表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花の乙女は平穏を愛する  作者: 如月雨水
route:??
27/30

2

route:グランドール(全二話)

どうやって家に帰って来たのか、覚えていない。

気が付いたら部屋にいて、床に座り込んだままぼんやりと天井を見上げていた。部屋は薄暗く、窓を見れば茜色に空が変わっている。ああ、夕方か・・・。なんて、呑気に呟く声とは裏腹に、頭はぐるぐると思考を巡らせ、心の天秤が左右に揺れ動いていた。

ぎゅっと胸元を握りしめる。

眼を固く閉ざして、息を吐き出す。

「・・・グランドール先輩」名を口にするだけで、心がざわめく。こんなにも心臓が痛いのに、どうしてだろう。

そっと触れた口元が笑みを浮かべている。

「選択、かぁ」

見えていた選択肢とはまた違う選択に、頬をむにむに動かしながら考える。

先輩と共に生きることを選べば、大切な家族や幼馴染、親友の死を常に見届けて置いて逝かれる立場になる。

先輩と共に生きなければ、置いて逝かれることはないが愛する・・・先輩と別れなければいけない。

・・・・・・・・・。

・・・・・・。

・・・。

「考えるまでもない、かな」

視線を窓に向ければ、上弦の月が輝いている。

それを横切るように見えた黒い影は・・・先輩、だろうか?ベッドから飛び降り、窓に駆け寄って空を見上げるけど、確かめる術がない。もう、影は見えなくなって・・・溜息をついた。

常世を支配する龍神。

闇に関わる全ての魔物の王にして神。

「先輩」

私が好きになった人は、人ではなかった。

それでも恋情は、愛慕は、全て先輩に向かっている。人でなくてもいい。愛した者が人でなくても構わない。だって、私の気持ちは変わらないのだから。

「グランドール先輩」

暗夜帝よりも、こちらの名の方がしっくりくる。

こつりと、窓に額を当てる。冷たさに顔のほてりが引いていく気がした。

「・・・薄情者、って怒られるよね」

誰に、とは考えない。

苦笑して、私はベッドに戻った。

全ては明日。・・・明日で、終わる。色んな意味で――と思ったのが昨日のこと。

「・・・頭、痛い」

興奮状態の頭で寝れるはずもなく、緊張状態で食欲もわかず、逸る気持ちで鶏が鳴くと同時に家を出た。・・・出てしまった。

書き置きも、伝言も何もせず、無断で外出。

後でカルナードに怒られる。そのことに余計に頭が痛くなった。ついでに胃も痛い。昨日の昼から何も食べてない影響だと思いたいけど・・・水分ぐらい、飲めばよかったかな?いや、でも何か口に入れたら吐く予感しかない。あれ?過度な緊張で吐き気って起きるっけ?むしろ過去にそんなことあったっけ?・・・眩暈がしてきたよ。

「気持ち、悪い」

足に力が入らず、その場にへたり込んだ。心臓が痛い。冷や汗が出てきた。眩暈が、酷い。座っているのに地面が揺れたような錯覚を覚え、息遣いも荒くなる。ああ・・・でもよかった。泉の近くだったらまた落ちてた。なんてぼんやりと考えて、最悪の体調だと舌打ちをする。

「何を――何をしてるんですか!」

近くの影から、現実世界を侵食するように闇が現れた。

「そんな身体でどうしてここに・・・っ!」

闇が人の姿を形成し、見慣れたグランドール先輩となって・・・。ああ、よかった。

「笑ってないで、早く家に帰りますよ!体調が悪いのに無理して来なくてもいいのに」

足早に近づき、傍に膝をつくグランドール先輩を見上げる。双眸に、いや、全体で心配を表していて・・・なんか、嬉しくなった。

「だって、逢いたかったから」

唇から出た声は、思った以上に弱弱しい。

体調不良が原因にしても、これは駄目でしょうと心でツッコむ。ほら、グランドール先輩が不安な顔をした。そんな顔が見たい訳じゃないのに、馬鹿だな私。

「私、眠れなかったんです」

「その隈を見れば解ります」

「昨日のお昼から何も食べてないのに、まったくお腹が空かないんです」

「無理にでも食べなさい」

「頭の中、グランドール先輩のことで一杯で何も考えられなかったんですよ。選んで、って言われても私、簡単にグランドール先輩に天秤が傾いたんです。酷い娘ですよね?家族よりも、幼馴染よりも、親友よりも、グランドール先輩といたいんです。ずっと、傍にいたいって思ったんです。薄情者ですよね。それに昨日、ずっと考えてたのがそのことじゃなくて、私が傍にいて本当にいいのかどうかってことで、先輩が言った選択よりもずっとずっと、悩んでました」

