い流す洪水」の一端なのかもしれない。
と、すると学園にももう電気は通っていないだろう。
「くそ。とにかく今は銃と弾だ。片っ端から集めてくれ」
「「おう」」「「はい」」
持ってきた懐中電灯で中を照らしながら説明すると、仲間の同級生と後輩たちは威勢よく返事を返してくれた。
何はともあれ、ここで銃器を手に入れられれば、金属バットを握るよりも大分、心強い。
保管室は意外と広かった。
長く伸びたロッカールームが、隣合っていくつもあるような感じで、黒い小銃が弾倉を抜かれた状態で立て掛けられている。その隣には日本でも導入が始まった小銃型の電気スタン銃がある。この二丁に加えて、拳銃一丁が一人の隊員に与えられた銃器のようだ。まとめてロッカーに入っている。
これらのうち、電極を打ち出し対象を無力化する銃は役に立つかもしれない。たしか軍用の「スタンライフル」は電流が非常に強く、電圧の調整もできたはずだ。さらにこの最新式のものは、従来とはちがい電流を対象へ流す電極と銃本体がワイヤで接続されておらず、連射も可能だ。スタンライフルは言わば、「電極を打ち出す小銃」「強力な電流による制圧ができる小銃」で、その電極も五百円硬貨大はあり、反動もなく、僕ら初心者にも当てやすい銃だろう。
試しに近未来的なデザインのされたそのスタン小銃を一つ手に取ってみる。だが僕のような非力な文学少年が持つ分にはやはり少し重量があった。
……僕にはちょっと重いな……
それに電気スタン弾……弾が入っていない。ロッカーの中に親指ほどの大きさの電気スタン弾らしきものが入った箱はあるが、もちろん弾の込め方なんて知らない。
まずどこから装填するのかと、手に取った電気スタン小銃を眺めてみる。ごつごつした、銃口に近付くにつれ細くなるデザインの銃。ひっくり返して弾倉を挿入する場所があるかを確認してみるが、見当たらない。
「……これか?」
ベタベタ触っていると、銃身の左側に四角く溝が入っているのを見つけた。銃を胸に抱えてそこを観察してみると、どうやらそこが二センチほどの幅で細長く開く仕組みのようだ。
となりにあった三角形のボタンを強く押すと、パカッとそこが開いた。一介の学生に過ぎない僕が見ても理解不能な複雑な内部機構が見える。そして開いたカバーの部分に、七つのケースのようなものがくっ付いていた。もしかして、と思い、ロッカーの中から電気スタン弾を一つ摘み、直感を頼りにそれをカバーのケースにスライドして入れてみると、抵抗なくセットされ、カチッと音がして固定される。ビンゴだったようだ。
するとヴン、と何かが起動したような音と振動が銃から感じられ、セットされた電気スタン弾が青白く光を帯びた。
「おお」
僕だって男の子なので、こういうのは堪らない。
まるでクリスマスプレゼントを眺める子供のように銃を眺めてから、ホチキスのような弾倉カバーを閉じ、今度は引金のそばにある「POWER」と書かれたスイッチを押す。すると次は銃本体に青く光るラインが現れた。かっこいい。
我慢できなくて、映画の見様見真似で銃を構えてみる。右手でグリップを握り、左手で銃身を支え、照準を覗く。次に照準と照星を合わせ、壁に貼られていたポスターを狙う。
「……本当に当たるもんなのかな」
しかし、当たる当たらないよりも重大な問題があった。僕の腕がぷるぷると震え出したのだ。
「や、やっぱ重いな」
これを担いで走り回り、臨機応変に構えて対象に狙いを定め、撃つ……そんなこと、腕に筋肉が一つも付いてないような僕にできるはずはない。
僕には小銃は扱えない。
