9話 王チェンバレン
翌朝、ミラはチェンバレンに連れられ農場を見に行った。先日ブルーが鞭打たれ、ミラが大立ち回りをした麦畑だ。
薄汚れた白人や黄色人種たちが、黙々と除草や開墾、収穫作業に従事している。ミラが作業をしばらく見ていると、作業員を兵士が引きずり出して棒で打ち据えてはじめた。
「ミラ、これが奴隷だ。私は非黒人を支配して働かせている。今朝食べたパンもお前が今着ているドレスも、この極彩色のマントも、そうやって作らせたものだ」
「この服も草から出来ているの?」
チェンバレンは目を細めた。
「綿花畑は向こうだ。見せてやろう」
麦畑の緑色の絨毯に吹き渡る秋風を受けながら、チェンバレンとミラは歩く。
「奴隷は逃げ出したり逆らったりしないの?」
「さっき兵士に殴られている奴隷を見ただろう。怠けたり反抗したりしたら徹底して罰を与える。恐怖で縛るのだよ」
「ふーん、チェンバレンさんならどう?殴られたり殺されたりするのが怖くて、黙って言うことを聞いてる?」
チェンバレンは立ち止まる。
「……私だったら、だと?そんなことを訊いたのはニューオーリンズでお前が初めてだ」
構わず歩き続けるミラの眼前の風景が一変する。枯草のような綿の木の上に浮かぶ綿花。それが雲海のように広がる風景は、ミラの目には超現実的な風景に見えた。
「あの白いの一つ一つが綿花だ。あれを紡いで服を作るのだ」
その時、自然のなかで鍛えられたミラの視力が、綿花畑の中に見知った背中を見つける。ドレスのスカートをはためかせ、猛然と駆け寄る。
「ブルー!」
腰の痛みにたえながら黙々と綿花の収穫に励んでいたブルーは、聞き覚えのある呼び声に雷に打たれたように立ち上がる。
「ミラ!……ミラ?」
確かにミラだ……が綺麗すぎる。長い黒髪は整えられて端正に編み込まれているし、うっすら化粧しているのだろうか、艶のある頬が陽光を反射して光り輝いている。それにスカイブルーのドレス。
「ミラ……なんだかすごくlindoになってるね」
ミラは世辞など聞こえないように、ドレスに似つかわない大股開きでブルーを見据えて、いや睨んでいる。
「ブルー、ずっとここで畑仕事しておじいちゃんになるつもり?私と世界を見に行く約束はどうなったの?さっさと逃げ出すなり戦うなりしたらどう?」
その時、側近の兵士に綿の木を刈り払わせながらチェンバレンも追いついてくる。チェンバレンの天を衝くような長身に、ブルーは呆気に取られている。
「ハハハ、ニューオーリンズの支配者としてはいかがかと思うが、我が后には相応しい気構えだな」
チェンバレンが、ミラの肩に手を置いて振り向かせる。
「さあミラ、帰って昼食にしよう。午後からは闘技場を見せてやろう」
ミラは大人しく付き従い、振り向きもせず去っていく。
「后……?」
残されたブルーの手から綿花がこぼれ落ちた。
セントルイス大聖堂の前の広場は、石造りの客席が円形に設置してあり、兵士たちの錬成場兼闘技場となっている。
今日は午後から、チェンバレン王とその新たな后候補のために御前試合が行われる手筈となっている。
御前試合は素手の兵士による格闘戦だ。チェンバレンとミラは、桟敷席に並んで座る。
「武器を持っての戦いは、あくまで素手の格技の延長だ。兵士の練度を計るには素手がいちばんだ。
かく言う私も、時々闘技場に出場するのだよ」
「チェンバレンさんなら、強いだろうね」
入場してきた兵士を食い入るように見つめながらミラが答えると、チェンバレンは満足そうに葉巻をふかした。
「東から出てきた兵のほうが強い」
ミラがボソッと呟くと、チェンバレンが眉を動かす。
結局、ミラは4戦すべての勝敗を的中させた。
「ミラ、なぜ分かる?」
「目つきと立ちかた、あと足の肉付きとか」
「本当に不思議な娘だな……お、見よ今日の主役じゃ」
闘技場に、簡素な木の盾と棍棒を持った奴隷が3人引き出される。ひどく怯えた様子だ。
続いて、兵士が覆いがかけられた檻から何かを追い立てる。しなやかな身体にゴールドグレーの短い毛並み、巨大な爪と牙、ピューマだ。飢えている。
ピューマは頭を下げ、狙いを定める。恐怖に駆られた1人が背を向けて逃げ出すとたちまち飛びかかり首筋に噛みつく。首の肉を半分近く食いちぎられた男が、ビクビクと痙攣している。
