【9月30日非公開予定】『剣星』と『魔女』と『英雄』
地面が、へこむ。衝撃が逃げ場を失い、足元へ……そして、地面を陥没させる。クレーターが、できる。
それほどまでに私の拳と……この拳を受け止めたものとの衝突がすさまじいということ。本来なら、受け止めたものもろとも本人を吹き飛ばすとこだが、それは叶わない。
なぜか? それは……
「くっ……面倒な奴が……!」
「おいおい、ご挨拶だな。ひでー言い様だ」
私の拳を受け止めたその男が、勇者パーティーのメンバーだったグレゴ・アルバミアだったからだ。細い剣一本で私の拳を受け止める姿は、さすが『剣星』と呼ばれるだけのことはある。
普通なら、あんなほっそい剣折れて、そのまま奴の体に拳を打ち込むのに。今の一撃なら、それができたはずだ。
「俺を知ってる風だが……俺ってそんな有名人? それとも、どっかであったことあるとか? 顔見せてくんないか?」
一旦距離をとり、呼吸を整える。
飄々としてつかみどころのない男だったけど……あのときのまんまだ。相変わらず、なにを考えてるか読めない。
「わ、わ! なにこれ……ひどい」
続いて、グレゴの後ろから女性の声が。それは、同じく聞き覚えのあるものだ……懐かしさを感じるが、あいにく感慨にふけってはいられない。
「エリシア・タニャク……」
「! あなたが、こんなひどいことを……!」
そこにいたのは、グレゴと同じく勇者パーティーのメンバーだった女性……エリシア・タニャク。勇者パーティーのヒーラー、というのだろうか。
魔法の中でも回復魔法がずば抜けていて、『魔女』と呼び名をつけられた。幾度と私達の窮地を助けてくれたのが彼女だ。
結果的には死んでしまったメンバーもいたが……彼女がいなければ、私もグレゴも、残ったメンバーも全滅していただろう。
本来、戦いは苦手な彼女……それでも勇者パーティーとして戦ってくれたのは、世界を救いたいという確固たる意志があったからだ。そんな彼女が今、私に対して怒りを孕んだ瞳を向けている。
それはそうだろう。周りは、あちこちに兵士が倒れている。中には、死んでいる者も……血のにおいも、風に乗って辺りを漂う。心優しい彼女にとって、見過ごせる光景ではない。
そしてこんな光景を生み出した私のことも、許せるものではないだろう。
「答えて! あなたが、こんなひどいことをしたの!?」
「おいおい、そんなもん見りゃ明らか……」
「うるさい黙ってて!」
「……へいへい」
やれやれ……相変わらずお心優しいことだ。この現状を見て、わざわざ私に確認をとるか?
ここで「やってない」「私じゃない」と言えば、この女はどんな反応をするんだろう。
「そう、私がやったの」
けど、ここで嘘をつく必要も意味もない。だから私は、ただそれだけを……私がやったという事実だけを、答える。
それを聞いた彼女……いやエリシアはうつむき、肩を震わせる。あれが笑っている訳じゃない……というのは、仲間だった私でなくともわかることだ。エリシアは今……
「……許せない!」
怒っている。
「落ち着けよエリシア。この侵入者、かなりのやり手だ。ここにいる兵士が束になっても勝てない……もちろん、お前一人でもな」
しかしそんなエリシアを、グレゴが宥める。つかみどころがないように見えて、実は一番冷静なんだよな……あの頭のキレがなかったら、やっぱり私達は危なかっただろう。
そんな二人と私は……今、殺し合いをしようとしている。まったく……
「せめて、城の敷地内にくらいは入っておきたかったんだけどな」
「ご期待に添えず悪いな。けど、こいつの『転移魔法』がなければ間に合わなかっただろうな」
こいつ、と言いながらエリシアを指す。今……『転移魔法』って、言ったのか? なんだそれ、私知らない。
察するに、マルゴニア王国での騒ぎを聞き付けた二人が、エリシアの『転移魔法』とやらでここまで移動した……っていうことなんだろう。離れた場所にいても、それならワープみたいに一瞬で移動できるってことか。
私の知るエリシアは、『転移魔法』なんて使えなかった。つまり、私がこの世界から去ってから覚えたっていうことだろう。それも、生半可な努力じゃなく。
……成長したんだね。
「しかしまあ、この国の兵士だってそれなりに鍛えてるのに……噂以上にできるらしいな、あんた」
「ふーん、まさか元勇者パーティーのメンバーさんに気にかけてもらえてたなんて、光栄だよ」
「はっ。力の使い方が正しけりゃ、もっといい待遇でお出迎えしたんだがな。それこそ、お互いを高めあう切磋琢磨の関係、とか? ……けど、さすがにここまでのことをやってくれた奴を、のさばらせておくわけにはいくまいよ。あんたがどこの誰でも、俺はあんたを斬る」
グレゴはグレゴで、変わらない。まっすぐな暑苦しい男……それゆえに、周りからの信頼も絶大だ。
さっき、剣で私の拳を防がれてからわかったことがある。彼も、私がこの世界から去ったあと、努力を怠らなかったのだろう。以前よりも力がみなぎっている。
「だがまあ、もしもあんたが素直に投降するなら少なくともこの場では斬らん。いろいろ聞きたいこともあるしな……その代わり、戦うつもりなら命の保証はないと……」
はぁ、だから先に城に……せめて敷地内に入っておきたかったのに。そこならば、あの二人も派手な動きはできない。この街中以上に、ね。逆に私には関係ない。その隙をつこうと思ったのに。
それは卑怯だって? そうだよ……だって私は、この二人と戦いに来たんじゃないんだから。私はこの二人を……
「!」
ガギィンッ
「グレゴ!」
「話の途中に……ちっ、問答無用かよ!」
殺しに来たんだから。
「ガルルァア!」
「ひっ!?」
私がグレゴを押さえ、その間にユーデリアがエリシアを仕留める……示しあわせたわけではないが、すでにこの考えがユーデリアの頭の中にもあるようだ。
『剣星』と呼ばれるほどに剣術に特化したグレゴ……正直、ユーデリアでは部が悪い。確かにあの氷は見事なものだったが、気温の変化などグレゴにとってはさして問題はないだろう。それほどまでに体を鍛えている……あいつは変態なのだ。筋肉ダルマなのだ。
逆に、エリシアならば魔法を使われる前に、懐に入ってしまえば問題ない。あまりに近すぎる敵に魔法を使おうものなら、自分も巻き込まれる可能性があるから。
それに、ユーデリアならば魔法を使われたとしても、あの素早さや氷でどうとでもできる。逆に私の場合、懐に入ることは可能でも、万一遠距離から魔法を使われまくったら防戦一方になってしまう。
「くっ……はなれ、て!」
「ガルルゥ!」
エリシアは身体強化の魔法を使い、距離をとろうとするが……ユーデリアは、それを許さない。常に並走を続ける。
このままでは、エリシアのスタミナが尽きるのが早いだろう。自身の体よりも魔法技術を磨くことに時間を費やす……魔法術師とはそんな生き物だ。
「エリシア! くっ……!」
そんなにお仲間が気になる? グレゴ。私の拳の連擊を止めるのは大したものだけど、チラチラよそ見を……
集中しないで勝てるほど、『英雄』と呼ばれた私は甘くないよ?
「……っ……かっ……!?」
私の拳の連擊を止めることに夢中、そしてエリシアに気をとられていたグレゴには気付けるはずもない……グレゴの背後から、『呪剣』が忍び寄っていたことを。
それを知るのは、『呪剣』に、背中から剣が突き刺されたあとのことだ。




