第16限 生徒評議会Ⅱ
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
「そうなれば、僕らに残された『生き抜く道』は、一つしかない。『校内にいる化け物』の掃討だ」
「……そうですね。ウッドデッキにいつまでもあのゾンビたちを放置しておくわけにはいきません。籠城も助けが来るなら実行する価値がありますが、助けがないのなら籠城は愚策です」
甲斐の言う通りだ。
あのウッドデッキの化け物たちは相当な危険だが、バリケードを死守すれば二階以上のエリアで僕ら生徒は安全に過ごすことができる。しかし、それは十分に食料があり、外部からの救援があることが前提だ。警察、自衛隊が助けにくることが分かっている、もしくは見込めるのならば、バリケードを死守し、二階以上で籠城する選択は正しいが、助けがないことを知りながら、ただリスクを避けて籠城すれば、それはただの心中だ。
つまり、僕らは……
「……ウッドデッキの先生たち、フラッド共を、始末しよう」
そう提案すると、日向が汗を浮かべながら尋ねる。
日向は僕の左斜め前に座って、無礼にも机の上で両足を組んでこちらに足の裏を見せ、ふんぞり返っている。
「け、けどどうすんだよ……? 警察も軍隊も来ないんだろ? それどころか世界中の大人たちが……」
その不安げな質問に、周りの生徒たちも「そうだ」「どうするんだ」と口々に僕から答えを求めた。
僕はずっと考えていた自分の案を説明する。
「上手くいけば、あまり人数は必要ない」
そう言うとみんな互いの顔を見合わせる。
「作戦……っていうほど賢いもんじゃないけど……」
僕は立ち上がり、壁際にあったホワイトボードを引っ張って、みんなから見えやすい位置に置く。
ホワイトボードにペンで図や文字を書きながら、みんなに作戦を説明する。
「まず、アイツらは音に集まる性質があるみたいだ」
それはさっきの日向の校内放送を見れば明らかだ。スピーカーから大音量で日向の声が流れた時、ウッドデッキの化け物たちはそのスピーカーに群がって、必死に手を伸ばしていた。
「それを利用して、ヤツらを誘導する」
「誘導……。それはつまり……殺しやすい場所に……ということですか」
甲斐がずれた眼鏡を押し上げながら質問を口にした。「そうだ」と僕は首肯して、ホワイトボードに学園の上面図を書いていく。……僕って絵が下手くそなんだな。
「そのポイントは、ここだ」
「なるほど……鉄階段、ですね」
鉄階段は、校舎南側、ウッドデッキから伸び、各階を繋ぐ螺旋状の階段だ。その特徴は……
「鉄階段は幅が狭い。人ひとり通れるくらいの階段だ」
鉄階段は、メイン階段の補助、非常用階段に過ぎないもの。
「ここに誘導できれば……一体ずつ、処理、できる」
言葉を区切りながら、教室内の仲間たちを見渡す。日向は後ろ頭を掻き、和泉は腕を組んで俯き、甲斐は眼鏡を額へ押しやって目頭を押えている。
みんなここまでは理解できたようだが。
「……問題があるとすれば……」
息を吐いてから、甲斐がそう口を開いた。
「どうやって殺すか、そして……誰が殺すか、です」
「…………話が早くて助かるよ」
ここからは少し推測が混じる。僕はがくがくと揺れた線で黒板に多少肉がついた棒人間を描く。「これがあの化け物たちね」と補足を入れながら。
「彼らは……信じられないことに、不死のように見えた。頭を凹ませようが、矢が刺さろうが、何度殴られようが……彼らは僕らを狙って動き続けた」
書いた肉付きのいい棒人間の頭を凹ませたり、腹に矢を刺したりする。
「僕は、そんなヤツらにも弱点があると思うんだ」
「じ、弱点……?」
会議室内が騒がしくなる。僕もついさっきまでは彼らに弱点があるとは思えなかった。ゾンビなら頭を殴りつけた時点で死んでいてほしかったが。
「ヒントはベルンの言葉だ。彼は言った……『プログラムによって大人たちの脳を破壊し、今はマイクロチップが脳の代わりを務めている』……と」
「まさか」
察しのいい甲斐が顔を上げた。気付いたようだ。
「そう。おそらくヤツらの弱点は、『頸椎』だ。つまり首の後ろ側。そこには、マイクロチップが埋め込まれている」
マイクロチップは人間の神経と接続されている。聴覚、視覚と繋がっているおかげで、脳内で音楽を楽しんだり、視界を写真として残したりできる。
そして大切なのは、マイクロチップが運動神経も読み取ることができるという点だ。
