3.西の邦の王―1
「天子さま、起きてくださいまし」
やたらと耳に付く、女の高い声で呼ばれた。天子と呼ばれた男児は眠気眼を億劫そうに開ける。
視界が、覗き込む女の顔で覆われていた。ぱちりとした目。栄養が行き渡りふっくらとした頬。柔らかい亜麻色の髪。それらのパーツは天子にも見慣れたものだったが、それを見慣れない装飾が囲っている。
血色のない白粉面に黒い麿眉。口を開く度に覗く御歯黒。髪を纏める華美な櫛。意識を取り戻すといつも、違和感に戸惑う。戸惑うが、仕事だから仕方がない。
「おはよー、ネネ」
天子は欠伸をしながら身体を起こす。どうやら畳の上でごろ寝をしていたらしい。
「もう、また斯様な処でお眠りになられて。風邪を引いても知りませんよ」ネネが窘めてくる。オレのママかよ。という指摘は飲み込んだ。
「でー、なに?」
天子は、起こした子どもの身体をそのままネネの方へ傾ける。が、まだ本調子ではなかったのか、身体を支えようと出した手がぐにゃりと曲がった。
あ、と思ったときには顔面が柔らかいもので包まれていた。同時にネネの短い悲鳴が上がる。
グーパンチが飛んできた。それが天子の頬にクリーンヒットする。
「ななななにを為されるのですかっ!はは破廉恥なっ!」
ネネが白粉を真っ赤にして胸元を両手で隠していた。どうやら彼女のふくよかな十二単の胸元に顔を埋めてしまったらしい。
「すみません。お陰で目が覚めました」天子はとりあえず謝罪した。
こういうことは迅速な対処が必要だ。ハラスメント撲滅運動の旗振り役が率先してセクハラしたなんて思われたら不味い。組織が瓦解しかねない。
「ま…まあ、謝られるのも癪なのですが…」
「?」
「…と、とにかくっ!宮司が来てます。何やら報せがあるとのことで」
「報せ、ねぇ」
ネネが溜飲を下げてくれたことに胸を撫で下ろしつつ、天子は立ち上がる。




