【9月30日非公開予定】奇妙な男
熊谷 杏……その名前を文字って、アン・クーマか。我ながら安易なネーミングだとは思う。
けれど、それを不審に思われることはなくて。男……コルマ・アルファードと名乗ったその男は、にこりと笑みを浮かべている。本当に、さっきの虐殺を繰り広げたのと同一人物かというくらいに。
この男が何者かわかるまでは、私は正体を隠しておいた方がいいな。
「アン・クーマか……なら、アンと呼んでいいかな?」
「……どうぞ」
いきなり名前呼び捨てか……別にいいけど、やっぱり馴れ馴れしいな。
それにしても……アルファード、か。聞いたことないな。どこかの貴族とか、そういった家系の人間ではないらしい。
もっとも、そんなお偉いさんがこんな虐殺まがいのことをしているとわかれば、それはそれで問題だけど。
「えっと……アルファードさん」
「コルマでいいぞ?」
「……コルマさん」
なぜこの男はこんなにも馴れ馴れしいんだ。
「ずいぶん、剣がお上手なんですね」
少し、探りを入れてみよう。気配を殺し、無垢な一般人を装うんだ。
「そんなことはないさ、嗜み程度だよ」
私の質問に対し、コルマはたいしたことはないと返す。だが……あの剣さばき、どう考えたって嗜み程度で済ませていいものじゃない。
どこかで剣を習った? それとも、我流? ……まさか、人殺しとかそういったものを生業にしてないよね。
だとしたら、人の気配には敏感だ。少しでも殺気を見せようものなら、警戒されてしまう。やはり、正体を暴かないことには……
「それにしても、危ないぞ? 女の子が一人で、しかも丸腰とは」
「あ、はは……そうですよね」
この男、私の正体には気づいてない……それどころか、か弱い一般人だと認識しているようだ。
別に正体を隠さず、即座に殺しにいってもいいのだが……この男、隙だらけなようで隙がない。
うぬぼれるわけではないが、英雄と呼ばれた私が後れをとることなど、ほぼあり得ない。魔王みたいな強大な敵や、苦楽を共にした勇者パーティーが相手ならともかく。
だけど……この男は、もしくはあのへんな剣は、単純に計れない『なにか』がある。その『なにか』がなにかはわからないけど、それが判明しないことには下手な手出しはできない。
ここは、この男の素性を探ることに専念するか……
「ところでアン、キミならあの程度の奴ら、すぐに倒せたんじゃないか?」
「っ……」
素性を探るためになにを投げ掛けるか……それを考えていたところに、コルマの方から問いかけが来た。
それも、単なる質問ではない。まるで私の正体……いや、少なくとも私がなにかしら武術の心得があると、わかっているようなものだ。
「そんなこと、ないですよ。……どうして、そう思うんですか?」
この洞察力……単なる勘か、それとも……
「どうして、か。なんとなくかな」
「……」
とぼけているのか、それとも本気か……害のない笑顔を浮かべるコルマに、私はなにも言えない。というか、なにも感じない。それが本気か嘘か、感じとることも。
本来なら、相手が嘘をついてるかどうかはある程度判断できる。しかし、この男からは……なにも感じない。わからない。
「きっと、気のせいですよ」
だから私は、こう言うしかなかった。
コルマの表情は、やはり読めない。いったい、何者なのか……人間であることは間違いないんだろうけど、他にはなにもわからない。
「ところでコルマさんは、なにかこの先に用事があるんですか?」
このまま探っていても、不審に思われてしまうだろう。ひとまず、話題を変えよう。
もしかしたら、ここから、近くの村もしくは町の情報を得られるかもしれないしね。
「あぁ。この先の村に用があってね。そこへ向かう道すがら、アンが困っているのを見かけたわけだ」
……ビンゴだ。なんの目的もなくこんなところを通らないだろうとは思っていたけど。
なら、この男に着いていけば、次の村にたどり着けるということだ。
「そうなんですか。実は私も、そこに用事があって」
「そうなのか! なら、一緒に行かないか? またさっきみたいな奴らが出てこないとも限らないし」
この男の人となりが、この短い時間でもわかってきた。ここで同じ目的地だと言っておけば、まず間違いなく放っておけないタイプだと思った。
そして、それは予想通りだ。
「いいんですか? ぜひ、お願いします」
次の村につくまでの、間……この男、コルマと行動を共にすることに。この男が何者であるかも含めて、いろいろと探ってやろう。




