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【受賞】ノアの学園~国父とよばれた高校生~  作者: 大塚 可修
第1章 ノアの大洪水
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第18限 ゾンビ

大人だけが消えた世界……

……そしてやがて、学園は国家となる

 鉄階段の狭さを利用した作戦は、効率は良くないが確実に化け物を処理することができていた。かれこれ、日向は化け物の挑発、山城は化け物にトドメを、何十回と、化け物の数だけ繰り返してきた。


「はー、はー…」


 さすがの山城も、何度も何度も生き物に向かって凶器を振るい続けるのは疲れる。肩で呼吸しながら、額を流れる汗や返り血を雑に拭う。


「……これで終(しま)いか?」

「たぶんね」


 見渡せば、すっかり化け物は片付いていた。山城はバリケードを越え、辺りの最終確認をする。

 僕も階段を降りて、ウッドデッキを見渡す。


 ……ツン、と嫌な臭いが鼻腔をついた。


 振り返るとバリケードの前には血の海ができていて、下へ滝のように落ちていっている。


 そして階段の下には、頭が凹んだり、関節が考えられない方向に曲がったり、皮膚が裂けて肉が見えたりしている大人(せんせい)たちの死体で山になっていた。


 僕はその肉の山の前でしゃがみ、両手を合わせる。数秒、黙祷してから、僕は山城に謝った。


「……ごめん。嫌な役をやらせて」

「俺以外に適任もいないだろう」


 山城はバットを床に突いて空を見上げる。どんよりとした、僕や山城の気持ちを体現したような空模様だ。


「ありがとう」


 そう礼を言われて、山城は少し楽になったようだった。謝罪されるよりも、感謝されて役に立つことをしたのだと思う方が、山城には楽だったのだろう。


「お、おいアキ! あれ!」


 後ろから日向に呼ばれ、振り向くと、彼はウッドデッキの方を指さしていた。


「どうした?」

「あいつ……たしか……」

「……っ」


 日向の指先が示す方へ、視線を移す。


 そこにいたのは、首をがくんと肩に着くほど折って、床を這う女子生徒の化け物。最初の犠牲者だ。

 彼女はウッドデッキの床を舐めながら、無脊椎動物のような動きでこちらへ迫ってくる。


 ベルンはこう言っていた。


『そして気を付けたまえ。フラッドたちは指先や歯など末端から、特殊な電気信号を放っている。もしそれが君たち子供の体で感知されれば……君たちもフラッドの仲間入りだ』


 そう、彼女は……


「ノアの方舟(ノアズアーク)プログラムが、起動したんだ」


 あの化け物は、頚椎マイクロチップの近くを攻撃することによって、普通の人間をベルンの言う『フラッド』へと変えるプログラムを起動させているのだ。


「まるで、ゾンビだ」


 ウイルスによって発生し、噛み付くなどすることで非感染者を仲間へと変えるゾンビ。ウイルスはウイルスでも、これは生物的なそれではなく、コンピュータウイルスだ。

 ベルンは大人にプログラム《ノアの方舟(ノアズアーク)》を強制的にインストールさせ、フラッドという化け物を造ったと言っていた。


 ……そしておそらく、僕ら、大人でない人間にも、同じようなプログラムがインストールされている……


 僕ら子供の場合、そのプログラムはフラッドたちの攻撃を受けることで実行される。


 だからあの女子生徒は用務員の化け物に噛み付かれることによって、《ノアの方舟(ノアズアーク)》のプログラムがマイクロチップで実行され、同様の化け物となったのだ。


「……山城、あの生徒で、最後だ」


 僕は理解し切れない現状に頭がぐらりと揺れ、手すりに寄り掛かった。


「……うむ。分かった」


 人喰いの化け物・フラッドとなった女子生徒は、赤々として柔らかそうな皮膚の内側を覗かせながらも、鉄階段の方へやって来る。気を引かずとも山城を目指す様子はまるで、早く殺してくれ、と言っているようだった。


「……今、楽にしてやる」


 山城が振り下ろしたバットが彼女に与えたのは、死という名の「終わり」か、「救い」か。

 それは、誰にも分からない。


 ◆


 ウッドデッキは血の海だった。鉄階段の下には山城が、僕らが殺した先生たちだった肉の塊がいくつも転がっていて、ひどい臭いが立ち込めている。


 僕は鉄階段の縁に腰かけて、そんな真っ赤で、鉄臭いウッドデッキを眺めていた。


「会長」

「……うん」


 呼ばれたが振り返らずに返事をする。声の主は甲斐だ。


「保健室、食堂も、化け物……フラッドの姿は確認できませんでした。一階、二階は安全です」

「……そうか」


 甲斐の報告は、山城たち野球部からのものだ。彼らには「校内に化け物はいないか」の見回り確認をしてもらっていた。


「生徒たちの移動を許可しよう。ただしウッドデッキは立ち入り禁止だ。先生たちの遺体には、ビニールシートでも掛けておく」

「……わかりました」


 鼻から長く息を吐いてから、僕は立ち上がる。


「ご苦労さま。……もう少し頑張ってから、ちょっと休もう」


 甲斐の肩に手を置いて、そう労う。甲斐は無言で頷いた。


 僕らは並んで廊下を歩き始める。


「……もう一度生徒評議会を開こう」

「もう一度?」


 生徒評議会というのは、生徒会と各種委員会の委員長が列席して行う大きな会議のことだ。文化祭や体育祭、選挙前・選挙後などの大きなイベントのあるとき、目的の共有と達成のための協力をするために招集されている。


 事態が事態であるから、様々な委員会の力を借りられれば、非常に助かるだろう。


「委員会からの協力を得たい。組織だって動こう」


 大人が消え、残された僕たち。僕らはあまりにも無力だ。


 僕ら子供というのは、何もかもを大人から与えられる存在だ。権利も、教育も、安全も、秩序も、食べ物も、お金も、何もかも全て、大人たちから与え授けられたものだ。

 どんなに学校で格好つけたって、学校に通うお金を出してくれているのは両親だし、帰れば買ってもらった服を着て、作ってもらったご飯を食べ、家賃を一銭も払っていない家で眠りにつく。


 そんな僕らが突然、自立できるはずもない。


 僕らは、支え合わなければいけないんだ。

 個々で無力なら、結束する。人間はそれができる生き物である。



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