グランドール先輩の頬に両手で触れ、思ったことを口にする。頭痛のせいか、思考が上手く纏まらなくて何を言っているのか自覚がない。眩暈で先輩の顔がよく見えないなぁ。

「先輩は・・・私、で、いいんですっか?!」

頭を叩かれた。

それはもう、容赦の欠片もなく。・・・痛い。意識が飛ぶかと思った。痛い。泣きそう。

「色々と言いたいことがありますが、まず二つ。食事はする、睡眠はとる。興奮状態だろうが緊張状態だろうが、人間の三大欲求の二つをおろそかにしない。もう一つはなくても死にはしないけど、この二つは命に係わるんですからね」

「・・・はい、すいません」

真面目な顔で説教された。

うぅ・・・袋や仮面を被ってないグランドール先輩の素顔にまだ慣れなくて、直視できない。見慣れなくて見惚れる。いやもう惚れてた。あと声。くぐもった声じゃないのがいけない。私の鼓膜を犯して、心臓を鷲づかみにしちゃう。惚れてるのに余計に惚れ直す。もう惚れてるってなんだっけ?状態だよ。駄目、これ本当に駄目。

「フィリアちゃん」

「っや!・・・み、耳元で喋るのはちょ、ご遠慮くださいっ!!」

心臓が死ぬから!

てか近いと思ったらいつの間にか抱きしめられてた!あれ・・・本当、いつの間に?

「なぁら、人の話はちゃぁんと聞くんだぉ?」

「わ、解りました!解りましたから耳は、耳は駄目っ!!」

「どうして?」

耳に!

吐息を!

吹きかけないで!

今なら間違いなく、先輩の吐息だけで耳が死ぬ。魂が昇天できる。涙眼になりながらグランドール先輩の胸板を押し、必死に距離を取ろうとするのに抱きこまれて徒労に終わった。

私の命日は今日なんだ。この声を聴いて死ねるなら本望。とか思ってしまった私はもう駄目だ。本当に末期だ。重症だ。誰か助けて。てか口調を統一して!変人モードにならないで。

グランドール先輩の腕の中でもがく私に、何を思ったのか耳を食まれた。

もうね、声のない悲鳴をあげちゃったよ。

「私の声が好き、なんですよね」

何がしたいのかさっぱり解らないよ!

「なら逃げないで、ちゃんと聞いて」

それなんて拷問・・・?!

赤くなればいいのか、青くなれば解らないぐらいに顔色が変わってる自覚がある。しかも動転している間にも耳を舐められ、甘噛みされる始末。これどんな拷問!?

「じゃなぁいと、虐めちゃうよぉ」

もう虐めてるよね!?

「あー・・・もう」

やめてやめて、と駄々っ子のように頭を振ってしつこい舌の追求から逃げれば、諦めたのかグランドール先輩が顔を遠ざけた。ほっと安堵するより前に、額に落とされた唇。唖然と眼を見開けば、こつりと額が重なって。

「好き」ぽつりと落ちた言葉。

「好き。愛してる。フィリアを、フィリアだけを」

腕の力が、苦しい程に強くなる。

「誕生して幾数千――共にありたいと思ったのは、思えたのは、願うのは、求めるのは、フィリアだけですよ」

するりと、首元を撫でられる。

「フィリア・エルゥル」

名を呼ばれ、僅かに身体が離される。

顔を上げれば、真剣な眼で私を見下ろすグランドール先輩の瞳とぶつかった。親指がなぞるように私の唇に触れ、惜しむように離れる。

「私と共に生き、死んでくれますか」

疑問形ではないその問いに、私は微笑む。「はい」

「はい、はい・・・はい、一緒に」

声が震える。

涙が勝手にこぼれて視界が揺らぐ。グランドール先輩がそっと、涙を拭ってくれた。その手を掴み、頬を摺り寄せる。

「一緒に、いきたいです」

告げた言葉の意味が、正直、あまり理解(わか)ってない。行きたいのか、生きたいのか、逝きたいのか。・・・どれでもいっか。私はその全てをグランドール先輩と共にありたい。

