3話 鐵馬
ヒューストンの犯罪発生率は、昨年2432年のデータで「2996人に1件」である。21世紀とは比べるべくもない優秀な数値だが、ここ数年悪化の一致を辿り、ヒューストン上層部の悩みの種となっている。
治安維持の前線を担っているのが2000台配備された警務ドローンである。
市内いたるところにある防犯カメラと個人所有のオンラインデバイスから、AIが犯罪・暴力性向を検知するとドローンが出動し鎮圧・逮捕・収監までをおこなう。
グリッド・コンピューティング・サーバー上に事象の一部始終が記録されているので、警務ドローン出動時点で罪状量刑はほぼ確定している。ヒューストンでは、弁護士は開店休業状態だ。
その警務ドローンが、今ミラとブルーの前に赤い光を放って浮かんでいる。1辺30cm対角長60cm厚さ15cmの黒い正六角形。天面には、円柱形のGMUが斜めに突き刺さっている。
警務ドローンから抑揚の無いアナウンスが流れる。
『ヒューストン市条例102条1項に従いヒューストン市民に接触またはそれに類する行為をした非市民に対し安楽死刑を執行する』
ドローン内部で、キチキチ……と薬剤を調合する音がかすかに鳴る。
警務ドローンの主装備は、毒液を針状に凍結した『アイシクル・バレット』だ。用途によってドローン内部で薬液を調合、凍結し射出する。
傷害、窃盗犯程度に使用されるのは無力化のための麻痺弾、暴徒には抑止効果のあるスコビル弾が用いられる。
そして今ドローンがミラに向けているのは、即死性の神経毒弾だ。
「ねえブルー、この鳥なにか喋ってたけどどういう意味?」
「危ないミラ!」
呑気に問いかけるミラにブルーが覆いかぶさった刹那、発射された致死のつららがブルーの背に刺さる。
「ブルー!」
覆いかぶさったまま脱力したブルーを、ミラが慌てて仰向けにする。すでにブルーの青い目は瞳孔が広がりはじめ、震える唇の端から血の泡を吹き始めている。
『イレギュラー 市民を誤射 蘇生処置をおこなう』
即座に解毒剤と強心剤をミックスした氷針が形成され、ミラの頭の横をかすめてブルーの胸に打ち込まれる。
ヒューストンの荒療治に、ブルーの身体が波打つように震え、肺と脳が8秒ぶりの酸素を求めて激しく咳き込む。
『ブルックス・テイラー
あなたは本件についてヒューストン行政局から補償を受ける権利を有します。72時間以内に届け出……』
「ガハッ……じゃあ向こう3年間の学費の免除を要求するよ」
「丁重」な詫びに、血の唾を吐きながらブルーが皮肉を言えるくらい回復したのを見て、ドローンが再び標的に向かう。
ドローンがミラに向き直った時、すでに『標的』は強化弓を限界まで引き絞っていた。
動体検知と行動予測で、暴徒の棍棒や投石などかすりもしない警務ドローンも、初速200km/hに迫る至近距離からの狙撃は想定外だ。
ミラの矢は超ジュラルミンのハウジングを貫き、ドローンは力なく落下する。すかさずブルーが踏みつけてGMUのロックを解除、引き抜いてシャットダウンする。
ミラが、息を荒げているブルーに駆け寄る。
「ブルー、大丈夫?
