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【受賞】ノアの学園~国父とよばれた高校生~  作者: 大塚 可修
第1章 ノアの大洪水
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第21限 街ゆく屍

大人だけが消えた世界……

……そしてやがて、学園は国家となる

 僕が育った街・桐可市。都市と呼べるほどには大きくはなく、田舎や町という表現も合わない、暮らすのに丁度いい街だった。

 街は四方を円形に山で囲われており、中央で交差するように東西と南北に大通りが伸びる。


 僕ら《校外委員会》は街の偵察のために学園のある南の山を下り、西に向かっていた。


「ひどいな……」


 僕は助手席から街を見やったが、見慣れたはずの桐可市はその姿を無残に変えていた。

 走っていた車のほとんどが事故を起こすか巻き込まれるかして炎上し、ビルや家屋の一階部分はその事故の衝撃で破壊されている。それにより引き起こされた爆発と火災で建物の表面は焦げていた。現代の車は運転手のPデバイスと接続されており、それによって自動運転機能を補完、完全化していたため、運転手のPデバイスにプログラム『ノアの方舟(ノアズアーク)』がインストールされたときに、車両も制御を失い暴走したのだろう。


 極めつけは、街を我が物顔で跋扈(ばっこ)するゾンビのような姿と動きの化け物『フラッド』だ。


 アルヒェ社が生み出した超情報端末Pデバイスの装着率が100%に達していたため、『ノアの方舟(ノアズアーク)』プログラムを頚椎(けいつい)マイクロチップへインストールせずに助かった大人はいないようだ。


「……本当に、大人たちは……」


 僕が呟くと、日向が後部座席からこちらへ顔を出した。


「昨日のじいさんが言ってたアレ……まじなんだな」

「……残念ながら、ね」


 日向の言うじいさんっていうのは恐らくアルヒェの創始者である老人ベルンのことだろう。彼が開発し、彼の会社が販売していた頸椎に埋め込むマイクロチップへ送り込まれたコンピュータウイルスが、この惨劇の原因なのだ。


 誰かの親だったり、兄弟姉妹だったり、子供だったはずの大人たちはみんな、灰色の肌をして、目をぎょろぎょろと動かし、不器用に歩きながら、僕ら子供を探して殺そうと街を彷徨っている。


 微かな希望が街にはあった。

 本当は、化け物になった大人は学園の先生たち一部だけで、街では警察や自衛隊が市民の保護をしてくれているのではないか……と。


 だがそれは間違っていた。アルヒェの創始者ベルンは、本当に人類を憎み、人類を滅ぼす《ノアの方舟》計画を画策し、そして実行した。


 きっと日本中、世界中の大人たちが、頚椎マイクロチップにコンピュータウイルスを流し込まれたせいで脳を破壊され、体の支配権をマイクロチップに奪われている。結果、理性は死に、人間を攻撃する命令を遂行する化け物・フラッドが誕生した。


「大人が消えた……世界」


 これからどうなるのだろうか。大人が消え、国が死に、警察も自衛隊もなく、モノを作る人もいない。しかも学園の外には人喰いの化け物ときた。二十歳にもならない学生の僕らが生きていくには少し過酷すぎる世界だ。


 そして街中に目立ったのは、赤ん坊の死骸だ。埋め込み手術を受けるのは基本的に三歳以上。


 母親か父親か、どちらかと街中を歩いている途中でアルヒェから『ノアの方舟』プログラムがその赤ん坊の親にインストールされ、化け物となった彼らが自分の子を喰い殺したのだろう。チップの埋め込みがまだの赤ん坊たちは、コンピュータウィルス感染によって再び立ち上がることはなかったのだ。


 あの赤ん坊たちは、また一緒に母達と歩きたかったか、それとも死ねて幸せだったのか……。


「……安芸、どうする……?」


 となりの運転手が車を走らせながら聞いてくる。街に大人がいるのなら、自衛隊の基地に行って、銃で武装する必要はなかった。しかし、日本から大人は消えていた……そう考える方が慎重で賢いだろう。僕ら非力な子供は、突如出現したフラッドという化け物から身を守るための武器が必要だ。


「……予定通り、基地へ頼む」

「……分かった」


 車との衝突やフラッドの多い場所は避けながら、二台のバンは街を西進し、郊外にある自衛隊の基地を目指す。


「あとどのくらいだ?」

「えーと……」


 僕に聞かれ、後ろに座っていた日向が地図帳を睨む。

 Pデバイスと自動運転の普及によって、地図アプリを見たり自分で運転することがなくなったので、みんなアナログな地図の見方にはみんな慣れていない。そもそも紙の地図自体が発行されなくなってきているので、日向が持っているのも図書室から持ってきた2025年に発行された社会科の地図帳だ。