「なら」

離れた体温が再び、私を包み込む。

「いこうか」

ああ・・・、眩暈がする。

額に触れるぬくもりが何か、考えることすら億劫で。今頃になって襲ってくる睡魔にまぶたが重い。抗うことが出来ず、けれどゆっくりと、瞳を閉ざす。

「私と私の番・・・フィリアちゃんしかいない、誰も訪れることを許さない常世へ」

常世って、どんな所だろう。

地獄とはまた違う場所だといいな。・・・年寄りは地獄も常世も同じだって言うから、ちょっと、怖い。

「だぁいじょぉうぶ、常世は地獄とは違うからねぇ。それにぃ、私がいるでしょう?」

そっか・・・うん、そうだね。

グランドール先輩と一緒なら・・・怖くない。どこへだって、ついていける。

「だから安心してください、私の愛しい番」

半ば、閉じかけていた双眸をグランドール先輩が掌で隠す。何も見えない。暗闇に支配されたそれは、呆気ないくらい簡単に私の意識を奪う。

だから聞こえた言葉が。


「フィリアちゃんの記憶を、存在を、誰にも渡さない。フィリアは――私だけのものだ」


夢か現か、判断出来ない――――。








黄泉の国。

死者の国。

そう呼ばれる常世は案外、現世となんら変わりはない。ただ常に空を黒が支配し、月の満ち欠けのように形を変える太陽があるだけ。ああ、違いますね。

私は閉じていた眼を開け、視界に映る一面の彼岸花に口角を吊り上げた。

現世とは違い、常世には建物がない。

現世とは違い、常世には誰もいない。

現世とは違い、常世には時が存在しない。

黄泉の国。

死者の国。

そう呼ばれてはいるけれど実際、常世には死者はいない。何故ならば黄泉の国ではないから。死者の国でもないから。ただの常世。

――常、ならざる世。

「せんぱい?」

「なんですか、フィリアちゃん」

舌足らずな声で、私を呼ぶ愛しい番。

私の隣に座り、手慰みに彼岸花を手折り、きょとりと瞬く彼女へ微笑みかけた。

「ここにきて、どれだけたちました?」

「少ししか経ってませんよ。お腹でも空きましたか?」

「おなか・・・」ぼんやりとした表情で、右手に彼岸花を持ったまま腹部を撫でる。

「おなかは、すいてません」

「そうですか。でも、空腹を感じたら言ってくださいね。用意しますから」

にこりと微笑んだ愛しい番の頬を、そっと愛撫する。気持ちよさそうに眼を細め、飛び込むように抱き着いてきた。ああ・・・愛おしい。その感情が胸を占める。

少し前までなら、恥ずかしさが勝って出来なかった行動。

それを今は平然と、何でもないように行えている。くつりと、フィリアちゃんの頭を撫でながら口角を上げた。

「まだすこしだから、だいじょうぶです」

少ししか経っていない、なんて嘘だ。

常世に来たのは今から十年前。少し、と言う時間はすでに過去となっている。けれどそれをフィリアちゃんが知る術はない。現世・・・あちらの世界のことを思い出すこともない。だってそうなるように私が記憶を消したから。

同様に、あちらの世界から私とフィリアちゃんの痕跡を記憶ごと消した。

存在した事実を消去し、事実を書き換えて。

だからあの世界に花の乙女はいない。まだ、生まれていないことになっている。

あの幼馴染も。

あの同級生達も。

誰も彼もがフィリア・エルゥルを忘れている。

「・・・ああ、違いますね」

どう言う訳か、かの王弟は記憶を持っていましたね

人界の魔王、と言うだけはあります。流石は神と契約を交わしたことがある人間ですよ。くつりと喉を鳴らし、フィリアちゃんの身体を持ち上げる。・・・ここには時間の概念がないから、体重が減ると言うこともないけれど。少し、身体が軽くなった気がする。