それに気付いて少しはぶてていると、同じロッカーの中にあった拳銃と目があった。持ってみると、もちろん小銃よりは軽い。灰色と黒をしたそれは、僕が片手で持ってみても問題はなく、取り回しがよさそうだった。
「分相応かな」
拳銃に銃弾の込められた弾倉をはめ、僕はそれをコートの内側へ仕舞う。
一方、銃器弾丸の回収をしていた野球部から引き抜かれた仲間たちは、「重いな」と言いながらもヒョイヒョイと小銃を持ち上げて、持ってきた袋に投げ込んでいく。
僕はさっきのスタン小銃に全弾七発を込め、それを持って入り口へ向かい、
「山城」
「む?」
目を細めた厳しい形相の山城に、両手で持ったそれを投げてパスする。
それを難なく左手で受け取った山城。彼は銃身を握り、ぶんぶんと振り回した。
「良さそうだ」
「……そ、そうか」
使い方がちがうよ、とはツッコまずに、苦笑いを返してから作業に戻る。
「おい、こっちにも弾薬があるぞ。袋たのむ」
「こっちには違う種類の武器があるぞ」
「なんだ、これ……ってグレネードだ?!」
武器は大量にあった。
小銃に短機関銃、電気スタン小銃、それに手榴弾に、迫撃砲などなど……。
それらを、山城が見張りをし、フラッドがこちらにやって来る前に、持ってきた袋や箱に詰め込んでいく。
ただ武器は使い方がさっぱり分からないので、帰って研究が必要だ。
そして五分も経たずに武器のロッカー室は漁り尽くされた。
「よし。回収は終わった?」
袋の口を閉めながらそう言って、顔を上げると、もうすでに全員がこちらに笑顔を向けて小銃を握っていた。
「準備万端っすよ!」
日本人にはあまり馴染みのない銃。
人喰いの化け物と戦うのに、銃は金属バットなどよりも遥かに安心感を与えてくれた。
「……? 会長はいいんですか?」
変身ベルトを買ってもらった子供のように、……物騒だが……小銃を嬉しそうに構える後輩に、そう尋ねられる。
僕だけは小銃を袋にしまっているのだ。
「あぁ、重くて使えそうにないんだ。代わりに……」
そう言って僕は、コートの内側から一丁、拳銃を取り出した。
「これでいく」
黒と灰色でできた拳銃。見た目よりも軽く、僕にはこちらの方が合っていた。
銃には詳しくはないが、おそらくセミオート……撃鉄を起こしたりせずに、引き金を引いた数だけ連続で弾が出るものだ。
「漁り終わったなら次に行こう。まず前衛は電気スタン小銃を、後衛が普通の小銃を持ってくれ」
電気スタン小銃は、その性質上、対象の命は奪えない。精密機器である頚椎マイクロチップが脳であり心臓であるフラッドにどれほど有効かは分からないが、トドメを刺せないとしたら、実弾で殺す必要がある。
まず電気スタン小銃の強力な電流でフラッドの動きを封じ、狙いやすくなったところを、小銃でトドメを刺す。これが理想だ。
簡単にそれらを説明し、みんなと戦い方の意識共有、統一をし、僕らは銃器保管室から出た。
ここに来るまでに比べたら、今の僕らは大分、心持ちがちがっている。武器が金属バットなどではなく、銃器であるからだ。
僕は拳銃を構えて、中衛を務めている。前衛に電気スタン小銃を構えた委員を配置し、後衛に実弾の小銃を構えた委員を置き、僕らはゆっくりと基地内の来た道を戻る。
次の目標は、「車両」だ。
車のキーはあるので、あとは乗って帰るだけだが、軍隊の車両を運転したことがある者がいるはずはなく、車両の扱いが「意外と簡単だね」と言えるほどの難易度であることを願う。
ここまでは順調だ。
廊下は長く真っ直ぐな造りなので、遠くまでよく見え、危険予測はやりやすい。
ただ怖いのは…
ガンッガンッガンガン!