「たしか基地って発電所の近くだったよな」

「うん」

「じゃあぁぁ……。あ? んだよこれ! どうやって見んだよ!?」

「紙に怒るなよ……」


 日向は必死に複雑な地図を指でなぞる。昨日の朝まで、Pデバイスで表示させた地図をなぞるだけで車は自動で動いたのだが。


「あーここが桐可西の駅前だから……。もうすぐ見えると思うぜ」


 日向の言う通り、すぐに塀とアンテナ群、ゲートが見えてきた。

 だがゲートは細いバーが下りて閉まっている。


「……っ! 安芸、化け物だ! ゲートのそば!」

「なに?!」


 運転手に言われて僕は前を覗きこむ。

 深緑色の自衛隊の制服を着た男の『フラッド』が、ゲートの前でぼーと青空を眺めている。


「どうする?!」

「……突っ込もう……」

「えっ?!」

「化け物に突っ込んでゲートも突破する!」


 今いちいち車から降りて、あの一体と戦うのは時間が勿体ない。あのフラッドに高速で突っ込んで、フラッドを殺し、ゲートバーも突破する。


「ど、どうなってもしらねぇぞ! お前らしっかり掴まれよ!」


 運転手はそう言って、アクセルを深く踏み込む。エンジン音が大きくなり、車は加速した。


「いけぇぇぇ!」


 日向が叫ぶが、


「うるせぇ! 舌噛むから黙ってろ!」


 と運転手が怒鳴り返す。


 ゲートとの距離がぐんぐん近くなる。

 空を見上げていた化け物が、高速で近付いてくる車両に気付くが、彼らのノロノロとした歩みでは逃げ切れるはずはなく……


 ……ガッシャァァァッ!!……と、耳が壊れるかと思うほどの音がした。


 まず兵士のフラッドに車両の先端がぶつかり、彼を挟んでゲートに衝突、盛大な音がした。時速百キロ以上の速度でぶつかられて、化け物は潰されるように轢かれ、基地のゲートのバーは根元からへし折る。


 しかし首のマイクロチップさえ無事ならばいつまでも生きているフラッド。

 自衛隊員の彼も例外ではなく、衝撃で皮膚が裂けて肉を見せ、腕、背骨、腰、あばら、あらゆる箇所が折れて皮から突き抜けてもまだ生きている。だが痛みは感じずとも、骨が折れてしまっては立ち上がれない。痛みを感じないのが仇となり、立ち上がろうと足を地面へつくと、骨の折れて尖った部分が皮膚を貫通し外界へ姿を現す。無論バランスが取れないので立ち上がれることは不可能だ。


 ◆


「!? おいどけどけどけどけぇー!」


 無防備に(うずくま)るしか出来ないフラッドに、侵入可能なゲートが一箇所しかないので避けるわけにもいかない後続のバンが彼に再び突っ込んだ。

 今度は首の位置も低かったので、二度目の交通事故にしてようやく化け物は息絶える。


 ◆


 ゲートを突破し、陸上自衛隊基地の敷地内に侵入した僕は、車両の速度を保たせたまま辺りを見渡す。駐車場付近に人影はない。


「アレとアレを戴こう」


 指さしたのは、車庫に停る陸軍の高機動車と軽装甲機動車だ。


 高機動車は後ろがトラックのようになっているもので荷物の運搬や人員輸送に使える。

 軽装甲機動車は車体上面ハッチを開けることで、機関銃を取り付け全周囲を射撃できる。こういった固定式の機関銃は数の暴力をぶつけてくるフラッドからの拠点防衛には有効だ。


「停めよう。みんな準備してくれ!」


 車内に緊張が走る。

 人間の腕を握り潰すような化け物と、これから金属バットで戦わないといけないのだ。こんな頼りない武器を手放すためにも、僕らはこの頼りない武器で基地に入り、銃器などの強力な武器が必要だ。


 そして今回の作戦が成功すれば、僕の「みんなを守る」という言葉は現実味と実行性を持つだろう。人間を喰い殺す化け物が支配するようになったこの世界で、僕らが生き抜くには強力な戦闘力が必要なんだ。


「これは自分を……いや、自分を含むみんなを守るための戦いだ! 僕たちは何かのために命を賭けている! これは……偉大なことだと、僕は思う」


 僕に彼らに対し支払えるものは今ない。

 日本の兵士たちに国がするように賃金を支払ったりは出来ない。

 だが、兵士というものは、いつの時代も金ばかりが欲しくて従事するのではないだろう。それは愛国心であったり、忠誠であったり、敵から家族を守るためであったり、もしくは敵を殺したいという欲求かもしれない。


「僕たちは学園を守る英雄になる!」


 トランシーバーを使って後ろの車両にも激励を伝える。


「戦い、そして守るんだ!」


 その言葉に、全員がバットを握り直した。


「いくぞ!」

「「「おおっ!」」」


 まず扉を開き駆け出したのは、生徒会長兼《校外委員会》委員長の僕だ。

 それに校外委員の面々は続く。


「決して分散しちゃいけない! 全員で一つずつ仕事をこなす! まず管理室で鍵を! 次に銃と弾丸! 最後に車両だ!」


 ついに、《校外委員会》の初陣が始まった。



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時間を定めず投稿しているので、本作を少しでも気に入って頂けた方は[ブックマーク]をお願いいたします! 読んでくれてありがとうございます!

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