8話 后
少し時を戻して、ミラの運命を追ってみよう。
ミラは麦畑で捕らえられたあと……いや、捕らえられるまでを正確に伝える必要があるだろう。
ミラは引き離そうとした男たちを振りほどき、ブルーを鞭打った男の喉元にに飛び蹴りを食らわせた。
別の男が放った鞭の軌道を見切って躱すと、山刀の平で鼻柱を打ち据える。そのままもう一人を柄頭で殴り倒し、鬨の声を上げた。
「Ooh-rah!!」
残りの兵士の顔色が変わり逃げ出したので、倒れているブルーを担いで脱出しようとしている道中に網を打たれて捕らえられた、という次第である。
大立ち回りの末に捕らえられたミラは厳重に縛られ、3つの尖塔を持つ巨大な建物に連行された。
「すごい建物……」
ミラが唖然としていると、連行している兵士の一人が答える。
「ニューオーリンズの王チェンバレン様の居城、セントルイス大聖堂だ。これからチェンバレン様に見分いただくから、くれぐれも大暴れするなよ」
「Cabrón」
ミラが小さく呟く。
セントルイス大聖堂のドーム屋根の大広間は、ところどころ朽ちているものの往時の威容を保っている。
ミラが縛られたまま煤けた天井画を見上げていると、靴音がドームに反響し王が現れた。
極彩色のマントを羽織った黒人の男性、年齢は40歳前後とミラには見えた。そして、2mをゆうに超える大男だ。威厳と余裕を感じさせる笑みを湛えながら玉座に腰掛けた。
「私がニューオーリンズの主、チェンバレンだ。娘、名は?」
「ミラ」
「ミラとやら、兵士3人を打ち倒す大立ち回りを演じたそうだな。まったく愉快なやつだ……おい、縄を解いてやれ」
側に立つ兵士が一瞬意外そうな表情をしてから、ミラの縄を解く。
ミラは、手首の縄の跡を擦りながら観察する。チェンバレンという男、長い手足にしなやかについた筋肉、まるでピューマのようだ。周りの兵士も、農園にいたのとは比べものにならない精強さを感じる。
飛びかかってどうにかなるものではないと、ミラは判断した。
「ミラ、お前には黒人の血が流れているのか?」
「村にはいろんな肌の人がいたけど、皆赤黒く日焼けして泥だらけだから、色なんか気にしたことないわ。でもママは白っぽかったかな」
「父親は?」
「ママはhermoso(美しい)からいろんな人とファックしてる。父親は誰か知らない」
「ふむ、お前は誰に育てられたのだ?」
「村の大人みんな。わたしも大きくなったら妹や弟たちの世話をしたわ」
「なぜ村を出た?」
「ヒューストンから来た毒の鳥に、みんな殺された。小さな弟たちも」
チェンバレンは、ほんの少しだけ眉をひそめた。
「ふむ、それであてどなく彷徨っているというわけか。兵士たちを打ち倒す胆力に、よく見ればなかなか美しい顔立ちではないか。よし、私の妻の1人に加えてやろう」
「妻って何?ブルーもそんなこと言ってたけど」
「全く、ものを知らぬ娘だな。私に仕え、私の子を産み育てる女を妻と呼ぶのだ」
ミラはしばらく下を向いて考え、答えた。
「つまり、ここにずっといてあなたとだけファックする約束をするってことね。それで私に何の得があるの?」
「この野蛮人の娘が!お前を救ってやろうというチェンバレン様のお優しい気持ちが分からんのか!」
側近の兵士が、堪りかねて声を荒げるのをチェンバレンが制する。
「よいよい、文明の光を浴びていない故に仕方あるまい。よしミラ、私の妻になればどんな得があるか教えてやろう。5日の後にまた答えを聞こう。セルマ!」
チェンバレンに呼びつけられ、小柄な老婆が奥から姿を現す。
「この娘を風呂に入れて服を着せてやってくれ」
「承知いたしました」
服なら着てるけどな、とミラは自分の皮衣を見回す。
「ねえセルマさん、お風呂って何?」
浴場に向かいながらミラがセルマに尋ねる。
「全くこの娘は、お風呂も知らないんだね。あったかい湯に浸かって、あんたの身体をピカピカにしてあげるからね」
「なんだ、水浴びか」
居城に設えられた浴場は、大理石張りの広大なものだった。
「広ーい!これ全部お湯?どうやって炊いてるの?」
「ほれ、はしゃいでないでさっさと脱いでください。身体を洗いますから」
「ミラ1人で入れるよ?」
「そういうわけにはいきませんよ」
皮衣を脱いだミラの身体に、セルマが驚愕する。
「あんたこれ、キズだらけじゃないの!」
「え?ああこれは仕留め損なった鹿の角に突かれたキズで、背中は熊に追われて引っかかれた時のキズだよ」
「可哀想に……辛い暮らしをしてたんだねえ。これからは幸せにしてもらいな」
「そ、そうかな……」
とミラはキョトンとしている。
セルマは、湯に浸かったミラのもつれた長い髪を丹念に梳り、獣脂を灰汁で煮た石鹸で洗った。
「気持ちいー!子どもの頃にママに髪を洗ってもらったの思い出しちゃったよ」
「あんたなんか、私に言わせりゃまだ子どもだよ。ほれ、流すよ。目を瞑りな」
風呂から上がると、ミラの体を柔らかい布でセルマが拭いてくれる。
「セルマさんありがとう。なんでこんなに色々してくれるの?」
「そりゃ、チェンバレン様のお后になるんだろ。綺麗にして差し上げないと」
「ふーん、チェンバレンさんって皆に大事にされてるんだね」
「大事に……というか偉いし恐ろしいお人だからね」
「強いから?」
「……あんたにもそのうち分かるよ」
風呂から上がったミラは、セルマにズラリとドレスが並んだ衣装部屋に案内された。
「これ何人分の服?」
「あんたがお后になれば3人分だね」
「hostia……」
「何色にしようかね……あんたは黒人の血も少し混じってそうだし、肌の色には濃いめの赤とかが似合うと思うけど……好きな色とかある?」
ミラはドレスの列に目を走らせ、ある一角で目を止めた。
「青……ブルーがいい」
食卓にはミラが見たことがない料理が大量に並んでる。チェンバレンはすでに席に着いていて、髪を結い薄く化粧を施し青いドレスを来たミラを一瞥すると
「よく似合っている」
と声をかけた。ミラは初めて見るものばかりだったが、チェンバレンが「好きに食べればいい」と言ったので手づかみで食べた。
「これは何?」
「パンだ。そこのバターかジャムをつけて食べるといい」
「これがブルーが言ってたパン……フワフワで香ばしくて美味しい」
「ブルーとは、お前と一緒にいた少年か」
チェンバレンがミラの青いドレスを見ながら尋ねる。
「そう。ブルーはどこ?」
「あの少年は奴隷にした」
「奴隷ってなに?」
「明日見せてやろう」
ミラがパンを皿から取って、胸元にしまっている。
「何をしている?」
「ブルーが好きだから、分けてあげようと思って」
「……勝手にしろ」