脳から発信される……たとえば「右腕を上げたい」というような命令を、マイクロチップは読み取ることができるということだ。この技術によって義手や義足を本物の体のように操ることができるようになったし、現実世界で体を動かすかのような操作をVRゲームにおいて可能にしたりもした。
「マイクロチップが、あの化け物たちにとっての脳なんだよ。あらゆる命令を発信する、ね」
僕は人差し指でトントンと側頭部をつついてから、次は首をつつく。
あの一見不死のように見える化け物たちの弱点は、脳の破壊や日光などではなく……
「つまり、首を狙う。刺すでも、殴るでもいい。とにかく頸椎に埋め込まれたマイクロチップを破壊すれば、ヤツラは活動を停止するはずだ。体へ命令を発する機関が消失するんだからね」
「……なるほど、分かりました。では、次の問題です」
「誰が殺すか、か」
化け物たちの弱点は分かった。では、実際にその弱点を攻撃し、その命を絶つのは誰か。
もちろん決まってる。言い出しっぺの僕が「汚れ役は嫌です」なんて、言えない。
「もちろん、僕が……」
言いかけた、そのとき。
「待ッたァ!」
と、野太い声が会議室内に乱入してきた。
「や、山城? どこに行ってたんだ」
やって来たのは、生徒会体育局局長・山城だ。
「……そ、それ」
そして、彼の肩には、バットが担がれていた。
「安芸! あやつ等は、俺が倒そう!」
豪快に、彼はそう言い放ち、金属バットをぐっと掲げた。
山城は野球部主将を務めていた男だ。後輩からの信頼も厚く、どんなに離れていても、後輩たちは山城が視界に入れば走ってやって来て、「こんにちは!」と頭を下げていく。実力もあり、学園の野球部は歴史的に強い部ではなかったが、山城は甲子園までみんなを連れて行った。
どうやら部室棟から相棒のバットを引っ張って来たらしい。
「で、でも危険だぞ。山城、お前が一番知ってるだろ、アイツらの危険さを」
「ああ、知っている。だから俺が適任なのではないか?」
山城はこういう男……いや、こういう漢だった。
「安芸。お主は自分だけで何かを解決しようとする癖がある。周りを頼れ」
「……本当に、いいのか?」
あの化け物たちを細い鉄階段へ誘導する。そこまではいいが、山城が申し出ているのは、最も危険な「化け物にトドメを刺す役」だ。
「無論だ。それとも、安芸。お主はこの俺よりも強いのか?」
「……そう見える?」
冗談交じりに僕の細く白い腕を差し出す。情けない話だが、腕っぷしはからっきし、だ。
「ふふ、見えぬわ」
そう笑って、山城は袖を捲り、僕の腕二本分はある腕を露出させて、力こぶを作って見せた。
「……さてと、僕がバットを持って戦うよりは百倍は効率が上がったところで、作戦の詳細について話し合おう」
アメリカの実業家にして慈善活動家アンドリュー・カーネギー曰く、
『人間、優れた仕事をするためには自分一人でやるよりも他人の助けを借りる方が良いものができると知ったとき、その人は偉大な成長を遂げるのだ』
である。
それから僕の描いたヘッタくそな図を指さし合いながら作戦について議論を詰めていく。
五分ほど話し合い、必要人数、必要な道具、各々の役割について決定する。
「……っていう感じで、どうかな」
ホワイトボードから振り返り、仲間たちを見渡す。
「やるっきゃないな。いつまでも立て籠っちゃいられねえんだろ」
日向が決意を固め、拳を打ち合わせた。この進学校に通いながら金髪に染めた不良のくせに、やる時はやるやつだ。
「そうね。籠城なんて、趣味じゃないわ」
アーチェリーの弓を担いだ和泉もさらりと長い髪を払って、余裕気に僕に向かって頷いた。
「……任せろ」
今回の作戦の要・山城が閉じた目をゆっくりと開いてから、息を吐き、落ち着いた様子で言った。
みんな準備万端なようだ。
「……よし」
最後に全員にもう一度目配せをしてから、僕はうん、と一度頷く。
「やろう」
ネクタイをきゅっと締め直しながら、僕は廊下へ踏み出した。
フランスの軍人にして大統領シャルル・ド・ゴール曰く、
『危機を目の前にすると、気骨のある人は自らを拠点に戦う。彼は作戦命令を自らで発し、自ら指揮を執る』
である。
演じるんだ。そんなリーダーを。
学園の未来を決める最初の戦いが、始まろうとしていた。
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