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【受賞】ノアの学園~国父とよばれた高校生~  作者: 大塚 可修
第1章 ノアの大洪水
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19/84

第19限 委員会

大人だけが消えた世界……

……そしてやがて、学園は国家となる

「今回の評議会では、君たち委員長の協力を得たい」


 会議室。さっきと同じメンバーが再び集結している。

 僕はみんなが揃うと、そう会議の口火を切った。今回の目的は、言ってしまえば『役割分担』だ。今は生徒会で色々と駆け回っている状態だが、これではパンクしてしまう。


「まずは食糧についてだね。当分、学園に閉じ籠ることになるけど、食料の備蓄はどうなのかな」


 僕の疑問に、「あ、それなら私が」と一人の女子生徒が挙手をした。


 丸くて赤い眼鏡を掛けた小柄な子で、たしか名前は天塩(てしお)さん……だったか。

 僕が手の平で発言を促すと、彼女は挙手したまま立ち上がった。


「《災害対策委員会》の天塩です。えっ……と、私たちは地震などの災害が発生したときに備えた、非常食・非常用品などの管理をしています。そ、その資料がありますので、会長に提出いたします」


 彼女は左手首に装着した腕輪型端末を操作してホログラムスクリーンを空中へ投影すると、その画面を僕に向かって押し出すようにスライドした。ヒュン、という音がして、僕の腕輪型端末が震える。天塩さんから何かが送信され、それを受信したようだ。


「ありがとう」


 微笑んで天塩さんに礼を言うと、彼女は顔を赤くして「い、いえ」と小柄な体をさらに縮こめてしまう。


「「……じー」」

「な、なに」


 すると会議に列席していた生徒会庶務・壱岐さんと書記・和泉がジトっとした目で僕を見つめ……睨んできた。


「「別に」」


 怖いな、揃うなよ。


 プイっと二人が視線を逸らしたので、僕も逃げるように板チョコ大のホログラムスクリーンを投影し、天塩さんから受信したファイルを開いて目を通した。


 開いたのは青いノートのアイコンをしたアプリケーションで、アルヒェ社のオフィススイートの内の一つ、文書作成アプリ・ロゴスだ。

 ファイルに記されていたのは、災害発生時、学園が緊急避難所となったときの対応などについてだ。それを下へスワイプしていくと、中ほどに『食料備蓄に関して』という項目があった。


「……『学園は最大二千人の避難住民を保護・収容することが可能である。この人数を基準とし、約二週間分の非常食を備蓄することにする』」


 読み上げたそれに役員たちはひとまず安堵した。単純計算で、学園生徒約五百人を八週間はもたせることができる。


「備蓄の管理は?」

「ま、毎週しているので問題ないかと……! 古いものは処分もしてますし!」

「なら問題ないね。食糧の引き出し等は《災害対策委員会》に一任するから、今日の夜から頼めるかな」

「えっ。は、は、はい!」


 彼女は突然託された重要な仕事に慌てて返事をする。


「少なくとも今日からしばらくは学園にお泊り会だ。各教室に毛布なんかの配布もしてほしい」

「と、泊り、ですか?」


 天塩さんの疑問にうんと頷く。


「先生たち同様の化け物が、校外にはウヨウヨいるはずだ。帰すわけにはいかないよ」

「そ、それもそう、ですね」

「僕らの生活を物品の支給という面から支えてほしい。頼むね、天塩さん」

「ご、ご期待に応えてみせます」


 彼女はタタタン、とホログラムスクリーンを操作して、メモを始めた。


「よし次は……」


 話を切り替えようと手を打ち、背もたれから背を離す。


「水はどうしますか」


 すると甲斐も積極的に意見を始めた。

 水は生活必需品の一つだ。人間にとって空気の次に必要な水。これも問題である。


「そうだな……」


 探偵のように口元を手で隠し、思案する。

 大人が全員、学園の教師のような化け物になったと仮定すると、水を供給する施設もいつかは機能を失う。電気も同様だ。


「水、電気とかのインフラも大人がいないと供給されないから……水は蛇口を捻って出るうちに、できる限り容器に入れて保存しとこうか」

「分かりました。それは《環境委員会(うち)》でやります」

「頼むよ」


 甲斐は、生徒会会計だけではなく、《環境委員会》の委員長も務めている。校内の美化・緑化活動に励む委員会だ。


 彼は後ろに控えていた二年の副委員長に「空の容器を片っ端から集めて」と伝えてから、メモ書きを渡す。すると副委員長はメモに書かれた指示にざっと目を通して「分かりました」と言って教室を出た。どうやら甲斐には優秀な部下がいるようだ。


