【9月30日非公開予定】アンズ・クマガイ
「……なんの、つもり?」
振るわれた剣を、私は拳で受け止める。ちゃんと峰を狙って打ったけど、それでも一歩間違えれば刃で切れてしまいそうだ。
「おぉ、受け止めるとは……やっぱり俺の思った通りだ、素晴らしい! やっぱり欲しい……!」
「……本性現したな、変態」
コルマのその目は、先ほどまで私達に見せていたそれとはまるで違う。欲しくて欲しくてたまらないおもちゃを前にした子供のような……まさに、本人が言った通りのものだ。
こいつ、私のことをそんな目で見ていたのか!
「ぇ……あ、アルファード殿?」
ようやく事態の異変に気づいたのか、リーブスが呆けた声を漏らす。その向こうでは、ロッシーニが驚愕に染まった顔を浮かべている。
なるほどつまり……この二人の前でも、初めて本性を見せたってことか。男の猫かぶりなんて、気持ち悪いだけなんだけど!
「ぐっ、なにこの力……!」
相手が並の実力しかないなら、こうして打ち合うどころか逆に弾き返してやるのに……全然、そうできない。なんなの、この力は!
この細腕のどこにそんな力が……いや、それともやっぱりこのへんな剣に原因が?
「どうしたアン、その程度か? いやそんなはずない。もっとだ、もっと出してくれ力を。もっと俺を興奮させてくれ!」
「うるっさいこの変態が!」
なにこいつ、まさか現在進行形で興奮してるの? 頬も赤いし息も乱れてる……疲労によるものではないのは明らかだし、どれだけ変態だよ!
なんでこんなのに狙われないといけないんだ!
「お、いいよいいよ、その調子その調子……」
「うっ、るさい!!」
「おっ?」
力を込め、強引にコルマを吹っ飛ばす。しかしコルマは、自分が吹っ飛ばされるのを予測してかあらかじめ自ら後ろに飛び、衝撃を減らした。
……その際、きちんと私に一閃することも忘れずに。
「ぐっ……?」
「お、今のを避けたのか。やっぱりやるねぇ」
振るわれた一閃は、体勢を崩したタイミングであるにも関わらず寸分違わず私の顔へと迫っていた。なので私は強引にのけぞり、一閃を回避。なんとか、目を切られるという事態は防げた。
その代わりに、頬に切り傷が刻まれる。全回避、とはいかなかったか……
しかも、同時にフードにも切り目が入り……剣圧によって、被っていたフードが脱げ、顔が露になってしまう。
「ついに、アンのきれいな顔を……ん? その顔は……」
ちっ……見られたか。
「まさか……まさか、『英雄』アンズ・クマガイ!?」
「……知ってるんだ、私のこと」
「むしろ知らない人間がいるのかい?」
顔を見られれば当然、正体もバレる。うぬぼれではないが、この世界を救った『英雄』である私の顔を知らない者は、まずいないだろう。
世界を救った際にパーティーみたいなやつで、大々的に世界中に顔や名前知らせてたし。そういう魔法もあるらしい。
まあ、あれだ。全国ニュース発信みたいな。
「世界を救った『英雄』……きっとそこにいる奴隷だって、せめて名前くらいは耳にしたことがあるだろう。それほどに、キミは有名人だ」
ほらね。
「あれ、でもおかしいな……確か『英雄』アンズ・クマガイは異世界から来た人間で、使命を果たしたから元の世界に戻ったと言ってなかったか?」
「……使命?」
その単語を聞いた瞬間、私の中で黒いものが渦巻いていくのを感じた。
使命、使命……そうだよ、その勝手な理由で私は召喚されて、魔王を倒すことを使命とされて、戦いたくもないのに戦って……帰るために戦って、戦って戦って……
「その結果がこれかぁ!!!」
「うぉっ!?」
踏み込み、距離をとっていたコルマの懐へ一瞬で潜り込み、拳を振るう。それをとっさに剣の刀身でガードしたコルマはやはりさすがだが……反応が一歩、遅い。
「この、力……!」
「お前達の勝手な都合で呼ばれて、戦って、お前達は救われて……私には、なにも残らなかった! なにもぉ!!」
「!」
力任せ……ただそれだけの私の一撃は、コルマの防御を打ち破る。剣を砕き、ボディに渾身の一撃を叩き込む。そのままコルマの体を吹っ飛ばし、今度こそ建物へと打ち付ける。
吐血し、膝をつく姿を見て、ようやくダメージが通った実感があった。
「あ、アルファード殿!」
ただ見るだけの商人たちは、一応コルマの味方をしているらしい。
ま、いきなり現れた縁もゆかりもない『英雄』と、長年いい付き合いをしてきた商売相手……どちらを応援するかは明らかだろう。
そんな応援とか、どうでもいいけど。
「く、クーマ殿……いや、『英雄』アンズ・クマガイ殿! これは、いったいなにがどうなって……」
知らないよ、襲ってきたのはあいつなんだからあいつに聞いてよ……と、わざわざ返答するのも面倒だ。
それに……あの男は、コルマはまだ……
「あは、ははは……あっはははは! いい、すごくいいよ! これが『英雄』サマの力か! あははははっはは! アンがあの『英雄』アンズ・クマガイ……最高だ! こんなに強い『英雄』を、俺の前に泣いて膝をつかせ、組み敷かせる……あぁ、想像しただけで俺は……俺はぁ!!」
ただ一言、気持ち悪い。それだけだ。
建物の壁に打ち付けられた奴は、すでに背骨が何本かイッてるはず。それだけではない、私の拳をまともにくらったのだ。なのにそれを感じさせないほど、気持ちの悪い台詞を吐きながら高笑いをしている。
まるで、ダメージが通っていない……いや、感じていないかのように。
「アンんん……あぁ、欲しい。絶対に、俺のものにしてやるよぉ」
「お断りよ、ゲス野郎」
あんたみたいな、女を……いや人を人とも思わない人間に好かれて誰が嬉しいものか。
立ち上がり、ゾンビみたいにふらふら歩いてくるコルマを見つめながらも警戒は解かない。効いてる……のか? ダメージがないみたいに振る舞ってるのは、ただの強がり?
それとも本当に……ダメだ、考えても仕方ない。今はとりあえず、この変態をどうにかする方が先だ。
「アン……アンんんん!」
「……!」
来る……そう、身構えた瞬間だった。
「えぁあああ!」
ガンッ……と景気のいい音を立てて、鈍器が……奴隷の首輪が、コルマの頭に叩きつけられた。




