【9月30日非公開予定】言葉の強制力
暴かれた過去……それはこの男の推論でしかない。だけど事実は、気持ち悪いくらいに一致していた。それを聞いて、少なからず動揺してしまったのは間違いない。
このまま頭突きをすれば、それだけでこの男の命を奪える……なのに、私の体は動かなくなってしまっていた。さっき体が動かなかったのとは、また別の感覚。
「そう、なんだね。そうか、つらかったね……けど、それでこの世界の人たちを殺すのは間違ってる。今からでも遅くないさ、こんなことやめるんだ」
その言葉は、私の耳に届き……奥の奥に染み渡るような感覚さえ思わせる。まるで、恋人に甘い言葉を囁くような……抗おうにも抗えない。
私の動きが止まり、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアはにこにこと笑顔を浮かべている。それは、私がこの男と初めて会ったときに浮かべたもの。それと、同じものだった。
最初は、イケメンゆえにその笑顔を疑うことなくころっと信じてしまった。でも今では、その笑顔に胡散臭さしか感じない。
それを理解しているのに、体は動かない。それは私の心を揺さぶる、まるで魔法みたいだ……
「……わかった」
「そうか、わかってくれたか……」
「とでも、言うと思った?」
もしもこれがハッピーエンドの物語なら、この男の言葉にうなずき改心したのかもしれない……けど、こんな戯れ言で私の復讐心が消えるわけがない。
私の言葉が予想外だったのか、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアは目を丸くしている。ふふ、ここにきてようやく、あんたの余裕な表情を崩せた気がするよ。
「私のことをわかった気になって、言葉で誘導できればちょろいと思った? 私に起きたこと……それはお前の推理通りだよ。その復讐心を、お前の戯れ言なんかで消し去れるとでも思った?」
少し、わかったことがある……この男は、一般的に魔法と呼ばれるものとは少し違うものを使っている。さっきの金縛りや今の、この男の言葉が私の心に染み込んでくる感覚……それは魔法とは違うけど、魔法よりも強力なもの。
ウィルドレッド・サラ・マルゴニアの言葉には、そういった強制力のあるものだ。それがなにかは知らないし知りたくもないけど、こいつの余裕の表れはそのせいだろう。
「アンズ……しかし、ボクの言うことは間違ってないだろ? キミのしていることはただの……」
「八つ当たり……そうだよ、わかってる。わかった上で、私は私のすべきことをしているんだ。私は、お前たちを絶対に許さない」
復讐……それが正しいかどうかなんて、私にはわからない。けれど、少なくとも私は、この行いに後悔なんてない。誰に恨まれようと、なんと思われようと、私は復讐を果たす!
「私を言葉で誘惑しようなんて、百年早い!」
「うっ!?」
ウィルドレッド・サラ・マルゴニアの言葉の強制力を、私の気持ちが上回ったのか、止められていた体は動きを取り戻す。
頭突きの最中で動きが止まっていたから、動き出したことでなににも邪魔されることなく、頭突きを打つことに成功する。
しかし、止められていたことで勢いが殺されていたのか……一撃で殺すには至らなかった。打たれた額を押さえ、後ずさりする奴の額からは、血が流れている。
「っつ……アン、ズ……」
「もう私の名前も呼ぶな。寒気がする」
この男から名前を呼ばれるだけで、背筋が震える。悪寒が走り、吐き気さえ感じてしまいそうだ。
それも、ここまで。この男の強制力はもう私には効かないし、この男に戦う力なんてないのはわかっている。今度こそ、邪魔するものはなにもない。
「お、落ち着けアンズ。ほら、この国の王子であるボクを殺したら、いよいよこの世界を敵に回すことに……」
「わかってるでしょう、私はそもそも、この世界に復讐しに戻ってきたんだよ。そんなの脅しにもならない」
世界を敵に回すのが怖いなら、元々復讐なんて考えない。私は、身を滅ぼしてでもやらなければならない。お前たちが、私からなにを奪ったのかをわからせるために。
自分たちだけが助かったのに、助けた私からすべてを奪うなんて……そんなの、許せるはずがないだろう。
「! た、頼む! 待ってくれ、話そう! 話せば、わかるはずだろう、アンズ……!」
さっきまでの余裕が嘘みたいな、慌てよう。名前を呼ぶなと言ったのに。
兵士や魔法術師は私たちの相手にならない、グレゴやエリシアももうやられた、あの妙な男は復讐に燃えるユーデリアが相手をしている、ご自慢の言葉攻めはもう効かない……
この男に余裕を持たせていたそれらは、もうこの男を守ってはくれない。それがなくなったとたん、うろたえるなんて……所詮は、この程度の男だ。
こんな奴のために、私は……!
「違う、ボクはただ、召喚しただけだ! たまたまボクだっただけだろう!? 他の人間だった場合だってあるじゃないか!」
もう、なにを言っても耳障りな音にしか聞こえない。
「だいたい、八つ当たりで世界に復讐するなんて馬鹿げてる! そんなことしても、意味ない……キミの不幸がなくなったことにはならないんだぞ!?」
ゆっくりと距離を詰める私から逃げ、追い詰められていくウィルドレッド・サラ・マルゴニアだったが……ついに壁を背に逃げ場を失ってしまう。
助けてくれるものはもう、なにもない。
「ひ、いぃ!?」
私は、自分が今どんな顔をしているかはわからない。だけど、私の顔を見たウィルドレッド・サラ・マルゴニアがひどく青ざめた表情をしていることから……ひどい顔を、しているんだろう。
逃げ場のなくなった男の顔に、ゆっくりと手を伸ばし……その首に、手をかける。片手で、男にしては細いその首を締め付けていく。
一気に殺そうかと思っていたけど、気が変わった……こんな奴、あっさり殺したらもったいない。じわじわ、恐怖を味あわせながら、殺してやる。




