【9月30日非公開予定】氷狼族
私が足を止めた先にいたのは、私の腰ほどの背しかない小さな男の子だ。しかし、ただの男の子ではない。その頭に、獣の耳が生えていたからだ。
犬……いや、狼か? 尻尾も生えているし、狼の獣人ということだろう。……ただそれだけで、私は足を止めたのか?
「どうされました?」
足を止めた私のことを不審に思ったのか、リーブスが首をかしげる。自分でも、なんで足を止めたのかわからないんだけど……そんな私に、どこか納得したようにリーブスはうなずく。
「なるほど、それがクーマ殿のお眼鏡に叶ったと?」
「いや、その……」
「実にお目が高い。その奴隷は……氷狼族の獣人なのですよ」
お眼鏡に、とかそんなことはわからないが、リーブス曰く、この男の子はかなりのレア物らしい。聞いたことのない種族の名前が、その証拠だ。
「ひょう、ろう……族?」
「おや、ご存知ないのですか? 普通の狼族とは違い、その名の通り冷気を操る狼……それが氷狼族なのです。別名、フェンリルとも言います」
うーん……やっぱり聞いたことないな。ということは、やはりかなり珍しい種族ってことだろう。
勇者として旅していたときは、文字通りいろんな場所を旅していた……だから、大抵の種族とは会ったことがあるし、名前くらいならほとんど知ってるはずだ。
「へぇ……」
自分でも知らないうちに、この子がそれほどに珍しい種族だと見抜いたということなのだろうか。
でも、ただそれだけで……とは考えにくい。たとえば、この子に、私が興味をひかれるだけのポテンシャルがある、とか。
「キミ、名前は?」
「……」
気づけば私は、その子に話しかけていた。藍色の短髪に、髪と同じ色の獣耳。パッと見はただの狼族と見間違えてしまいそうだ。
その少年に、名前を聞く。が、その子はうつむいたままなにも喋らない。聞こえなかったのだろうか? なら、もう一度……
「クーマ殿からの質問だ、話せ」
「……!」
質問をし直そうか。そう思っていたところへ、別の声が。それはとても冷たく、胸の奥に響くような声だった。
その正体は、リーブス。それを受けた少年は小さく肩を震わせ、目を見開いた。そして、ゆっくりと顔をあげて……
「ゆ、ユーデリア……です」
唇を震わせながら、ゆっくりと自分の名前を告げた。
……あぁそうか。この子達は、この商人によって発言の自由すら奪われているんだ。さっきの電気により、肉体的にも精神的にも調教されている。
「そっか……」
その子の……ユーデリアの顔を、見る。正確には、目をだ。こうして目を合わせていると、相手がなにを考えているか、嘘をついていないかなど、大まかであるがわかる。
この子は……やっぱり、瞳の奥に黒いものが忍んでいる。
「あの、この子……いくらですか?」
正直、人相手にそんな会話をするのは気が引ける。いくらこいつらの間では、奴隷は物だという認識であったとしてもだ。
結局、私も、私の目的のためにこの子を利用しようとしてるってことだ。
「おぉ、おきに召しましたか! よろしいのですね!」
私が奴隷を買うことに、喜びを露にするリーブス。あ、これは私のことも、コルマと同じくお得意様にしようとしている目だな。
あんなのと同列に扱われるのは勘弁……だけど、奴隷を買ってしまう時点で、同じこと。
……いや、どうでもいいか。すでに、人身売買なんかよりももっと、取り返しのつかないことをしているし、これからするつもりなんだから。
「では、値段ですが……」
「ぁ……」
嬉しそうに『商品』の値段を計算するリーブスを見て、私はとあることに気づく。
……私今、この世界のお金持ってないじゃん。
こんなことなら、最初に行った村か、その次の集落で金目のものを奪っておくんだった。どうせ遅かれ早かれ、お金が必要になることはわかっていたんだから。
「初回サービスということで、タダでよろしいですよ!」
「あの、実はお金…………タダ?」
お金がない、困った……それを訴えようとするが、それよりも先に、リーブスから驚きの言葉が。コルマのように値切った……とかではなく、私がアクションを起こす前から、タダだって?
「あの……聞き違いかな。今、タダって……」
「えぇ、確かに言いましたよ。アルファード殿のお連れなら、ぜひサービスを……それにあなた、いい目をしている」
不意に、リーブスは私の顔を……いや、目を覗きこんでくる。いい目をしていると、おそらく今の私の目はひどく濁っているから、誉められても嬉しくないんだけど……
とはいえ、それがリーブスの機嫌取りになったらしい。
「もちろん、今後ともウチをご贔屓にしてくれるならば、ですが」
……ちゃっかり、商売上手でもあるようだ。
ともあれ、こうして私は……人生初の人身売買、奴隷を買うこととなった。




