4話 弔い
鐵馬はミラとブルーを乗せてひた走る。
「ミラ、もうドローンは追ってこないよ。少し休もう」
後ろからブルーが声をかける。ミラが鐵馬を減速させると、スタンドが自動的に出てくる。
鐵馬から下りると、2人とも崩れ落ちるように大地にへたり込んだ。無理もない。16,17歳の少年少女が、初めての命がけの戦いから生還したのだ。
ブルーは、猛烈な喉の渇きを覚えた。鐵馬を停めたのは森の中だ。すぐそこに小川のせせらぎも聞こえるが、水筒のひとつも持っていないことに気づいた。
いや、水筒どころか食べ物も何もない。ミラは弓を持っているが矢も数本しかない。このままじゃ野垂れ死にだ。ああ、ヒューストンに帰りたい……
とブルーが涙ぐんでいると、横で同じく座り込んでいたミラがガバっと立ち上がる。
「……喉が渇いた、行こうブルー」
森に分け入ると、ミラは犬のように小川に顔を突っ込んで水をガブガブと飲む。喉を潤すと、また犬のように鼻を鳴らしながら周囲を窺う。
徐ろに這いつくばって、茂みの中の穴に手を突っ込むと寝ていた兎を2匹引っ張り出す。そのまま手近な木の幹にフルスイングで叩きつけ、血抜きをして皮を剥ぎだす。
「ブルー、青い(blue)顔してないで薪を拾ってきてくれる?あ、生えてる木を折るんじゃなくて、落ちてるやつ、パキっていうやつね」
確かに、水分を含んでいる生木は燃えにくい。当然のことだがやってみないと実感出来ないものだな、とブルーは感心した。
じゃあ、細い枝から太い枝まであったほうが火をつけやすいはずだ、と自分なりに工夫して集めてみる。
ミラは兎を捌き終わると、そのままザブザブと小川に入り兎と自分の身体を洗う。
ミラが立ち上がってここまで、わずか15分だ。
鐵馬のもとに戻ると、ミラが平たい石を拾ってくる。
「ブルー、この石で穴を掘って。大きさはこのくらいで、深さはこのくらい」
と、胸の前で両腕で輪を作り大きさを、人さし指と親指で深さを示す。
ブルーが穴を掘っている間に、ミラは生木を削って串を作り、兎肉に打っていく。
穴が出来るとミラが腰袋から麻紐と火打石を取り出し、手際よく火をつけ枯葉から細枝へと火を移し穴で火を焚く。
焼き上がった兎に、ミラがこれまた腰袋から取り出した岩塩を削りかけ、ブルーに渡す。
ブルーが初めて目にする、動物の形が残った肉。チラッと見るとミラはすでに両手で串を持ってかぶりついている。
倣ってかぶりつくと、想像以上にあっさりした淡白な味わいだ。疲れ切った身体に染み渡っていくのを感じる。ミラに倣って細かい骨を吐き出しながら夢中で食べすすめる。
「2人で用意すると楽ちんだね。ブルー、ありがと」
ひとしきり腹がふくれた頃、ミラがボソッと呟く。
「いや、僕の方こそ……
ミラ、君はずっとあの小屋で1人で生きてきたのか?」
「え?ずっとじゃないよ。1人でいたければ森にいるし、気が向いたら村で皆と食べたり寝たり」
「そうか……」
『寝たり』のニュアンスが気になったが、ブルーは言及しないことにした。
「でも皆死んじゃった。あんな小さくて可愛い弟たちも妹たちも、みんな」
ブルーは胸が締め付けられる思いだった。ミラの家族が死んだのは、僕が来たせいだ。ミラはそれを責めもしない。
ミラは賢い。虐殺の原因を理解していないわけではない。でもミラの論理では『でもブルーが私の家族を殺したわけじゃないでしょ』ということなのだろう。その率直さが、なおさらブルーの胸を締めつけた。
滲んだ涙を拭いてミラの方を見ると、ミラは涙を流していた。隠そうともせず。ミラはスクっと立ち上がり、涙を流したままゆったりと踊りはじめた。
家族への弔いの舞なのだろう。物悲しい舞を舞うミラに、ブルーはぼうっと魅入られた。
その時、夜空が赤く染まった。最初ブルーは、焚火の灯りにミラが赤く照らされているのかと思ったが違う。
夜空に真紅のカーテンがかかり、地上を照らしている。そんな異様な光景を意にも介さず、取り憑かれたように踊り続けるミラはあまりに美しかった。
呼応するかのように、舞い終わると空もいつもの闇夜を取り戻した。ひとつ息をつくとミラの涙は止まっていた。
「悲しい時も踊るんだね」
「そうよ。ブルーは踊らないの?」
「ああ、踊らない。Aburrido(退屈)だろ」
昼間の言葉を引用すると、ミラは少しだけ微笑んだ。
「……ねえブルー、ハグしてくれる?
わたし今triste(悲しい)でどうにかなりそうなの。ブルーが嫌ならbésameもファックも要らないから……」
言い終わらないうちに、ブルーはミラを力いっぱい抱きしめた。
「ごめん……ごめんよミラ……」
「ちょっといたいよブルー、なんで謝るの?なんで泣いてるの?」
ハグし返すミラの手の優しさに、よけいにブルーの目から涙が溢れた。
焚火が映す鐵馬の影が、まるで頷いたかのように揺らめいた。




