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【受賞】ノアの学園~国父とよばれた高校生~  作者: 大塚 可修
第1章 ノアの大洪水
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第20限 発足《校外委員会》

20話まで来てくれてありがとうございます。

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 身体が半透明になり、ふわふわと浮かんで、僕は部屋を眺めている。昔、僕が小さいころ両親と暮らしていた家だ。リビングの暖炉には火が焚かれていて、その前に家族で並んでは一緒に本を読んだりしていた。機械による空調にはない火に当たる肌の感覚や、人の温もりというものが感じられるお気に入りの場所だった。


 だが、これは夢だ。


 僕がふわふわ浮いているのもそうだが、何よりこの家にはもう住んでいないし、両親は死んでしまっているのだから。


 視線を斜め下に落とせば、小さい頃の僕がいた。小学校に入学したばかりのころだ。

 その小さな僕は、薄い毛布にくるまれて、クローゼットの前に立たされていた。僕の前には父と母がしゃがみ込んでいて、震える唇を必死に上げて笑っている。


「いい? 少しこの中に隠れているのよ」


 母は小さいころの僕の肩を優しく撫でて、クローゼットのドアを開けると、その中に僕を押し込んだ。すると今度は父が黒縁の眼鏡を外し、「よく見せて」と言って僕の頭に触れた。悲しそうな笑顔を僕に向けて、父は僕の何も分かっていない瞳を見つめる。そしてこう続ける。


「いいかい、お父さんとお母さんはこれから少し遠いところへ行ってしまうけど、お前なら大丈夫だから」

「そうよ。あなたは特別なの」

「ああ……特別……特別だ」


 母に頭を撫でられ、父に頬を撫でられる。なぜこんなに両親が悲しそうなのか、当時の僕には分からない。

 僕はただ褒められていると思って、「うん」と頷いて笑った。

 それを見た母が涙を流し、僕をバッと抱きしめる。


「あなたは特別……。きっと将来、自分のことをそう思えなくても、いつかは誰かがあなたを認めてくれるわ。特別を探しなさい……。あなたがなれる特別を」


 そして母は名残惜しそうに僕から体を離した。母は涙を必死に堪えながら、僅かに溢れたそれを指先で拭い、僕をクローゼットに押し込んだ。


「あなたは、特別なのよ……」


 優しく強かった両親の記憶は、これで最後だ。

 次に見た両親の姿は、血まみれの死体だった。


 ◆


「……ん」


 不意に目が覚めた。微睡(まどろ)みも何もなく、意識が唐突に覚醒する。

 目覚めたのは僕の自室……ではなく、学園の生徒会室だった。体を沈めていたソファから背を離し、被っていた毛布をどかす。


「昨日のは……現実、か……」


 大人がゾンビのような化け物になり、生徒を襲う…それが夢だったらよかったが、どうやら現実のようだ。


 眠るためにカッターシャツだけになっていたので、上にソファに掛けていたブレザーを羽織り、立ち上がり、体を伸ばす。ソファというのは意外と眠るには適していないようで、痛めた背中が小さくパキパキと音をたてた。


「……さて」


 時計を見やれば、朝六時前を指している。

 今日は、昨日僕が提案した《校外委員会》による学園敷地外の偵察を行う予定だ。もし市街に普通に大人がいれば、万事解決。だがそうでなく、ベルンの言うように本当に大人が消えていたら…。


「……運命の日……かもな」


 僕は頬を叩いて、生徒会室を出た。


 ◆


 アルヒェが世界中に電子テロを起こした「洪水の日」から一夜明け、桐可学園の僕らは駐車場で車への荷物の積み込みを行っていた。


 冬の今、早朝と言えどもまだ暗い。


「さみぃぃ」


 髪を金色に染めた日向が腕を摩りながら言った。昨日は学校に泊まったのに、いつの間にかヘアセットを終えて、いつものツンツン頭になっている。


「いいからおぬしも手伝え」

「うぃぃ」


 筋骨隆々な山城は持っていたダンボールのうち一つを日向に預け、無理やり手伝わせた。


「……俺さ、生きて帰れたら彼女にプロポーズするんだ」

「……おぬし、余程死にたいようだな」


 今日は、この駐車場に集まっているメンバーで学園の外に出る。

 街中にあの人喰いの化け物『フラッド』がいると予想されるが、僕の「市街偵察をし、その後武器を集める」という提案に、生徒会及び各委員会の役員たちが同意し、山城の集めてくれた男子生徒たちが校外へ赴くことになった。


 市街の様子を偵察するというのもがあるが、最たる目的は武器の収集であり、よって自衛隊が駐留していた近くの基地を目指す。


 彼らには《校外委員会》の名を与え、今後も活躍してもらうことになるだろう。


「よし、これで最後だね」


 僕はバタンと車の扉を閉めた。

 学園の教師の誰かのバンを二台、今回は拝借する。勝手に車を借りて悪いとは思うが、残念ながら許可を得ることもできない。先生たちは今はみんな死体となっていて、裏庭に並べられて、ビニールシートを被っているからだ。

 もし今回の校外への出動で、葬儀屋がまだ開いていたら、帰りに頼んでもいいだろう。……こんな冗談は言うものではないな。


 バンのボンネットに置いていた灰色のコートを黒いブレザーの上から着込み、僕はみんなが揃うの待つ。

 野球部の部室から人数分の金属バットを抱えて持って来てくれたころ、《校外委員会》のメンバー十名が揃った。


 発足した《校外委員会》の主なメンバーは、山城の声掛けにより野球部から集まった。現在の《校外委員会》の主武器である金属バットの扱いに長けているし、山城の指示ならみんな安心できるだろう。


