第11限 アルヒェ
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
「落ち着いて! 落ち着いて下さい! 生徒会です! 皆さん! 四階へ避難してください!」
壱岐が二階から避難誘導を開始。生徒たちは突然のことに互いの顔を見やって、周りの様子を伺う。が、一人従順な者が誘導に従うと、そばにいた者も階段へ向かい始めた。
◆
『おーい聞いてっか! 俺は生徒会広報の日向だ! ……この名乗りは嫌いなんだが……。いいか! ウッドデッキにはやべぇ奴らがうじゃうじゃいる! もし一階にいるやつがいたら、どっかの教室に隠れて鍵ィ掛けろ! ……死にたくなけりゃなあ!』
あちこちのスピーカーから、乱暴なアナウンスが校内に響き渡る。
それに反応したのは何も生徒たちだけではない。ウッドデッキの真ん中には照明と一緒にスピーカーの付いたポールが立っているが、その大きな音に引かれ、ウッドデッキの化け物たちがそのスピーカーの根元へ集まり始めたのだった。
◆
「か、甲斐。一体なにがあったんだ?」
「ち、血が出てる人が……先生たちがウッドデッキにたくさんいるけど」
「っていうかウッドデッキの先生たち様子がおかしいわよ」
「お、俺見たぜ! 女の子が用務員さんに首かじられてんの!」
「なあ甲斐! どうなってんだよ!」
四階で、甲斐が生徒たちに取り囲まれている。
また面倒なことを命じられた、と甲斐は内心でぼやく。甲斐の生徒会での役割はいつもそうだ。彼が優秀で、命令に忠実で、仕事ができるばかりに、甲斐は安芸から頼られている。
「お、落ち着いて! 僕も完璧には把握していません! ただ、ウッドデッキにいる人たちは、明らかに様子がおかしく、僕たちは彼らに攻撃される恐れがあります。だから、決して下には下りない様にお願いします!」
安芸に頼られていることを、甲斐は知っている。
だからこそ、全力で応えるのだ。
「大丈夫です! 僕たちが……生徒会が、きちんと対処します!」
いつだって、どうにかしてきた。
彼が、安芸が、みんなを引っ張ってくれた。
◆
「安芸! ここに置くぞ!」
「うん。天板を横にするように倒して、壁状のバリケードにしよう! これで縛って!」
「うむ!」
力自慢の大男・山城が左右の腕に三つずつ担いで持ってきた机を、鉄階段に敷き詰めていく。それが崩れないように美術室から拝借したビニール紐で縛り、階段の手摺とも固定する。
南側階段・鉄階段は、メイン階段の補助的な役割を果たす小さなものだ。幅は人ひとり分ほどしかなく、非常に狭いものなので、机が六つもあれば簡単に塞ぐことができる。
「これでよし! 次はメイン階段だ! 急ごう!」
「合点だ!」
壱岐さんの避難誘導で二階に人影もなく、日向の放送のおかげでウッドデッキの化け物たちは間抜けにもスピーカーに群がっている。先端にスピーカーの取り付けられたポールに必死になって手を伸ばす化け物たちは、まるで集光性の虫のようだった。
◆
山城と僕は、メイン階段と鉄階段へのバリケード構築の仕事を終え、四階へ上がってきた。
階段を上がりきったところは少し開けたホールになっていて、そこに備え付けられたベンチに、二人の女子生徒が腰かけていた。
すると、僕と山城に気付いた二人は立ち上がって……
「……アキーッ!」
「うわっと」
片方が僕の胸元に飛び込んできた。
和泉だ。見下ろせば、僕の制服に顔をうずめて、その涙を拭っている。
「ばかッ! 心配したわよ!」
「……うん。さっきはありがとう。助かったよ」
「…………うん」
頭を撫でて、和泉が落ち着くのを待つ。
彼女は小さいころから年上のガキ大将を泣かせるような男勝りなやつだったが、心配で涙を流すような女の子らしいところもあるようだ。中学生になったくらいからは男子みたいに短かった髪も伸ばし始めて、今では腰ほどまで真っ黒な髪が伸びている。すっかり女子らしくなった和泉はもともと美形だったのもあって、頻繁に告白されるようにまでになった。…まあ理由は知らないが、全てフッているらしい。
「壱岐さんも、ありがとう」
和泉と一緒に僕を待っていた壱岐さん。彼女にも礼を言う。
「ひぇっ」
