2.ネフィル―11
コンドウはぎりぎりと歯軋りしたいのを必死に堪える。
『─つまり、見失ったと─?』
黒く丸い羅針盤のような上で、空中に浮かび上がっているトオヤマが冷たい声を出した。その顔は表情筋が死んでいるように起伏がない。美人の部類に入るはずなのだが、短く切った髪に軍帽という出で立ちで、女性の色香を全く感じさせない。
「申し訳ございません。まさか暴走するとは…」コンドウはただただ平伏する。
すると、トオヤマの横からでっぷりと肥えた男がぬるりと顔を出した。七三分けが脂でてかり輝いているように見えた。
『─まさかじゃないだろう!召喚者を失踪させる等、監督員失格だ!この恥晒しめ!─』
そう言葉を放ったササキに対してコンドウは猛烈な殺意を覚えた。だが今回の非は自らにあり、この小太りな男を殺したところで状況は全く良くならない。コンドウはそう自分に言い聞かせる。
『─下がれササキ、今はそんなことは二の次だ。ラミエルの確保が最優先だろう─』トオヤマの冷めた声にササキがフェードアウトする。
『─はい。ごもっともでございます─』ササキが先程までとは打って変わって、気色の悪い猫撫で声を出す。それがコンドウの耳に纏わりつき鳥肌を立てさせた。
『─コンドウ、当初の作戦は中止。お前はそのままラミエルの追跡を続けろ─』トオヤマはササキの擂った胡麻を全く意に介さない様子で、コンドウへ言った。
「は。ですが現在ヒガシノクニとの国境付近であります。郊外とはいえ敵国内、このまま活動を行うのは…」
『─貴様が撒いた種だろう!何を甘えたことを言っているんだ!─』またもやササキの喚き声が聞こえてきて、コンドウの腹の中は煮え繰り返る。
『─分かっている。そちらにシェムハザを送る。それでいいな─』
「え」『─え─』トオヤマの言葉にコンドウとササキの声が重なった。コンドウは生理的な嫌悪感を抱いたが、それよりも今の決定の方が信じられなかった。
『─いやー、ですが総督、それはつまり私に行けと…?お言葉ではありますが─』ササキの言葉が探るように這ってくる。
『─何だ、私の決定に不服でもあるのか─』
『─い、いえ!滅相もございません!─』
ササキが来る。この俺の尻拭いのために。コンドウのプライドがずたずたと音を立てて削れた。だが総督の命令だ。今回のことで自分の地位が揺らいでいることにも気付いている。ここはこの措置を甘んじて受け、挽回の機会を窺うしかない…か。
「承知いたしました。ではササキ殿、私はこの場で待機いたします」
『─ふん─』ササキが通信越しに蔑んだ目を向けてくる。それに対する嫌悪感を、コンドウはおくびにも出さない。
『─報告します!─』
ササキの後方から別の男の声がした。それにトオヤマが応える。
『─どうした─』
『─は!現在失踪しているラミエルの現在地が特定できました─』
『─そうか。場所は?─』
男の声は自らの手柄を声高に示した。
『─はい!現在南へ向かって進行中。目的地はヒガシノクニの都、東都・江戸であると推察されます!─』




