【9月30日非公開予定】教育しきれていない獣
「……っ!」
声にならない驚きの声をあげたのは、私ではなかった。私の首筋を正確に狙い、噛みつこうとしていた少年……ユーデリアが、目を見開き驚きの表情を浮かべていた。
彼の狙いは完璧だ。とても、さっきまで奴隷として拘束され、死んだ目を浮かべていたとは思えないほどの行動力。そして……殺意。
なるほど、あんな目にあっていたのに、この子の目は死んでいない……私を、殺すための憎悪で満ちている。
「く、クーマ殿! 貴様ぁ!」
そこでようやく事態を把握したリーブスが、驚愕に顔を歪める。それはそうだろう……今までおとなしかった奴隷がいきなり飛び出し、買い主の喉笛に噛みつこうとしたのだから。
その上、それは失敗。代わりに、私に頭を掴まれ、動きを封じられているのだから。
「まだそんな目を……! どうなるかわかっているんだろうな」
「!」
怒りに震えるリーブスが、懐から鞭のようなものを出し、それを地面に叩きつける。バチンッと乾いた音が響く。
それを聞いた瞬間、先ほどまであんなに殺意にまみれていたユーデリアの気配が、小さくなる。その目も、憎悪を孕んだものから一気に怯えたようなものに。あーあ、せっかくいい目をしていたのに。
……いや、ユーデリアだけではない。その音を聞いた瞬間、他の奴隷も同じように震えている。なるほど、奴隷達の心を縛っていたのは、電気だけではなかったってことだ。
「落ち着いてくださいリーブスさん。私はこの通りピンピンですから」
「し、しかし……」
飼い慣らしたと思っていた奴隷に、まだ自分達に楯突くだけの気力があったのだと、驚き……よりも怒りの方が強いのだろう。
それにしても……驚愕に顔を歪めるリーブスと違い、コルマはその様子がない。涼しい顔をしている。私が死のうがどうでもいいのか……私が攻撃を止めるのを、わかっていたのか。
「申し訳ありません! 充分仕付けたつもりでしたが、まだそんな気力が残っていたとは……そんな欠陥品、お売りするわけにはいきません。私共で、再教育いたしますので」
「……!」
再教育……その言葉を聞いた瞬間に、ユーデリアの目は絶望に染まる。おそらく、これまでと……いや、これまで以上のひどいことをされてしまうと思ったのだろう。
教育と言えば聞こえはいいが、その実調教と言ってもいいだろう。買い主に噛みついたのだから、当然と言えば当然だ。が……こんないい獣を殺すなんて、とんでもない。
「いえ、それには及びません。ますます気に入りましたよ、この子」
「へ……?」
「……っ?」
気に入った……それは事実だ。その意味を理解していないリーブスも、当のユーデリアも表情にはてなを浮かべているが。
だって……こんなぼろぼろになっていても、私に、いや世界に抗うほどの殺意を持っていたんだもの。
「ねぇキミ……ユーデリアくん、だよね。私はアン、これから仲良くしよーね」
「ぐっ……ふ、ふざ、けるな! 誰が」
「仲良く、しよーね?」
「……!」
ようやくしゃべったと思ったら……身動きがとれないのに、反抗的なんだから。大丈夫、おねーさんは怖くないよー。
……ほら、おとなしくなった。うんうん、こっちが好意で迫ってるんだから、いつまでも反抗的じゃ困るよ。
「……食えない女だ。……まあいいじゃないですかリーブス殿、アンもああ言ってるんですし」
「しかし……」
前半、コルマがなにか言ったようだがよく聞こえなかった。しかし、コルマはリーブスのように渋るわけでもなく、むしろ私の後押しをしてくれる。
この男は本当に、どこまで私のことを?
「ぬぅ……まあコルマ殿が、なにより本人がいいと言うのだから、これ以上なにも言えませんな」
「ありがとうございます」
結局はリーブスが折れ、これで正真正銘、ユーデリアは私の奴隷となった。
それにしてもこの子……『いつでも寝首をかいてやるから覚悟しろ』みたいな顔しちゃってまぁ。そんな殺意バレバレの顔されると、なんかゾクゾクしちゃうな。
でも、私に対する殺意は後回し。まずは、協力者になってもらわないと。
「それにしてもすごいなアンは。この奴隷も素早かったが、それを受け止めるなんて」
「たまたまですよ」
「たまたま、ね。とてもそんな動きには見えなかったけど?」
まただ……なんなんだ、この男は。まるで、私のことを値踏みするように……
「惜しいな……アンみたいな奴隷がいれば、一生仲良くやっていける自信があるのに」
「…………」
こいつ……つまり、私を奴隷にしたいって思ってるのか? やだ、気持ち悪い。
今こいつの中では、私が奴隷であった場合どう犯し、侵し、なぶるのかを考えているのだろう。鳥肌が立つ。
「それは、お二人に期待してくださいよ」
「それもそうだね。安心しなよ、アンが奴隷だなんて、そんなこと妄想でしか……あぁいや、でも……あぁ、ダメだよ。そんなこと、考えちゃ……」
「……?」
なんだこいつ、様子が……おかしい。というか、さっきから……私がユーデリアの攻撃を受け止めた辺りから、変だ。元々変人なのを隠していたのが、オープンになったような……
「あぁっ、そのすべすべな肌、何事にも物怖じしない精神力、フードから覗く美しい髪、先ほど見せた戦闘のセンス、膨らみかけの胸、その隠しきれない殺意……その、強い瞳」
「っ……」
な、なにこいつ……気持ち悪! 肌!? 髪!? 胸!? ……それに、殺意って言った!?
急に、壊れたラジオみたいに変貌して……こんなキモいやつ、魔族にだっていなかったよ。
「はぁっ、は……も、もう我慢できない。アン、俺の奴隷になれ!」
「!」
まるで抑えていた欲求が爆発したように、叫び……顔を歪ませ、剣を抜く。その剣が振るわせるのと、私が拳を振るったのは、ほとんど同時だった。




