【9月30日非公開予定】アン・クーマ
男のまとう空気が、変わる。それをチンピラたちは気づいているのかいないのか、下品な笑みを浮かべたままだ。気づいてて笑ってるのなら実力に自信があるのかよほどのバカか。おそらく後者だ。
気づいていないなら、それはその程度のバカだということ。どのみち、バカであることに違いはない。
……離れた所にいる私ですら、この空気の変わりようには困惑しているのに。それは、あの男のせい? それとも、あのへんな剣のせい?
「なに余裕そうに突っ立ってやがる。この人数差が見えねえのか?」
一人対三人なだけでそんなに自慢げにしなくてもいいのに。こいつらは、多少腕に自信があるのと人数が上だという理由だけで偉そうにしているんだろう。
「吠えるな、その程度で。さっさとかかってこい」
空気だけではない。先ほどまで比較的温厚に思えた男の雰囲気までもが、変わっている。
男の言葉にチンピラたちは表情を険しくし、三人が一斉に襲いかかっていく。連携もなにもないが、一般人ならばその光景だけで震え上がってしまうだろう。
……一般人ならば。
「おらぁ……おっ?」
チンピラの一人が、剣を振るう。しかしそれは空振りし、空を切る。男は、軽く身をずらすだけで剣をかわしてしまう。
もう一人が、剣を突く。しかし男は軽く剣を振り上げることで、チンピラの剣を弾き飛ばす。たいした力を込めたわけでもないのに、だ。
残ったチンピラはすでに剣を折られているため、体当たり。しかしそんなもの、男にはなんの意味もない。手を伸ばし、チンピラの体に触れると、それだけで勢いを殺す。
そのまま力の流れを変え、チンピラ二人のいる場所へと突き飛ばす。結果、チンピラ三人は揃って倒れこむことに。
「お、わぁ!?」
「こ、のやろ……!」
「なめやがって!」
自分達が軽くいなされたことに対して、チンピラは勝手な暴言を吐く。しかし男は気にした風もなく、冷たくチンピラたちを見下ろしている。
そして、剣を向ける。
「な、なんだその目は! 急所外しやがって、どうせ、人を斬ったこともねぇんだろ……」
「黙れ」
剣の刀身を折られたり、突き飛ばしたり……人体に剣を突き刺してはいない。それを、人を斬ることをためらうためだと強気のチンピラ。
しかし男は、それを戯れ言と聞き流し……チンピラの一人の肩に、剣を突き刺す。
「ぅ、ぎゃあああ!?」
「て、てめえ! なにして……」
「言ったろ、抜いたな……と」
自分達から襲いかかっていながら、やられると理不尽な台詞を吐く三流チンピラ。それを、やはり冷たく受け流す男は肩から剣を引き抜き、続けて振るう。
それは台詞を吐いたチンピラの顔を切り裂き、口を、目を、本来の機能を奪っていく。
「う、うわぁあ! た、助けてく……」
残るチンピラは、二人の有り様を見て助けを乞うが……それが受け入れられるはずもない。男は剣を、振るう。
それからは、ただの虐殺であった。チンピラたちの悲鳴をBGMに、男は容赦なく、剣を振るっていった。やがて、悲鳴が聞こえなくなるまで。
私はそれを、黙って見ていた。……私以外にも、こんな残虐なことをする人間がいるんだなと、思いながら。
「ふぅ……あっ、これは失礼。見苦しいところを見せてしまった」
「あー、いや、別に」
事を終えた男は、剣をしまう。私に近づくその姿は、剣を抜く前の姿と同じものだ。
剣を抜くことで、人格が変わるのではないかといっても不思議ではないほどに、驚くべき変わりようだ。空気も、雰囲気も。
「大丈夫かい? あんな男たちに囲まれて、怖かったろう」
「いや……」
フードで顔を隠している私のことは、チンピラに絡まれた子供、程度にしか思ってないらしい。私のことを心配してくれているが……
正直、チンピラよりあなたの方が怖い、と一般的な認識があればそう思うだろう。
「助けてくれて、ありがとうございます」
だが正直に言うわけにもいかないだろう。なので、体のいいか弱い人間を演じる。
この男もどうせ殺すが……底が見えない。正攻法で立ち向かって、返り討ちにあう可能性は充分に考えられる。それに、あの剣……やっぱり、気になる。
だからここは、隙を作ることに専念すべきだ。
「俺は、コルマ・アルファードだ。キミは?」
先ほどの殺気駄々漏れの男はどこへやら……馴れ馴れしいくらいに近寄ってくる男。正直に答えたら、さすがに私の正体に気づくよな。
「……アン・クーマです」
自分でも、これはどうなんだと思うほどの偽名を、とっさに言ってしまった。