「校内の清掃も定期的に行います。不衛生を放置すれば、病気が流行ったりしますから」

「お、さすが。仕事ができるね。もっと仕事を任せたくなるよ」


 そう冗談めかして言うと彼は「うっ」と呻いて眼鏡をガタッと傾けた。それを慌てて元の位置に戻して、「か、過労はいやです」と何とも言えない返事をくれた。


「あと、僕からお願いがあるんだけど……」


 そう言って、自分から見て左手に座る女子に目を向けた。


「伊予(いよ)さん」

「な、何でしょう?」


 《風紀委員会》委員長・伊予さんはポニーテールを結った二年生の女子だ。凛々しい顔立ちをしていて、普段は人を寄せ付けないクールな雰囲気を纏っているが、一部から「分かりやすくて可愛い」と人気である。


 僕にはその理由が分からないが。


「伊予さんの《風紀委員会》には、みんながパニックならないようにしっかり学園を見てもらいたい。パニックになって、それが学園中に伝染したらもうまとまりが効かなくなるから」

「は、はい! 分かりました」

「頼りにしてるね」

「………は、はいぃ……」


 伊予さんは普段クールな顔を真っ赤にして俯いて抜けた返事をした。

 分かりやすくて可愛い、というのは照れ屋ってことかな?


「「「じと」」」


 するとまた冷たい視線が僕に刺さる。壱岐さん、和泉に……天塩さんまで加わっている。


「だ、だからなに」

「「「なにも」」」


 こわ。なんだそりゃあ。


「それから学年代表の人は……」


 呼びかけながら円卓の面々を見回す。


「俺たちだ」


 一年、二年、三年の各学年を取りまとめる学年代表。円卓を見渡していくと、三人の男女が手を上げた。


「生徒たちの様子はどう?」


 気になるのは、ひとまずそれぞれの教室に帰した生徒たちだ。大人が化け物になり、喰われそうになるという理解不能な危機に直面し、しかも街中にそれが溢れていて、家に帰れない。こんな状況で、みんな平静を保ってくれるだろうか。


 質問に、後輩たちを代表して、僕の同級生の男子生徒が答える。


「今はまだ落ち着いてるよ。ってか、現実味が薄いのかな……。何かイベントを楽しんでるみてぇだぜ」

「……それはそれでまずいな。学年代表はこの会議で話したことをみんなに伝えてね。危機感を持ってほしいんだ。もしかしたら……」


 僕はちらりと横にある窓に目を移す。


 そこに映るのは、火柱の立つ僕らの故郷。おそらく街にはベルンの言う『フラッド』とかいうゾンビが跋扈している。火災の原因は、突然、大人がフラッド化し、理性をなくし、交通事故や火の不始末が起こったことだろう。


 国にも、県にも、市にも、警察にも、消防にも、自衛隊にも電話が繋がらず、家族とも連絡がつかない。加えて街は燃え盛り、ネットワークにも接続ができない。


 全て、この世界から大人が消えたことが原因だろう。


「……もしかしたら、二度と家には帰れないかもしれないんだ」


 不意にそんな言葉が独り言のように出て、ハッとした。

 生徒会長の僕が、そんなことを言ってはだめだ。


 みんなが気まずそうに唇を噛んだり、俯いたり、意味もなく頭を掻いたりする。みんなをまとめるのは生徒会長である僕なのに、ひどくマイナスな発言をしてしまった。リーダーがこんなでは、ついて来る者が辛い。


「……ごめん。変なことを言った。とにかく、今日は学校で夜を明かす。学年代表は就寝時に男女で教室を分けてね」

「分かった」


 校外の様子が分からない以上、今日は学園に泊まるしかない。


 今回の会議は、食糧の配給を《災害対策委員会》に、衛生状態の管理と水の確保を《環境委員会》に、校内の治安と秩序の維持を《風紀委員会》に委任し、生徒会と各種委員会の指導の元、生徒の管理を学年代表が行うことを決定して終了した。簡単に言えば、「各委員会の校内秩序維持への協力」を要請して終了した。


「……それと最後に、明日のことなんだけど」


 僕は会議の終わりに、もう一つ提案をした。資料やメモを片付け始めていたみんなが、手を止めて僕に視線を向ける。


「……明日、学園の外に出てみるのはどうかな」

「そ、外に……ですか?」


 甲斐が汗を浮べて聞き返す。僕が頷くのを見て、理由を問う。


「なぜ外に?」

「市街偵察だよ。街の様子を確かめる必要がある」

「……たしかにそうですが……」


 校外が一体どんな状況なのか、丘の上から見下ろしただけでははっきりとしない。ベルンは「世界中全ての大人をフラッドに変えた」と言っていたが、それが嘘だったり、プログラムの実行が上手くいかなかったりすることもあるかもしれない。