残る2人のうち、1人は盾を構え腰を据えているが、片方は食いちぎられた同胞に腰を抜かしている。
ピューマは迷わず腰を抜かしているほうに襲いかかり、同じ運命を賜わった。
「そこまで!」
チェンバレンが合図をすると、重装備の兵士が割って入りピューマを檻に追い立てる。1人残った奴隷が、魂が抜けたようにへたり込む。
闘技場での凄惨なショーが終わり、ミラは王の私室に招かれた。私室は思いのほか質素で、チェンバレンによく似た男と少年の肖像が掲げてある。
「ミラ、闘技場はいかがだったかな?前の后は初めて見た時は3日は食べ物が喉を通らなくてな。敢えて1人生かすことで恐怖が拡がるのだよ」
「ピューマは森に隠れて狩りをする動物だし、本当はとても臆病だよ。棍棒もあったし3人でちゃんと戦えば、いくら飢えてても戦う気をなくさせるぐらいはできたかもしれない」
「……そんな話を聞きたいのではない!」
チェンバレンが、持っていた杯をミラに投げつける。
「私は5000人の奴隷を支配するニューオーリンズの王、チェンバレンだぞ!お前はなぜ恐れない!」
壁にかかっている剣を抜きはらい、ミラの着ているドレスを切り裂く。
「私は今まで、6人の后を娶り処刑してきた!お前の命など私の機嫌ひとつで消し飛ぶことを肝に銘じておけ!」
チェンバレンがミラの胸ぐらを掴んで力任せに投げ飛ばすと、ピアノにぶつかって不協和音が響く。
露わになったミラの上半身を見たチェンバレンの身体が固まる。
「お前……その傷は……」
ミラは、身体を隠すこともなく話し始める。
「これは打ち損ねた鹿に突かれたキズ、鹿は私が殺して皮衣は今もだいじに着てる。
背中のこれは、熊から逃げた時に負ったキズ。一緒にいたおじさんは熊に殺された。
逃げてる時に振り返ったら、熊がおじさんを玩具みたいに木の上に投げ上げてたわ。
わたしもあなたも、自分より弱い命から奪って生きてる。一緒よ。
でも、あなたがわたしの命や自由を奪うなら、全力で戦うか逃げるかするわ。あなたは強いから、結局奪われるかもしれない。でも抗う。わたしを突いた鹿みたいに、死ぬまでね。
だって、奪われたまま生きるのは死んでるのと一緒でしょ?チェンバレンさんも奪われないように抗ってきたんでしょ?
わたしは奴隷の人たちのこと、理解できない。
ブルーもそう。ブルーがこのまま戦いも逃げもせず畑仕事して生きるなら、一緒にいなくていい!」
一気に喋って、肩で息をしているミラがピアノに手をつくとポロンと鳴った。
チェンバレンは剣を捨て呆けたように座っていたが、我にかえって極彩色のマントをミラに渡す。
「これを羽織れ」
「ありがと」
「……私にありがとうと言うのも、ニューオーリンズでお前だけだ」
ミラはピアノの鍵盤をポンポンと叩いて音を確かめている。
「チェンバレンさん、これ楽器?弾いてみてよ!」
呆気に取られたチェンバレンの背中を、ミラがグイグイ後ろから押す。
「なんて顔してるのよ、ホラ!」
ピアノの前に座ったチェンバレンは最初怯えたような顔をしていたが、ホウと一息つくと鍵盤を叩き出す。
『懐かしのニューオーリンズ』
最初はニコニコと聴いていたミラが、いつの間にか踊りだしている。ピアノに絡まり、チェンバレンに絡まり、物悲しく、それ以上に楽しそうに。
最後の1音を奏で終わったチェンバレンは、敗北したように語り始めた。
「私は10歳の時に、父に手を引かれてヒューストンを出た。ニューオーリンズに流れついて、父は奴隷として死んだ。私は20年かけて王になった。
……今のは父がいつも弾いていた曲だ」
「ミラ、お前はなんという女だ。
もう私はお前の何をも奪えない。
5000人の奴隷も300人の兵士も捨ててもいい。
ただお前の旅の横にいさせてほしい
」
王の極彩色のマントを羽織ったミラの両手を握り、チェンバレンが涙ながらに跪いて乞うた。
それは奇妙な風景だった。
その時ドアの向こうで
「申し上げます!」
と側近が声をかけた。
慌ててチェンバレンは威儀を正し
「そのまま申せ!」
と応える。
「脱走兵を捕縛しました!
2日前に入った白人の少年です!」
努めてミラと目を合わさないようして、チェンバレンが命令する。
「闘技場に引き立てよ。奴隷どもと兵士も集めろ」