「ひいっ」
突然そばにあった扉が内側から激しく叩かれ、近くにいた後輩が悲鳴を上げた。
扉の上の辺りに取り付けられた小窓には、『ゔゔぅ…』と犬のように唸るフラッドの顔が張り付いている。全体的に灰色の肌をしていて、目の焦点が合わず、涎を垂らしながら歯を剥き出しにする化け物の顔面。
音とその形相に驚き、情けない声を出した生徒は銃口を扉へ向けたが、理性がぎりぎり働き、取り乱すことはなかった。
「落ち着いて。この鉄のドアはさすがにこじ開けられないさ」
「そ、そうですね……」
正直言うと、心臓が口から出るかと思うほど驚いたのは僕だが、今はそれは内緒にしておき、仲間をフォローしておく。
僕たち子供……人間を化け物に変えるコンピュータウイルスの非感染者を視界に捉えた扉の向こうのフラッドは、必死に目の前の障害物を壊そうと、それを殴りつけ続ける。
「いこう」
わざわざ扉を開けて殺す必要もない。
……とにかく今は……
「ん? あれは……! 食糧庫だ! 会長! こっちに食糧庫がありますよ!」
神経を尖らせていると、仲間の一人・佐渡が気付かない内に陣形から離れていた。
「…! だめだ、離れるな!」
戻るように忠告したが、彼はそれを聞かなかった。密集警戒陣形から離れた佐渡は、食糧庫に付いた小窓から室内を覗き、「よし、いないな」と呟くとその部屋のドアを開け始める。
頼りない金属バットとはちがう、銃の与えてくれる安心感が彼の警戒を緩めてしまった。僕は何か嫌な予感がして、咄嗟に走り出す。この小さな一つの綻びが、いつかヒビになり、やがて全体を割ってしまう気がしたのだ。
「食糧は多いに越したことはないから……な……」
半ばまでスムーズに開いていたドアが、何かにぶつかって急に動かなくなる。
佐渡の覗いた小窓からは見えない、床に近い位置に何かがあったのだ。佐渡は開かない扉の原因を探して、ゆっくりと視線を下げる。
「う……うわあぁあっ?!」
そして一気に顔面蒼白になった彼は悲鳴を上げて、驚きのあまり腰を抜かし、尻もちをついた。
「くそっ。行くぞ山城!」
「うむ!」
そこにいたのは、フラッドだった。
床に這いつくばるフラッドは、驚きで尻もちをついてしまった佐渡の足首を掴まえ、ニヤリと涎を垂らしながら笑う。どうやらこのフラッドは足が潰れているようで、機能する両腕だけを頼りに獲物を引き寄せ、食らおうとしていた。
「は、離せっ! 離せぇ!」
佐渡は気が動転し、必死に体を捻じり、足をフラッドから引き剥がそうとする。
だが、ずるずると彼はフラッドの方へ吸い込まれていく。佐渡の足を靴ごと齧ろうと、フラッドが大きく口を開いた。
「くそおぉぉぉっ!」
佐渡は唾を散らしながら叫び、床に突いて踏ん張っていた両手を解放し、ライフルの銃口をフラッドの額に合わせた。
「死ね! 化け物め!」
照準をフラッドの頭部に合わせ、そして引き金を引く。
……しかし、
カチッ……と、虚しい音がしただけだった。
「……へ?」
引き金は固く、弾は出なかった。
「な、なんで! なんでなんでなんでぇ!」
フラッドに引きずり込まれまいと、踏ん張っていた両手を離して銃撃に転じた佐渡。彼はその後も引き金を倒し続けたが、銃弾が飛ぶことはなかった。
……くそ!