 街に降りてみれば、ひょっとしたら警察や自衛隊が治安回復のため働いている可能性だってある。


「……そしてもし、街の大人たちも……だめになってたら……そのときは計画を変更する」

「……市街偵察の任務を変更する、と?」

「あぁ、そのまま自衛隊の分屯地に向かう」

「基地に?」


 本当は街は無事だった……。おそらくそれはないだろう。正直、市街偵察なんて街の大人が化け物になったことを見に行くことと変わりないとすら思っている。


 世界からは、本当に大人が消え、代わりに人喰いの化け物が現れたのだ。


「自衛隊の分屯地から、武器を持ち帰るんだ」

「……武器……」


 日本から大人が消えて、化け物まみれになったとしたら、僕ら学園には銃などの武器が必要になるだろう。自衛装備の収集を僕は提案している。


 その提案に、委員長たちは顔を見合わせて、ひそひそと隣と話し始める。

 なにせこの任務は……


「危険ですよ」


 甲斐がまっすぐにこちらを見て、はっきりと言い放った。そのよく通った声に、みんなが黙る。


「分かってる」

「誰が行くんですか?」


 そう、問題はそれだ。メンバー集めの問題がある。


 桐可学園は高い壁に囲まれていて、今は校門も閉め切っているし、山城が懐中電灯を持って見張りにも就いている。校内は安全と言えるが、校外には妹尾先生たちのような理性のない怪力の化け物がうろついていて、しかも奴らは僕らを殺そうとしてくる。そんな校外にバットや箒(ほうき)だけ持って挑もうというのだ。


「……まず、僕だ」

「会長が……」


 誰かを連れて危険な校外に出るのなら、言い出しっぺの僕が行かなくて誰がついて来るのか。

 僕は同士を求めて、円卓に並ぶ男子たちに視線を送るが、彼らは僕から目を逸らしてしまう。

 そのとき、


「俺も行くぞ! アキ!」


 これまで黙っていた体育局局長・山城が机を拳の底で叩きつけてそう言った。


「や、山城……」


 この真冬にカッターシャツ一枚を着て、袖を捲り、汗をかいた大男・山城。何でもパワーで解決する「力こそパワー」な熱血漢で、僕の幼馴染みでもある。


「力仕事は任せろ!」

「で、でも……本当に危険だぞ。いいのか?」

「おぬしが行くのに、俺が行かないわけがないであろう!」


 山城は昔から豪快なやつだった。僕、和泉、日向、山城はいつも一緒の幼馴染みで、山城はいつも危険な役回りをしてくれていた。野良犬に襲われたときには木の枝で僕らを守ろうと先頭に立ち、上級生に遊び場が奪われて喧嘩になったときにはその巨体で相手をこらしめてくれた。そしてさっきまでは僕らを代表して化け物と死闘を繰り広げてもいる。


 また、山城は、僕を助けてくれるようだ。


「そうか。じゃあ頼むよ、相棒」


 そう言うと、山城はニッと歯を見せて笑い、「おう! リーダー!」と親指を立てた。馬鹿力の山城の攻撃力は化け物相手にも役に立つだろう。


「仲間は多い方が心強いだろう? 今から部員たちを当たってくるぞ!」


 山城は野球部主将をしていた。その人望は絶大で、男子は体育祭や球技大会で山城と同じ組になることを祈っているらしい。野球部の後輩たちがどんなに離れていても、山城を見かけたら走って挨拶に来たりするのだ。実直で、頼れる兄貴分である山城の集める人望には頭が下がる。彼が校外に出る仲間を集めてくれるのなら、メンバー集めには期待できるかもしれない。


「ああ、人選は山城に一任しよう」

「任せい。必ず優秀な奴らを揃えてやるぞ」


 山城は言いながら立ち上がって、「さっそく行ってくる!」と颯爽と会議室を後にした

 危険な校外へ赴く任務の実行に、難色を示していた甲斐《かい》だったが、山城が去っていくとふっと笑った。


「問題は解決されたようですね」

「ああ」


 この日、追加して決定されたのは、新組織《校外委員会》の発足。


《校外委員会》はその名の通り、危険な学園敷地外に飛び出す集団だ。

 そして、同委員会初の任務は桐可市の市街偵察と、その後の自衛隊基地での銃器収集に決まった。委員長はもちろん責任をもって、生徒会長であり、提案者である僕が務める。


 この《校外委員会》はきっと、大人の消えたこの世界で重要な役割を果たすだろう。


 フィレンツェの政治思想家ニッコロ・マキャヴェッリ曰く、

『軍備は何よりも優先される』

 である。


 今日の生徒評議会は以上で終了し、僕らは各教室に帰って文明崩壊後初の夜を明かすのだった。


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