突然、話を振られて隣にいた壱岐さんは驚く。何やら不機嫌そうな顔をして口を窄めていたが、僕に名前を呼ばれて顔を赤くすると、両の手の平をこちらに見せながらぶんぶんと左右に振った。
「い、いえいえ…。私はなんにも…」
「ありがとう」
有無を言わさず、僕は二度目の礼を言う。
壱岐さんは見かけも小さくて、気も小さいが、生徒会での仕事はしっかりやってくれる、頼りになる可愛い後輩だ。彼女はショートカットの頭を恥ずかしそうに掻いて、「えへへ」とはにかんだ。…ちなみに壱岐さんの特徴的な…非常に女性的主張の強いその胸のせいか、彼女は学園の男子の間で「ロリ巨乳の天使」と神格化されていて、神聖にして不可侵らしい。
そして別の足音が聞こえ始める。不良のような見た目をした金髪の日向と、対照的に真面目そうな眼鏡の男子生徒・甲斐だ。
「お~い、和泉ィぃ。いつまでアキにひっついてんのォ~?」
「ッ……!」
僕の胸元に顔をうずくめていた和泉だったが、日向に小馬鹿にされた口調で言われて、慌てて僕から体を引き剥がした。我に返った和泉は耳まで顔を真っ赤にする。普段は大胆な性格で、しかも僕とは小学生以来の付き合いなのに、照れ屋なやつだ。
日向はニヤニヤと向けられたら腹の立つ顔を張り付けながら、僕から飛び退いた和泉の周りをぐるぐると回っている。
「どさくさに紛れて~……和泉は大胆だなぁ」
「う、うっさいわねバカのくせに!」
「え~、なに焦ってんのぉ? ぷぷぷ。てかバレバ……」
「うるっさい!」
「んがあ! 痛えよ馬鹿! 離せぇ! うわぁ髪型があ!」
どうしてか和泉と日向はいつものように喧嘩を始めてしまった。日向の何時間もかけてセットした髪を和泉が引っ張り、日向は反撃で和泉の頬を引っ張る。
さっきまで、教師が生徒を殺し、僕がその教師を金槌で殴る……という唐突に訪れた非日常の渦中にいた僕には、二人の喧嘩するいつもの姿は心に安心と安定をもたらす特効薬になった。
「は、ははは」
つい笑ってしまった。それに喧嘩していた二人は動きを止めて、少しの間睨み合ってから、お互いに手を離した。
「はは……。日向もありがとうな」
「ふふ。いやなに、俺は放送室に行っただけだからな。まあ、それほどでもあるな?」
礼を言うと、日向が誇らしそうに「ふふん」と鼻を指で擦る。
僕が化け物と戦っている間に、日向は放送室へ走り、生徒会長である僕の指示通りに校内放送を掛けていた。
「……さて」
生徒たちはひとまず最上階に避難させ、階段にもバリケードを築いた。
しかし、これで万事解決したわけではない。
廊下の窓を開けて、僕は下を見下ろす。
「ロ」の字型の校舎の中央、一階の中庭ウッドデッキスペースには、未だ数十体の化け物がうようよと彷徨っている。教師の姿をした化け物たちは、数体が山城の作ったバリケードに頭を打ちつけたり、無意味に引っ掻いたりしていて、残りの大勢は上の階から見下ろす僕ら生徒に、ウッドデッキから手を伸ばしている。やはりあの様子のおかしい先生たちは生徒を狙っている。目的は……僕らを殺すこと……なのだろう。
「アキ、これからどうするの?」
「うん?」
窓の縁で頬杖を突いて、先生たちを観察していると、後ろから和泉が話しかけてきた。
これから、か。
「警察も呼べないし、一階にも降りられないからね。今はバリケードを死守しつつ、救助を待つ……って感じかな。さすがに夜になって学園の学生が一人も帰らなければ問題になるさ」
「そ、そう……」
和泉は不安げにそわそわしている。
「……大丈夫だよ。何とかなるから」
「う、うん」
励まそうと思ったが、言ってから「何て他人事で無責任で他力本願なのか」と自分が情けなくなった。しかし、先生たちの様子は尋常ではない。下手に近付けば確実に殺される。今は、様子を見るしかないんだ。
「原因は何なのだ」
今度はとなりに山城がやって来た。
先生たちが狂った原因……か。
「病気……なのか、集団心理的な何かなのか……」
「しかし、なにゆえ教師だけが……?」
「教師だけじゃないよ。女子生徒もおかしくなったじゃないか」
「……では逆になぜ生徒の中ではあの女子生徒だけがおかしくなったのだ」
「……たしかに。中々鋭いね、山城」
始まりは、用務員さんに女子生徒が噛まれたことがきっかけだった。