あのフラッドにしっかり狙いを定めている暇はなさそうだ。彼の方へ駆けながら、僕は拳銃の安全装置を外す。
「伏せろ!」
佐渡にそう叫び、頭を下げさせる。
佐渡の足にフラッドの口が到達する寸前、僕は拳銃をフラッドに向けて連射する。
右手に上へ向かう反動が掛かるが、左手も添えて、とにかく撃ちまくった。
弾は幸いにして佐渡に当たることはなく、数発逸れながらもフラッドの顔面や肩に着弾する。
『ゔゔるわ゛あ゛ぁ!』
頬の肉をごっそりと奪われ、千切れた耳をぶらさげるフラッドは不気味な叫び声を上げ、怯み、佐渡から手を離した。
「山城! 彼を頼む!」
「ああ!」
隙を突いて逃げ出した佐渡の保護は山城に任せる。
僕はマガジンから弾がなくなるまでヤツに弾を撃った。弾を撃ち切り、リロードのタイミングで後ろに下がると、他の仲間たちが小銃を構えながら僕の前に出てくれる。
『ぐ……ゔゔ……』
フラッドはまだ生きていた。
だが両目も潰れているようで、指のいくつか無くなった手で辺りを探っている。
「……きみ……」
「は、はい」
前に出てくれた山城の後輩である短髪の二年生に声を掛ける。彼は赤黒い肉の断面を見せるグロテスクなそのフラッドを見下ろして固まっていたが、僕に呼ばれて驚いたように返事をした。
「……君に、このフラッドの始末を任せてもいいかな」
「……し、始末って……つまり、その、こ、殺せ……と……?」
「ああ、そうだ」
彼は僕の顔と、握った黒い小銃、そして昨日まで日本を守るという崇高な職に就いていた化け物の顔を順に見比べた。きっと彼の人生の中で、他人に生き物を「殺せ」と命令されたことはないだろう。
だが《校外委員会》を創設した僕の目的は、その武力によって学園を襲う人喰いの化け物を撃退することだ。この後輩たちも、「フラッドを殺す」という経験を早めにしておいてほしい。いざという時、混戦の中で、人の姿をした化け物を撃つのを躊躇うことがないように。
震える手で銃のグリップを握り、手元を見つめる彼が、しばらくして答えた。
「はい。やります」
「……悪いね、頼むよ」
後輩にフラッドのトドメを任せ、僕は佐渡を抱える山城の方へ向かう。
「佐渡くん、大丈夫か?」
鼻水や涙や汗でぐちゃぐちゃになった佐渡のそばで片膝を突き、彼の心の様子を確かめる。
彼はゆっくりと僕の顔に目を向けると、また俯き、悔しそうに握り拳を作った。
「……すみません。会長……ごめんなさい……。ご迷惑を……」
「本当にね。次から気を付けてくれるね?」
「はい……」
床に転がっていた彼の銃を拾い上げ、それを彼へ突き出す。
「もう戦えないか?」
「…………いえ、やります」
間近に迫る死を体感し、勇気と戦意を失ってしまうのではないかと心配したが、どうやら大丈夫なようだ。
佐渡は埃っぽい制服の袖で濡れる目元を乱暴に拭い、ずずっと鼻を一度啜ると、「ありがとうございます、もう大丈夫ですから」と言って、僕の差し出した小銃を受け取った。まだ一緒に戦ってくれるらしい。
「そうか。なら安全装置は外しておけよ」
「え?」
佐渡の銃は安全装置が掛かっていたために、発砲出来なかったのだ。
彼の小銃の引き金のそばにあるツマミを捻り、セーフティを解除してやる。
……ダンッ!
後ろから銃声がして、振り返る。
さっきの後輩が、佐渡を襲っていたうつ伏せのフラッドに、小銃でトドメを刺したようだ。人間を襲う人喰いの化け物とは言え、フラッドは僕らと同じ人間の形をしている。それを殺すというのは、やはり心を痛めるものだ。
うなじを一発の弾丸で穿たれた兵士のフラッドは数秒の痙攣ののち、脳の代替機関であるマイクロチップを破壊されたためにその活動を永遠に停止した。
この騒ぎがなければ、兵士の死体のある食糧庫から物資を頂戴してもよかったが……
僕は立ち上がり、仲間たちにもう一度指示を出す。
「この銃声で他のフラッドもやって来るかもしれない。車両だけ拝借して、すぐに学園へ帰ろう」
だが僕の言葉にさっきまでのような威勢の良い返事は返ってこなかった。みんなどこか消沈した面持ちで、互いを見やり、小銃を持ち直したり、銃や弾丸の入った袋を担いだりする。
死を間近に体験した者と、化け物とは言え人の姿をした生き物を殺した者。
たった二人の仲間が精神的な被害に遭っただけだが、仲間たちは既に満身創痍だった。
つい昨日までは、普通の高校生だったのだ。無理もない。
──この地獄は、いつまで続くんだ
僕らは似合わない銃を握り締め、出口へ急いだ。
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