【9月30日非公開予定】なにを犠牲にしてでも
エリシアのような金縛り魔法か、それとも別のなにかかは知らないが……私が、動けもしないほどの力。それが、私の体を拘束している。
この男の、終始余裕な態度の正体はこれか。原理はわからないが、言葉に出したことを相手に強制する……そんな力が、働いている。
現に私は、『止まってくれ』、『その拳を下ろしてくれ』と言われた。それに従う必要はないはずなのに、体が勝手にその言葉に従ったのだ。信じたくはないが……この男の言葉には、なにかしらの強制力がある。
「こ、の……!」
「そんな怖い顔をしないでくれ、アンズ。そもそもキミがこの惨事を引き起こしたんだ……理由を聞く権利くらいあるだろう?」
白々しい……こうして私の動きを止めているのだから、さっさと私を殺せばいいのに。それとも、まだ善人のふりをするつもりか。
今思えば、初めて会ったときのあの笑顔すら……うさんくさく感じて仕方ない。この男の真意が、見えない。
「理由、か……人の人生狂わせておいて、私はなにも知りませんっていうその顔! 本当に、腹立たしい!」
「なにを……」
「あの子のこともそう……他の世界だろうが自分の世界だろうが、あんたには等しくゴミみたいに映ってるんでしょうね」
「さっきから、いったいなにを……」
そうだ思い出せ……私の復讐心は、こんな男の言葉に左右される程度に柔いものだったのか? いや、断じて違う!
どうなったっていい……この男を殺せるなら、体がどうなっても!
「お、ぉおおおお……!」
私の復讐は、この世界に対してだ。でも、この男ウィルドレッド・サラ・マルゴニアを殺すことが私にとって一番優先すべき事項……この男を殺さずして、私は死ねない!
だから……たとえこの腕がちぎれても、今動かないでいつ動くんだ!
「あ、アンズ……? 落ち着いて、それ以上はキミの体が……!」
あぁ、これはヤバイな。さっきの、エリシアの金縛り魔法も力付くで破ったけど……この拘束力は、それの比ではない。。体が、悲鳴をあげているのがわかる。
だけど、だとしても……引けない! 元々私は、この世界での復讐を果たすためには命さえ賭けても構わないと思って来たんだ! 今さらこんな痛み、屁のカッパ!
「うぎぎっ、くぅっ……ぅあぁああ!」
「アンズ、やめろ! アンズ!」
ブチッ……!
なにかがちぎれたような音……同時に、私の体の拘束が解ける。エリシアのときと同じように……いやあれ以上の代価を支払って、私は自由を得た。
その足で、目の前の男……ウィルドレッド・サラ・マルゴニアの胸ぐらを、掴もうと手を伸ばす。右腕の感覚が、ない。仕方ない、左腕だ。
片腕のみの力だが、驚くほど簡単に体を持ち上げることができた。ウィルドレッド・サラ・マルゴニアは、抵抗することなく私に体を持ち上げられ……それでも苦しそうな表情を浮かべている。
「ぅ、くっ……アンズ、なんてバカなことを……腕を、なくしてまで……」
「私にとって、これ以上失うものなんてないんだよ」
ウィルドレッド・サラ・マルゴニアの視線は、私の右腕に……いや、右腕があった場所に注がれている。そこに、本来あるはずの右腕はくっついていなかった。
さっきの、なにかがちぎれたような嫌な音……それは、右腕がちぎれた音だったというわけだ。それほどまでに拘束力はすさまじく、また抗う私の力もすさまじかった。
結果、右腕を失った代わりに拘束から解放された。
解放されたのは、右腕がちぎれたことで体全体にかかる拘束力の負荷が弱まったからなのか、それとも右腕がちぎれたことでウィルドレッド・サラ・マルゴニアが動揺し意識を途切れさせたからなのか……それはわからないが。
……まあ、いい。右腕を失った痛みも不思議とないし、残った左手でウィルドレッド・サラ・マルゴニアを掴まえた。この手の中に、この男の命がある!
「アンズ……そこまでしてボクを……」
「うん、殺したかったよ。会いたくて会いたくて、殺したくて仕方なかった」
お前さえいなければ、私は……私の世界は、壊れることはなかった。
「わかったよ……ただ、約束してほしい。ボクを殺したら、もうこの国……いや世界の人間には手を出さないと……」
「それは無理」
命乞い……するでもなく、他の人間の命を優先させるなんて。死ぬ前に、少しでもいい人ぶっておこうってことか?
でも、そのお願いは聞いてあげられない。私はお前を殺したい……でもそれと同じくらいに、この世界を壊したいと思っているのだから。
「お前を殺したら、次はグレゴとエリシアに確実にとどめを刺す。あの男はユーデリアの獲物だから……その次はこの国の人間全部。それが終わったら、また近くの村や町を壊していく」
「キミは、ボクが憎いんだろう? なら、ボクを殺したらもう終わりに……」
「うん、憎いよ。それと同じくらいにこの世界も憎い……じゃないと、ここに来るまでに騒ぎは起こさない」
この男だけが目当てなら、わざわざ自ら足止めをくいにいく必要はない。情報だけを集めて、この国へ来ただろう。
それをしなかったのは、私の復讐対象がこの世界だからだ。その私に、自分の命と引き換えに手を引け? あり得ないだろう、そんな要求。
「世界が……憎い?」
「じゃあね。この世界に召喚してくれたこと、心の底から恨むよ」
右腕……はないから、頭、いや額に身体強化の魔力を集中させる。こんな柔男、渾身の頭突きで一発だ。
頭を振りかぶり、額を思い切りぶつける……それで、済むはずだった。
「そうか……キミの世界で、キミに不幸が起きたんだね?」
「……!」
額が激突する直前に、動きが止まる。
「ボクを憎むだけでなく、この世界を憎んでいる。一度元の世界に帰ったはずのキミが、わざわざこっちに戻ってきてまで破壊行為に及ぶほどに憎しみを募らせている。キミをこの世界に召喚したのはボク、キミをこの世界の『勇者』に選んだのはこの世界。……つまり、キミがこっちの世界にいる間、キミの身の回りでなにかがあった。これほどの憎しみが生まれるということは……身内関係かな。身内になにがあった。それがなにかまではわからないが……キミがこの世界にいる間に起こった、いやこの世界に来たせいで起こったの方が正しいかもしれない。その結果、キミをこの世界に召喚したボクと選んだ世界が許せなくなった。それがキミがこんなことをするようになった理由……違うか?」
今にも、命が奪われるかそうでないかのこの時に……ウィルドレッド・サラ・マルゴニアは表情一つ変えることなく、自身が組み上げた推理を披露した。
その正確さに私が驚愕していることに、果たして気づいているのだろうか。




