【9月30日非公開予定】たいした忠誠心
「ぐ、かっ……アン……」
手をかけたウィルドレッド・サラ・マルゴニアの首は細く、両手を添えれば女の私でも簡単に絞め付けることが可能なほどだ。ま、今の私には片手しかないんだけどね。
その体を持ち上げると、私が手に力を込めなくても重力の関係で自然と体重がかかる。
それが原因となり、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアの首はなにもしなくても絞まっていく。このままなにもしなくても……
「ぁっ、が……たず、け……!」
あの余裕な態度はどこへやら。今じゃ目に涙を浮かべ、私に助けを乞うている。口からはよだれを垂らし、だらしない姿だ。うわ、汚いなぁ。
じわじわ殺すつもりだったけど、この男のこんな顔、こんな至近距離でこれ以上見たくないし……もうこのまま殺しちゃおっかな。手に力を入れるだけで……
「……」
ガキンッ……!
「あー、さすがにモタモタしすぎたかな」
視界の端に映った、銀色に光る物体……体が自然に反応し、それを受け止める。銀色のそれは、鈍く光る剣だ……倒れていたはずのグレゴが、そこにいた。
なにも邪魔が入らなかったとはいえ、少しモタつきすぎたかな。それでも、この短時間で意識を取り戻し、その上私に剣を向けるなんてさすがの精神力だ。
この精神力こそが、グレゴが『剣星』と言われる一番の理由と言ってもいいだろう。
「げほっ、アンズ……王子は、やらせ……ない!」
「おとなしく寝てればいいのに。多分、内臓ぐちゃぐちゃなはずだよ」
ただ……私にはわかる。グレゴの体は、もうボロボロだ。平気なふりをして立っているし、外見からはそんなに目立たないからたちが悪いだけ。
本人も、それはわかっているはず……
「かま、わん……王子、を、殺させは……しない」
なのに、引かない。一歩も。わからない、なんでこうもボロボロになってまで、この男はのために戦おうとするのか。
この男にそんな価値なんてない。ただ、それを言ってもグレゴの耳には届かないだろうし、それこそ殺さない限り何度でも這い上がってくるだろう。
こうまで何度も私に向かってきたんだ。ただ殺すのはなんだか、つまらない。どうせなら、グレゴにも絶望を与えたところで……
「あ、そうだ」
いいことを、思い付いた。このままウィルドレッド・サラ・マルゴニアを絞め殺すよりも、そっちの方が面白い。グレゴにも効くだろう。
「グレゴ、そんなに力を込めたら危ないよ……あ、手が滑った」
グレゴは今、私に剣を振り下ろしている状態。それを私は残された左手で受け止めている。そのせいでウィルドレッド・サラ・マルゴニアが手から離れ、地面に尻餅をついた状態だ。
逃げられるかもと思ったが、本人は咳き込み呼吸を整えようとするのに夢中でそれどころではないらしい。これから、言葉を話すこともできまい。
で、私はと言うと……受け止めていたグレゴの剣の軌道を変える。受け止めていた状態から、手を添え軌道を導く形で。それは、すでに勢いの乗ったものだ。いかにグレゴでも止められない。
剣の向かう先……それは私が操作し、振り下ろされていく。その先にあるのは……
「!? ぎ、ぁあああぁあ!?」
「お、王子!?」
ウィルドレッド・サラ・マルゴニアの右腕……それは、グレゴの剣によって切断された。正しくは、私が誘導したグレゴの剣によって、だけど。
ただまあ、結果だけ見れば……グレゴが、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアの右腕を切り落とした。
「あぁあっ、右腕! ボクの、み、右腕ぇええぇ!?!?」
「これでお揃いだね。全然嬉しくないけど」
切断面から出血し、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアよ顔はみるみる青ざめている。きっと、今まで生きてきた中でこんな大怪我したことはないのだろう。
私と同じ苦しみ……そんなの、外見だけの話だけど。それに、自己魔法で血を止めるだけでも治療した私と違い、この男はそんな真似はできない。
魔法大国の王子が魔法を使えないなんて、笑える話だ。ま、そのおかげでこいつに痛みを味あわせることができる。
「あ、あぁ……お、おれ、の、剣で……王子を……」
さすがのグレゴといえど、自分の剣が守るべき者を傷つけた事実に動揺を隠せない。肉体も、精神も……グレゴには、相当堪えたようだ。
なにせ、忠誠心の高いグレゴがその剣で、守るべき者を傷つけたのだ。自分の意思でないにしても、その事実は消えない。
「ごめんねグレゴー、でも何度も邪魔するから悪いんだよ?」
これでも、グレゴの剣でウィルドレッド・サラ・マルゴニアの命をとる、という行為をしなかったのだから褒めてもらいたい。まあ、それは自分のためだけど。
自分の手でとどめを刺せないんじゃ、意味がないから。
「あぁああっ、腕、うでぇええ! 頼む、アンズ……血を、せめて血を、止めてくれぇえええ!!」
「……」
この状況で誰かに助けを求める気持ちはわかるけど、よりによって私に……
「あぁあ、血がなくなっ、て……し、死ぬ……し……」
「安心しなよ、これで死んだら私がとどめを指したことにならないし」
私が魔法で血を止めるのは、もちろんこの男を助けるためではない。グレゴの剣による出血死なんてしちゃったら、私が手を下したことにはならないじゃないか。
グレゴにこれ以上の絶望を与えるならそれもありだけど、私がもっと絶望を与えたいのはウィルドレッド・サラ・マルゴニアだ。それに、グレゴはすでに放心してるしね。
右腕を失った程度で、私の気持ちが晴れるわけない。
「あぁ、血が、止まって……ぅあ、ぐぅっ……」
血は止める。ただし、痛みが消えるわけではない。そんな真似ができるのは、エリシアくらいだ。ここにいる魔法術師では話にならない。そのエリシアも今は、ユーデリアによって氷付けにされている。あれなら動けないし、魔法だって使えない。
戦いながらきちんとエリシアも封じるなんて、あの子やるなぁ。言葉を話せる、動作一つで状況をひっくり返せるエリシアの止め方をよくわかってる。
よって、エリシアの助けもない。ちなみに、私には一般の魔法術師ほどの力もないので、今だって腕がなくなって痛い。油断すれば泣きたくなるくらいに。
その痛みを凌駕するくらい、復讐の気持ちでいっぱいなだけだ。
「民、臣下、腕……次は、なにをあんたから奪おうか?」