今度、何か食べてもらわないと。

ここに来た時と同じ・・・柘榴でも探してきましょうか。アレ、気に入ってたみたいですし。

膝の上に乗せ、前髪をかきあげる。きょとんとした眼で私を見る、愛しい番。

私だけの、最愛・・・。

「愛してますよ、私の番」

「わたしも、あいしてます」

嬉しそうに頬を染めるフィリアちゃんの額に、口づけを落とす。

「あいしてます、――――」

人の耳では捉えきれない、不思議な音。それを口にしたフィリアちゃんに、背筋が歓喜に震えた。

初めてこの音を、私の本当の名を教えてから今日まで、上手く発音することが出来なかった。けれど今、フィリアちゃんは間違いなくソレを口にした。その事実に心が狂喜に似た感情で膨れ上がる。――ああ、これで完成した。

これで漸く、死ですら共にあれる・・・!

「フィリアちゃん!フィリアちゃん、フィリアちゃん、フィリアちゃん・・・」

「いたい、し・・・くるしいです」

「ずっと、ずぅぅぅっと一緒ですよ」

魂が重なり合う、奇妙な感覚がする。

ああ。

ああ・・・。

ああ・・・っ。

これが、蒼水帝が言っていた一つになると言う感覚・・・!

魂が溶け合い、同化したような不思議な心地よさ。不快感はなく、ただただ高揚と幸福感に満たされる。なんて素晴らしい感覚。

だが蒼水帝が告げたのとはまた別の感覚がする。

魂を繋げ、鼓動だけではなく感情まで共有するこれは・・・。ああ、これは死ですら共にあろうとするからだろう。蒼水帝がコレを私に伝えなかったのは、番と死を共にしなかったからでしょうね。

私と蒼水帝の違いは、番の願いを聞いたか否かですしね。

まったく、どうして蒼水帝は死で別たれる道を選んだのか。理解できないし、したくはありませんねぇ。こんなにも素晴らしい感覚に包まれると言うのに。

ぎゅっと、痛いと呻くフィリアちゃんの身体を抱きしめる。感極まって顔中に口づければ、流石に恥ずかしくなったのかいやいやっと駄々っ子のように首を横に振った。そんな仕草も可愛らしいけれど・・・駄目ですよ。

「拒絶は・・・許しませんよ」

耳元で、叱りつけるように呟けばびくりと震える身体。

抵抗を止め、恐る恐ると私を見る双眸には僅かな怯えが見える。身体をほんの少し離し、フィリアちゃんの両頬にそっと触れた。怯えから困惑へと色を変えたソレに笑みを浮かべ、額に唇を落とす。

「フィリアちゃん」

そのまま顔を下に動かし、頭を抱くように腕を回した。

「私の番」

おずおずと、細い腕が私の背中に回された。

「唯一無二の最愛」

首筋に舌を這わせれば、短い悲鳴が聞こえる。

「私から逃げることは――許さない」

これが狂気だと解っている。けれど、一度手に入れてしまったらもう手放すことは出来ない。

あの時に拒んでいれば、こうはならなかっただろう。けれどそれは後の祭り。

「ずっと・・・一緒ですよ」

選択したのは――フィリアちゃんなのだから。


短めです。乙女ゲーム的に言うならおまけ的存在!・・・そんな感じの乙女ゲームがあったので、そのノリで執筆しました。そしてbadend風味。幼馴染三人がGoodendならば誰か一人はbadendだよね。とか勢いで書いたらこうなりました。若干の後悔はしています。が、変えません。この人はbadend風味です!ちなみに、次の人がHappyendと言う訳・・・ではありません。endを考えるとあれもこれもそれもと色々ネタが出て、でも乙女ゲーム風ってなんだろうと迷走して思考ループ状態です。

・・・また、のんびり投稿になりますが気長にお待ちください。ひらめいたら執筆早いと思いますが・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