 こんな危険な任務に十名も集まったのは、山城の人望のおかげだ。ただの生徒会長風情の声掛けでは、死ぬかもしれない外出に付き合ってくれる者はいない。

 山城の野球部主将、エースだった頃の人柄がよく分かる。


「整列しろ!」

「「はい!」」


 山城が胸を張ってそう号令を叫ぶと、野球部員たちは威勢よく返事をして、部活のときのように二列横隊を作った。「休め!」と続けて号令されると、肩幅ほどに足を開いて、《校外委員会》の委員たちとなった彼らはこちらを真っ直ぐに見つめる。やはり訓練された団体行動というのは圧巻だ。学校がいつまでも生徒を行進させる理由がよく分かる。


 山城は部員たちを見渡し、問題なしと見ると、振り返り、僕に号令のポジションを譲ってきた。

 突然、整列した委員たちの正面に立たされ狼狽えていると、彼は僕に言った。


「……委員長は安芸。あぬしだろう?」

「……そうだったね。山城の主将ぶりを見たら忘れちゃうよ」

「いやアキ……お主は誰よりもリーダーさ」

「……?」


 山城と肩を叩きあって、僕は一歩前へ出る。

 甲子園にも出場した我が学園の誇る野球部員たちが整列し、自信に溢れた顔つきを並べているのは中々に壮観だ。

 昨日の先生たちのような理性のない化け物・フラッドが跋扈(ばっこ)していると予想される校外へ出る……そんな任務についてきてくれる彼らは、正しく英雄だろう。僕は彼らのまとめ役、リーダーとして、それらしく振る舞わねばならない。


 まずは集まってくれたみんなに挨拶をする。


「みんな、今日はありがとう。危険な任務なのに……よくこんなに集まってくれた。君たちは、学園創設以来、最大の英雄だと僕は思う。いや、きっとこれから英雄になるのだと信じている」


 野球部員たちは僕に「英雄」と言われて、互いの目を見やって恥ずかしそうに笑った。


「今回の校外への出動は、街の偵察だ。気付いたこと、危ないと思ったことがあったら知らせてほしい」


 丘上にある学園から見下ろせば、市街は火災が広がっていた。電子テロによって大人を化け物にしたとベルンは言っていて、それを信じるならば街が燃えているのも理解できる。

 まずは街に行き、本当に、世界中の大人が消えてしまったのか、確認しなければいけない。


「次に、自衛隊の基地へ行く。ここでは武器を集める予定だ。……もし大人全てが化け物になっていた場合、身を守るためには武器が必要になる。それを手に入れるんだ」


 大人が姿を変えた化け物・フラッド。奴らは強い。怪力で人間の腕を握り潰したり、骨を砕いたりできるし、何より痛みを感じず、頚椎のマイクロチップを破壊されない限り活動を続けることが厄介だ。そんな化け物がまるでゾンビ映画の濁流のように押し寄せて来る。昨日は先生の数が少ないことや、地理的優位があって何とかなったが、今後、世界を生き抜くにはもっと強力な武器が必要になるだろう。


 学園を学園として一つにし、統一し、統治し、守護していくには、フラッドから自衛できるような組織と、銃器で武装するしかない。


「…僕ら《校外委員会》が、学園を最前線で守る組織になることを期待している」


 《校外委員会》の未来の理想像は、校外に出て食糧や資源、物資を調達する軍隊だ。銃で武装し、フラッドと戦い、必要なものを危険な校外から持ち帰る、そんな委員会に育てたい。


 まぁ一番いいのは、街の大人が無事なことだが……さて、どうだろうか。


「……以上だ。一緒に頑張ろう」


 僕が短い挨拶を終え、一歩下がる。

 すると山城がまた一歩前へ出て、腕を大仰に振り上げて号令を掛けた。


「聞こえたか! これは遊びではない! 死ぬかもしれない任務だ! 甲子園決勝のつもりで行くのだ! 全員乗車ぁ!」

「「おーうっ!」」


 山城の叫びに叫びで返した野球部員たち……いや、校外委員たちはバンへ走り出した。乗り込む前に山城が持ってきたダンボールから一人ひとつ金属バットを引き抜き、日向から水の入ったペットボトルを受け取る。

 五人ずつ一台に乗り込み、僕と日向は先頭車両、山城は後続車両に乗り込んだ。


 全員が二台のバンへ乗り込み、運転手はエンジンを掛けると電気自動車は静かに音を上げる。

 今の時代、家庭用車両もほとんど電気自動車だ。

 それと何とか免許を持つ生徒を集められて幸いだった。怖いのは、多くの人がPデバイスと車を連動させた自動運転を利用していたため、普通にハンドルを握った運転に不慣れなこと。今はインターネット接続が必要な機能が全て使用不可の状態なため、衛星通信やGPS機能の使えない今は自動運転は不可能なのだ。


 バンはゆっくりと走りだし、駐車場から離れ、校門へ向かっていく。


「開けてくれ!」


 僕は助手席の窓から身を乗り出し、校門の横に立っていた男子生徒に声をかけた。見張りをしていた風紀委員の彼はもう一度、周辺の安全を確認し、校門を開ける。

 手入れの行き届いた門は、ほとんど音をたてずにスムーズに開き切った。


「……気を付けて! 絶対帰ってきて下さい!」


 ゆっくりと走るバンをとことこと追いかけてきた壱岐さんが、普段出さないような大きな声でそう言って大きく右手を振る。壱岐さんは僕ら《校外委員会》の出発の準備を手伝ってくれ、その上お弁当まで作ってくれていた。


 僕らの無事を祈ってくれる彼女に、笑って頷き返し、手を小さく振る。


「よし、行こう」


 僕の合図は、文化祭と体育祭に教師が使用するトランシーバーを通じて後続にも伝わる。

 学園初の、《校外委員会》による校外出動が始まった。


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