6話 麦畑
ミラが獲ってきた魚を食べながら、旅の計画を練る。
「ブルー、まずどこに行くの?」
「ペガソに入っている300年前の地図を見ると、ヒューストンの周りにも大きな街がたくさんある。
元々街がある場所は、地理的に住みやすい場所だから今も人が住んでいる可能性が高いと思う。
まずはそこを目指そう」
「でも自分たちの位置がわからないんだよなー。ペガソ、衛星の位置情報は受信できないのか?」
「私が接続していた衛星は、すでに機能を停止しているようです」
「ヒューストンもロケーション用の衛星は上げているはずなんだけど……やっぱりヒューストン周辺に機能を限定してるんだろうな」
警務ドローンが追ってこなくなったのが何よりの証拠だろう、とブルーは考える。
「多分昨日の夜、コンローからほとんど真東に走ったと思うよ」
「え?ミラなんで分かるの?」
「え?なんでって言われても……私が運転してたし」
「広大な自然環境に住む人間は、都市部に住む人間より東西南北の絶対方向感覚が優れているらしいが、移動の速度が速くなるほど狂いは大きくなるそうだ。だがミラならあるいは……」
「え、何言ってるか分かんないけど、ミラが賢いってことで合ってる?」
「ああ、ミラは賢いし……ええと何だっけlindoだ」
にわかにミラが満面の笑みになり、人さし指でブルーの頬を突く。突かれたブルーはポカンとしている。
「lindoは『かわいい、素敵』といったニュアンスの褒め言葉です。ミラの話す言葉は英語とスペイン語がミックスされているようですね。ブルーも隅に置けないではないですか」
「なっ!理解してるなら先に教えてくれよ!」
顔を真っ赤にして抗議するブルーを無視して、ペガソが続ける。
「さらに言えば、ミラの方向感覚は優秀です。私のジャイロケータによれば、ここはコンローから約100km東、サラトガ付近です」
「……それも分かってるなら早く言ってくれよ。まあいいや、そのまま東に移動して、ラファイエット、それからニューオーリンズを目指そう」
と、ペガソのコンソールを指さす。
日没前に到着したラファイエットには、人の気配はなかった。緑に飲み込まれかけた廃虚が黄昏に照らされる様子に、ブルーは圧倒され立ち尽くした。
「こんな大きな街が……いったい何万人が住んでいたんだろう、それが全部消えてしまったのか……」
「私のデータベースには人口や歴史はありませんが、地図データから察するにこの規模の街はアメリカに300以上あったようですね」
「信じられない。この当時から、人間はどれだけ減ってしまったんだ」
「ねーえ、お腹空いたよ。日が落ちる前にご飯の用意しようよ、鹿も走り回ってたし」
ミラの明るい声が、ブルーを過去から現在に引き戻す。
「そうだね、ミラがいなきゃ僕は飢え死にだ」
「ブルー、私後ろに乗るから運転してくれる?ペガソがいるし、追いながら射るほうが狩りやすいかなと思って」
「ああ、僕も運転に慣れていたほうがいいなと思ってたんだ。先にちょっと練習させてくれ」
ペガソの運転は、右手のアクセルスロットルとハンドブレーキというシンプルなものだ。
ただし、体重移動で旋回する感覚を、ブルーはなかなか掴めなかった。オートバランスでペガソが補助してくれるのだが、急旋回や小回りはなかなか難しい。
自転車も知らないミラが昨日初めてであれほど乗りこなしたのは、天性のセンスと言うほかない。
「よし、もう大丈夫だ。ミラ、後ろに乗ってくれ」
「よろしくねブルー。鹿が出てきたら、横をできるだけ同じ速さで走ってくれると射やすいわ」
「OK」
リヤシートに跨ったミラの胸の柔らかい感触を、ブルーは背中に感じる。
ペガソのコンソールに現れた
『!注意! 心拍数上昇』
のポップアップを『おせっかいめ……』と舌打ちしながら慌てて閉じる。
「Ooh-rah!!」
コンクリートと木々のハイブリッドの森に隠れた鹿を、ミラの鬨の声が追い立てる。逃げ遅れた1頭の横につけ、並走させる。ミラが素早くつがえ放った矢は、見事に首元に命中した。
「bien!」
2人の声が重なり、顔を見合わせて笑う。ペガソも親指を立てたイラストをポップアップする。
ミラの提案で、食べきれない鹿肉は燻製にして持っていくことにした。
リンゴの木があったので削ってチップにし、下から火をたいて燻す。崩れた建物のコンクリートがたくさんあったので、応急のかまどを組むのも容易だった。
「コンローでは麦は食べなかったの?」
「麦?」
「こんな感じの草の実というか……難しいな」
ブルーは苦心しながら、地面に絵を描く。
「あー、似たような草は生えてるけど食べなかった。クルミやリンゴ、オレンジはあったら食べるけど、秋しかないしね」
農業は人間に安定した食料をもたらすが、同時に莫大な労働を課す。人口が少なく狩猟採集で得られる成果が潤沢な土地では発展しないのが必然だろう。
「小麦から作るパンっていう食べ物があってね。ヒューストンでは毎日食べていたんだ。ミラが獲ってくれる肉や魚も美味しいけど、パンの味がもう懐かしいよ」
「へー、ミラも食べてみたいな」
「ああ、一緒に食べよう」
翌朝、一行はニューオーリンズに向けて出発する。リヤタイヤの横に鹿肉の燻製を吊り下げられたペガソは、若干不服そうだ。
「なんだよペガソ、文句がありそうだな」
「いえ、ただ時代の流れを感じているだけです」
「ははは、ペガソ機嫌直してよ」
そう言ってヘッドライトにキスしたミラが、リヤシートにヒラリと乗り込む。
「な……!」
絶句したブルーに、ペガソのポップアップが追い打ちをかける。
『I won.(私の勝ち)』
その日の夕方、ニューオーリンズに近づいた2人の目に入ったのは、視界いっぱいに広がる緑色の絨毯のような畑だった。
「麦畑だ!」
ペガソを停めてブルーが叫ぶ。
「ミラ、これが麦畑だよ。春の刈り入れ時期になると、このあたり一面黄金色になるんだ」
「asombroso……
まっ平らで、木も一本も生えてない」
「畑は人が開拓して作ったものだからね。これほど大規模に農業をやっているってことは、かなりの人数が……
あ、向こうに人がいる!」
5、6人の男がこちらに向かってくる。
皆黒人だ。そして、彼らが敵意を持っているらしいことにミラとブルーが気づいたのは、かなり近づいてからのことだった。
「この白人のガキ、どこから逃げてきやがった!」
男の1人がブルーに向かってムチを振るう。背中に回り込んだムチがポリエステル製の上着を引き裂く。
「ブルー!」
倒れたブルーにミラが駆け寄るが、引き離される。
「この女は何人だ?」
「分からんが、よそ者みたいだ。チェンバレン様に見分していただこう」
「あの鉄の馬はなんだ?」
「逃げろペガソ!」
地面に組み伏せられながら、ブルーが叫ぶ。スライドターンして走り去るペガソを、男たちが呆気に取られて見送る。
何事かと麦畑から頭を上げた農夫たちは、一様に薄汚れて疲れ切った顔をした白人や黄色人種だ。
『この街は一体どうなってるんだ』
ブルーは、薄れゆく意識のなかで強烈な違和感を覚えた。




