第10限 終末の管理者
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
同時刻、スイス、某市。
中世の面影を残していた美しきその町は、今、各所の交通事故と、伴った建物の火災、崩壊、そして理性をなくした人間が、そうでない人間を襲うという前代未聞の、正体不明の危機に陥っていた。立ち上る黒煙と、重なる悲鳴と絶叫。
そんな大混乱の街を見下ろす丘の上に佇む古城……アルヒェ本社ビルでは、同社代表取締役兼創始者のベルンが、電動車椅子を頚椎マイクロチップから発する信号で操作し、薄暗い社内の廊下を進んでいた。夜間でも様々なサービスに対応するために、たくさんの社員がここで働いていたが、今は静かなものだ。
だが時折、生き物から発せられたとは思えない不気味な叫び声が、建物に響く。
『……ぶぐぐがあ』
廊下の曲がり角から、日本の桐可学園に現れたものと同様の化け物が姿を現した。目の焦点はばらばらで、体を痙攣させ、よたよたと不安定に歩く、灰色の肌をした化け物は、スーツや髪型が乱れるのも関係なしにベルンに襲い掛かろうとする。口を大きく開け、涎をまき散らしながら、両手をいっぱいに広げてベルンに飛び掛かる。
しかし、それにベルンは一切動じずに、「どけ」とだけ呟いて右手を化け物に翳す。彼の右手親指の付け根には、頸椎のものと似たもう一つのマイクロチップが埋まっている。それが皮膚越しに青白く発光したと思うと、化け物は電源の切れた機械の様に、勢いそのまま床に倒れ伏した。ベルンを襲おうとした化け物の全てが、彼に何の危害も加えられずに、廊下でばたばたと倒れ、死んでいった。
「どこだったかな」
ベルンは廊下を我が物顔で進みながら、いくつもある部屋の中から、目的の部屋を探していく。
「ここだな」
彼がやって来たのは、アルヒェの製品情報をネット配信でユーザーに届けるための配信室だ。部屋の扉はセンサーで登録されたマイクロチップを確認すると、自動で開き、ベルンを歓迎する。
暗かった室内はベルンの入室を認識すると、入り口の手前から順に明かりを点灯させていき、青と白を基調とした未来的な室内を照らした。それと同時に部屋の中央には巨大なホログラムスクリーンが浮かび上がり、そこに荒波に揉まれる帆船のロゴ……アルヒェの象徴が表示される。さらに「こんばんわ。ベルンさま」とPデバイスにも搭載されているAI音声アシスタント・パロマの機械的な女性の声が室内に響いた。普段ならこのアナウンスに続いて、配信室の従業員たちが立ち上がり、ベルンに挨拶をするのだが、部屋が無人の今、彼を出迎えたのはその音声だけだ。
「ここにはいないか」
化け物が部屋の中にいないことを確認して、彼は自分のPデバイスを行使し、カメラの電源を入れて世界中に動画を配信する準備を整える。ベルンは車椅子を操作し、壇上へ向かい、手の平をカメラへ向け、機材を遠隔操作して録画を開始した。
咳払いを入れてから、彼は口を開く。
「Guten tag. Ich heiße Bern von der Firma Arche」
彼の言葉は高性能AIの自動翻訳機能により、あらゆる言語に訳されて、世界中に配信される。
【次回予告】
舞台は日本に戻り、主人公たちの対応と反撃が始まる。
【用語解説】
ベルン……アルヒェ創始者。天才プログラマーとして知られ、彼を中心としたたった数人のメンバーが「Pデバイス」を開発した。下半身を動かすことができず、電動車椅子がなければ移動できない。コンピュータウイルスによる世界の終末を引き起こした張本人である。
【あとがき】
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