その後、女子生徒の様子も用務員さん同様におかしくなり、僕らに襲い掛かってきた。加えて職員室にいた教師たちもみんな狂ってしまった。
不規則で、壊れた機械のような動き。蟲のように動く四肢に、痛みを感じない体。
……それはまるで、
「ゾンビ、なんじゃないかな。先生たちは」
あまり言いたくなかったが、つい声に出てしまった。後ろで和泉が息を飲むのが分かる。
ゾンビ。不死の怪物。洋画の中でよく描かれる、腐った歩く死体。彼らはウイルスに感染して、死亡し、体をウイルスに乗っ取られ、非感染者に噛み付くなどして仲間を増やしていく。
振り返れば、みんな僕を見て固まってしまっている。
「じ、冗談だよ? 冗談。ゾンビなんて実在するわけないじゃないか」
慌てて手を振ってそう言うが、あまり効果はなかった。一度アレをゾンビと呼んでしまうと、もはやゾンビにしか見えないのだろう。
……用務員さんは、女子生徒に噛み付いた。しばらくして、大量出血したはずのその女子生徒は立ち上がって、僕らに襲い掛かってきた……。いや、まさか、な。
「会長ッ!」
甲斐の声が聞こえた。
廊下の方を見やれば、人混みをかき分けながら甲斐がこちらへやって来ている。
「こ、こちらへ来てください!」
汗を浮かべ、「感情と連動している」とまことしやかに囁かれる眼鏡を盛大に傾けて、慌てた様子の甲斐。
「何があった」
甲斐と合流し、廊下を彼と並走する。歩きながら事情を聴く。
「それが、何というか、不気味なことが」
「不気味……?」
「はい……」
要領を得ないが、ひとまず案内されるままについていく。
「ここです。まあ、教室はどれでもいいんですが……」
「……?」
案内されたのは、四階にある三年一組の教室。僕のクラスではないが、教室なんてどれも見慣れたものだ。しかし……
「……あのモニター、どうしたんだ?」
教室の黒板を挟むように設置されたプロジェクターから、ホログラムスクリーンが展開されていた。Pデバイスの腕輪型端末に内蔵されたホログラムスクリーンと仕組みは同様のもので、その最大展開サイズが腕輪型端末より大きく、従来でいうテレビの代わりや、娯楽用、教育用として用いられているのがこのホログラムプロジェクターだ。普段は必要な時以外はオンにされていないはずだが。
「さっきホロスクの電源が突然オンになったんです……。全ての教室で、全てのスクリーンが」
「……え」
映っているのは、Pデバイスを開発した『アルヒェ社』のロゴ。画面の真ん中で荒波にもまれている帆船を描いたロゴマークがクルクルと回転している。
アルヒェ社は、頸椎に埋め込むマイクロチップ、腕輪型端末、そしてホログラムスクリーンなどの現在では当たり前となったあらゆる先進技術を開発・実用化、そして普及させた超巨大企業だ。
この異変は、Pデバイスの通信障害から始まった。そして今、Pデバイスを開発した企業であるアルヒェ社製の電子機器の電源が突然オンになった。……偶然だとしたら、あまりのも気持ち悪い偶然だ。
そして、ブン、と音がして、ホロスクの画面が切り替わる。
「……なんだ」
映し出されたのは、白髪の老人。体は細く、目に感情はなく、まるで、すでに死んでいるかのような老人だ。近未来的なデザインの電動車椅子に乗って、アルヒェ社のロゴを背景に佇んでいる。
教室に集まった僕らは、何も言えずただその画面を凝視する。
彼は咳払いをすると、ゆっくりとドイツ語で語り始めた。
『Guten tag . Ich heiße Bern』
そして少し遅れて、ドイツ語が日本語へ翻訳される。日本で外国語の授業が縮小されるきっかけになった、超高性能な自動音声翻訳AIだ。日本語のような複雑な言語にも対応しており、声音から感情を読み取り、さらに利用者と似た声をAIが生成する優れもの。
そのおかげで、僕らには白髪の老人がまるで流暢な日本語を話しているように見える。
『こんにちは。私はベルンという。……アルヒェ社の創始者……と言った方が諸君らには分かりやすいかな』
【次回予告】
【用語解説】
【あとがき】
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