2.ネフィル―10
「大丈夫だよ。あの子いい子だし」
エミはそう言うとずんずんと、来た方向へと歩き出した。
「ちょ、ちょっと待てよ!」遅れてリュウは追いかける。
ふと振り返ると、ノジマが老婆を気遣いながら付いてきていた。健脚とはいえ流石に子ども歩速に付いていくのは厳しいのか、二人は少しずつ離れていった。
リュウは一瞬、自分も歩みを遅くした方が良いだろうかと思案したものの、結局エミを追いかけることにした。老婆にはノジマが付いている。今はエミを一人にする方が危ない気がする。別の意味で。
前を向き、エミの背中を探すと、もう随分と先まで行っていた。「おい、待てって!」リュウはそう言って駆け出す。
すると、振り返ったエミが笑った。そして急に走り出した。
あいつ…っ!リュウも向きになって追いかける。けれどエミは鬱蒼とした森の中を跳ねるように駆けていき、距離がどんどんと離されていく。
どうなってんだよ!あまりの速度の違いに理不尽さを感じながらも、リュウは諦めなかった。懸命に足を動かす。
やがて前方が明るくなってきた。その光に向かってエミが飛び込んでいく。リュウも負けじと速度を上げて飛び込んだ。
急に視界が開けた。明るい日中の太陽が空のてっぺんからリュウのことを照らしている。そして目の前にはエミと、その傍らに見慣れた馬車があった。
なんだ、何ともねぇじゃんか。
変わらぬ我が家。だがどこか違和感があった。その違和感を払拭しようと隅々まで目を走らせる。車輪、小屋、屋根、窓、…あー、馬がいねぇな。
違和感はこれだろうか。そう納得しようとするリュウの中で、直感が首を振った。
違う、そこじゃない。
じゃあどこだよ。禅問答でもするように自分に問いかけながら、視点を徐々に全体を俯瞰するように動かした。そうすると馬車の周りだけ何だか暗い感じがした。
何だ…?周りが暗いというより背景が暗い。馬車越しに見えるはずの瑞々しい緑が見えない。
と、その背景が動いた。
呆然としながら、リュウの目がその動きを追う。
すると馬車の陰から夥しいほどの白い何かが行列を成して現れた。
リュウの呼吸が止まる。
その行列に続き、つぶらな、透き通る光沢のある丸いものが見えた。その真ん中の、黒いものが縦に細長く伸びてリュウを射竦める。
今朝の生臭い息が蘇る。
「オオ…トカゲ……」リュウはまた、消え入りそうな声を出した。
「ほら、これガブ」エミは笑顔でそう言った。




