【9月30日非公開予定】知らないなにか
「うらぁあああ!」
私は再び、ヴラメの腹部へと拳を打ち込む。しかし、やはりダメージが通った様子はない。
これは……単に理性を失っているわけではないのかもしれない。ヴラメの、意識そのものがなくなっている?
正気を失っている時点で意識がないと言えるが、それとは別……少し意味合いが違う気がするのだ。なんと言えばいいか……ヴラメという人間の『中身』がなくなっている?
「おっ、と!」
そこへ、ギラリと光るものが。とっさに後ろに飛んでそれ……振り下ろされた剣から身をかわす。が、髪が少し切れてしまった。
腰に下げていた剣を抜き、振り下ろしたのだ。さすが騎士というべきか、正気を失ってなお構えは立派なものだ。一分の隙もない。正気を失っても、体は覚えているということか。
焦点を失った瞳でも、しっかりと私に狙いを定めている。むしろ、ようやく私という存在に気づいたのか……それはわからないが、今までわけもわからず声を上げていたのが少しだけ静かになった。
「どうしてそんなになってるのかは知らないけど……関係ないや」
剣士に対して、接近戦は不利。しかし、私は遠距離からの攻撃手段を持たない。今できるのは、ごまかし程度の魔法かこの肉体で戦うことのみ。
それが、ヴラメに通用するかはわからないが……せいぜい、私を楽しませてもらう!
「うぉああぁ!!」
「ぅあぁあ……!」
私の拳とヴラメの剣とが、ぶつかりあう。本来なら素手で刃物に立ち向かうなど正気の沙汰ではないだろう。
……本来ならば。
「ぅ……?」
ヴラメも、正気を失っているとはいえ異変に気づいたのだろう。やはり、正気は失っても騎士としての本能というやつが、彼に残っているのか。
パキパキ……と、金属がひび割れていく音がする。どこからその音が出ているのか……答えはひとつだ。
パキンッ……!
「ぅあぁ……」
ヴラメの握っていた剣は、刀身からもろく砕け散る。金属の、それも見た感じ相当念入りに手入れされているだろう剣……それが、私の拳とぶつかり合ったことで、原型なく砕け散った。
自慢じゃないが、私の拳は金属くらいなら容易く砕ける。もちろん、拳を打ち込む角度とかを考えないといけないけど……それでも、多少の誤差なら問題ない。
今だって、ただばか正直にぶつけあったわけじゃない。ちゃんと刀身の峰を狙い、砕きやすい角度を定め、打ち込んだ。
ただ、もしもヴラメが正気を失っていなければ、今の一撃だけでは剣を砕けなかった可能性もあるけど。
「なんにせよ、これで丸腰……! 問題は……」
本来ならば、騎士から剣という得物を奪ったのは喜ばしい功績だ。だが、この男はそうもいかない。なにせ、私の拳を二度受けてなおダメージがないのだ。
こんな相手から攻撃手段を奪ったところで、たいした好転にはならない。むしろ、どうやってダメージを与えるかだ。
いかに屈強な男とはいえ、人間であることに変わりはない。やはり、正気を失っているこの状況が関係しているのは間違いないだろう。
結局、原因を追及しようにも本人はこの有り様。周りの人間も、逃げるのに精一杯だ。
この分じゃ、こいつを捕らえてから王国の情報を聞こうって考えも、意味をなさなくなってしまう。
「ぅあぁ……!」
「ちっ……仕方ない、か」
呻き声を上げ、丸腰でもなお私に対して攻撃を仕掛けるヴラメ。その姿に、以前の生き生きとした生気は見当たらない。
なるほど、仕方ない……いちいち原因を探して正気に戻すのも面倒だし、この集落でも手がかりゼロになってしまうけど……
「あぁ、あぁぁ……!」
「うるさい……!」
まるでゾンビのように向かってくるヴラメの顔面を、私は掴む。身長差はあったが、ジャンプしてしまえば問題はない。
そのまま、掴んだ手に力を込める。顔面を、このまま握りつぶすつもりだ。打撃が効かないなら、直接命を絶ってしまえばいい。
体格のまったく違う相手だが……それも、私には関係ない。それこそ、卵を握りつぶすように手に力を込めていき……
グシャッ……
握り、潰した。
さすがに顔を握りつぶされては生命活動を維持できないのか、ヴラメはその場に倒れる。その後、まだ少し生きていたのか体がピクピク動き、痙攣していたが……やがてその動きも、なくなった。
始めこそ動揺を感じたが、結局のところは大したことなかった。
しかし……ヴラメが正気を失い、おそらく集落に火を放ったであろう理由は、結局わからなかった。
……私の知らないなにかが、この世界で起こっている?
「まったく仕方ないな……でも、面倒だな」
集落を破壊する手間が省けたとはいえ、逃げ惑う人々を一人一人殺すのは少し面倒だ。結局、ヴラメは余計なことをしてくれた。
私の復讐の邪魔を、したということか。……もしそういうことなら、邪魔をした相手も、容赦なく殺してやる。




