第15限 生徒評議会
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
桐可学園。四階、生徒会議室。円卓と、十個ほどの椅子が並べられた会議室。
僕はその部屋から、桐可の街並みを見下ろしていた。史上最悪の交通事故の連続によって、あちこちで火が起こり、燃え広がり、爆発し、煙が立ち込める……僕らの故郷。
「会長。揃いました」
「ああ、うん」
甲斐に呼ばれ、僕は窓際を離れる。振り返れば、すでに十数名の男女が室内に集まって、いつもの自分の席に腰かけている。みんな表情は険しくて、特に会話もせず、俯きがちにチラチラと周りの顔を窺っている。
ここにいるのは、甲斐が集めてくれた各種委員会の委員長たちと、各学年代表たち……生徒評議会のメンバーだ。
「じゃあ、始めます」
僕は椅子を引きながら言うと、みんな息を吐いたり、唇を口内に巻き込んだりして、その緊張を表した。
「まずは、情報の共有から」
Pデバイスを操作して、予め準備していた文章をホログラムで空中に投影し、全員と状況を整理する。手首の辺りに出現していたホログラムスクリーンを、右手で円卓の中央へ向かってスライドする。すると、円卓中央のスペースに設置されていたホログラム投影機が僕のデバイスから情報を受け取り、文章をどの席からも見えるように空中へ投影した。
内容は以下。
(1)大人たちは、マイクロチップのアップデートによって脳を破壊され、まるでゾンビのような化け物になってしまった。
(2)そのアップデートを実施したアルヒェ創始者ベルンは、この事態を自ら引き起こしたと宣言し、あの化け物たちを『フラッド』と呼んだ。
(3)フラッドたちはその体から特殊な電気信号を発信しており、それを僕らのマイクロチップが受信すれば、僕らも同様の化け物となる。
(4)桐可市ではあちこちで火災・爆発が発生しており、明らかに学園同様の異常事態である。大人たちがフラッド化し、理性がなくなったため、交通事故等が起こったものと推察される。
(5)桐可学園は山の上という立地であり、また、約三メートルの壁とネットで囲われているため、安全である。
みんな円卓の真ん中に浮かんだ文書を必死に読み込んでいる。真っ先に読み終わった甲斐は目頭を押えて、俯き、長いため息を吐いた。
「ゾンビなんているわけない……でしたっけ?」
隣の甲斐に、眼鏡を押し上げながら睨まれる。
……そんなこと言ったかな。
…………言ったな。
「……それは……これでもかというほど撤回するよ」
「どれほどなんですか、それ」
本当に、事態はまさしくゾンビパニックだ。
「か、会長。ち、ちなみに……け、警察の方には……?」
小さく挙手をして、一人の役員がそう疑問を投げかけてくれる。
「だめ。そもそも電波が今は飛んでないみたいだ。インターネット通信も同様にね」
「じ、じゃあ、その……助け……は……?」
助け、か。
「もし、もしもベルンが言っていることが、全て事実だとしたら……」
ベルンは言っていた。
大人たちを化け物に変えた、と。
これはノアの大洪水である、と。
それらが、事実ならば……。
「助けは、来ない。大人たちはみんな化け物になって、僕らを殺そうと襲い掛かってくる」
警察も、消防も、自衛隊もない。市も国も、役人も総理大臣も、みんなゾンビのような化け物になってしまったのだから。
「街はこの世の終わりみたいな景色だよ。炎の柱が上がって、煙が霧みたいに街を飲み込んで、ここからでも子供たちの悲鳴が聞こえる。それでも、パトカーとか、消防車のサイレンは聞こえなかったな」
屋上で見たこと、聞いたことを伝えると、会議室は一気にシン、となる。どれもベルンの言った『世界の終わり』を裏付けるものだから仕方ない。
「……まず決めるべきは、ベルンの言ったことを事実と仮定するか否か、じゃないでしょうか」
沈黙を破ったのは甲斐だ。
たしかに、その決定がこれからの全ての選択の根幹になるだろう。
「会長は、どう思いますか」
甲斐が眼鏡を押し上げながら、横目で僕を見つめながら問う。
ベルンの語った『世界の終わり』が、本当か、否か。
僕らのマイクロチップは突如アップデートされ、通信障害が起こり、先生たちが残らず化け物になった。それをベルンは『ノアの大洪水』と呼び、終末の記憶を後世へ伝えるため、子供たちは残すと言った。加えて街は火炎と黒煙に包まれている。
これらを踏まえると……。
「……僕は……。僕は、本当……だと思う」
僕の答えを黙って待っていた役員たちの瞳が少し大きくなるのが分かった。
「……世界は……終わったのかもしれない」
それから再び、長い長い沈黙が始まった。
世界が滅んだ。この言葉を咄嗟に受け入れられる者はいない。しかも今は推測の段階であって、この「世界の終わり」のような何かを確かめたわけではない。もしかしたら、この異変は桐可市周辺のみのもので、隣町に行けば警察や自衛隊、消防が僕らを助けるために準備をしているかもしれない。
みんなの考えがまとまるのを、僕も黙って待った。
だけど沈黙というのは続けば続くほど重くなるようで、気付けば全員が俯いている。
普段、僕はあまり自ら進んで口を開く方ではないが……。
「今は、僕の意見を事実と仮定する。いいかな」
こういうときは、誰かが指針を打ち出さねばならい。
「……では、日本中が化け物まみれ……ということにして」
背もたれに体重を預けていた甲斐が、前のめりになって、議論を進める。
「私たちは、これからどうすればいいか。決めましょう」
うん、と僕は頷いて、円卓に肘を突く。
「世界中でこの『世界の終わり』が起こっている場合、僕らを助けに来る大人はいない」
区切って、全員を見渡す。一つ一つの言葉を、しっかりと理解できるまで咀嚼してほしいからだ。
「そうなれば、僕らに残された『生き抜く道』は、一つしかない」
全員が僕を見る。
「校内にいる化け物どもの掃討だ」
第16代アメリカ大統領エイブラハム・リンカーン曰く、
『これはできる、それをやる、と決断せよ。それからその方法を見つけるのだ』
である。
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