わたしを……助けてくれたの?」
「ああ、でも市条例102条なんて聞いたことがないぞ……警告も無しに致死弾を撃ってくるなんて。
ヘリの墜落を検知して救助に来たんだろうけど……」
「ブルー?」
ミラが心配そうにのぞき込んでいるブルーの顔が、サッと青ざめる。
「ミラ、村はどっちだ!」
ミラは山刀と弓矢を引っ掴んで、ブルーは先ほど引き抜いたGMUを担いで、集落のほうに駆けていく。
とは言っても、ベースボールもフットボールも「観る専」のブルーは、毎日野山を駆け回っているミラに引き離される。はぐれないように、背中を追うだけで必死だ。
息も絶え絶えになったブルーが、湖畔に拓かれた集落の入口でミラに追いついた時には、日はすでにとっぷりと落ちていた。
何が近くだ、たっぷり2kmは走ったぞ……と顔を上げたブルーが目にしたのは、平伏したままこと切れた村人達の姿と飛びまわる10台以上の警務ドローンだった。
松明でも倒れたのか、村の中央の大きな建屋は炎上し村人の屍と無表情なドローンを赤く照らしている。
ミラも目の前の現実を受け入れられないのだろう、弓と山刀を握ったまま呆然と立ち尽くしている。
村人達にとって、警務ドローンは逆らうことの許されない『神の鳥』だ。突如大挙して現れたドローンに平伏している間に、わけも分からず死刑宣告を受け次々に致死のつららを打ち込まれたのだろう。
立ち尽くすミラを検知したドローンが、いっせいに赤く光る目を向けゆっくりと近づいてくる。
「ミラ、逃げるぞ!」
とブルーがミラの手を引くが、ミラは動かない。
「どこに逃げるの?」
ブルーは言葉に詰まった。確かに、10台以上のドローンから走って逃げ切ることなど不可能だ。どこかに隠れても、ソーラー充電しながらそれこそ『永久に』でも出てくるのを待つだろう。
「兄弟たちを殺した鳥をそのままにして?」
逃げ切れるかどうか、など考えていない。ミラはただ、兄弟たちを殺された怒りに震えている。
ミラが放った矢を、ドローンが軌道を読んで躱す。距離がありすぎたんだ、とブルーは推察した。
「Ooh-rah!!」
ミラが湖面を震わさんばかりにあげたのは、古代の最強の戦士団から伝わった鬨の声だ。山刀を大上段に構え、ドローンの群れに突っ込んでいく。
ミラの一撃は躱され、致死の氷針が放たれるが、ミラは山刀の平地で受け止める。
致死とはいえ、飛ばしているのは氷だ。金属で受け止めることは可能だが、凄まじい動体視力と一度見ただけで銃口を看破するミラの観察力あってのことだ。
とはいえ、10機以上のドローンに囲まれては成す術がない。無防備なミラの背中に銃口が向いた瞬間、ブルーが立ちはだかる。
ブルーの思惑どおり、ドローンの攻撃が止まる。ヒューストン市民を攻撃できないプログラムなのだ。
しかし、山刀でドローンを撃ち落とせるわけもなく弓を引く暇もない。さらにドローンから警告が発せられる。
『ブルックス・テイラー
治安維持に対する妨害行為とみなしレベル2排除措置をおこないます』
ブルーに氷針が打ち込まれる。
キズは小さいが、濃縮したカプサイシン成分が凍結されたスコビル弾だ。
キズに焼き鏝を押しつけられたような痛みが襲い、倒れ込みそうになる。
『ダメだ、倒れたらミラが毒針で撃たれる』
意識が飛びそうになる激痛のなか、ブルーはミラの背中を守り続ける。その時、柱が燃え落ちたのか炎上していた社の屋根が大きく崩れ、鐵馬が姿を現した。
鐵馬はところどころ炎に包まれながらも、倒れることなくその威容をミラとブルーの前に現した。
『あれは……?』
「ミラ、これを……!走れ!」
ブルーは痛みに崩れ落ちながら、GMUをミラに託す。GMUのイジェクトレバーを引っ掴み暴風のように駆け出しながら、ミラは想起していた。
踊りながら隅々まで何度も触れ、目に焼きつけた鐵馬の細部。そして先ほど神の鳥の心臓を引き抜いたブルーの動作。それを今託された意味。鐵馬の腹に空いた穴の形。
コンロー集落の先祖は、21世紀末の最強の戦士団である。矢が尽き刀が折れ、この地に安住を求めた。鐵馬は戦士を乗せ戦場を駆けた相棒だった。残った1頭だけが、また戦士を乗せて駆ける日のために大事に保管された。
いつしか村人は戦いを忘れ、鐵馬もただ神として祀られるようになった。しかし300年以上経た今、先祖返りのごとく過去の戦士に匹敵する闘争心、観察力、探究心を備えたミラという少女が生まれた。
鐵馬に向かい猛然と駆けるミラ。まず鐵馬を飛び越え、氷針を鐵馬を盾にしてやり過ごす。
GMUを斜めに差し込み、イジェクトレバーを倒すと鐵馬の腹にきれいに収まる。ブルーがやっていたように天面のノブを回し、GMUをロックする。
まるで毎日何度もおこなった動作のように、その動きは淀みない。死地に面したミラの直感と、濃く流れた戦士の血なのだろうか。
鐵馬の目とコンソールに光が戻る。300年ぶりに鐵馬の駆動系の隅々にオイルが駆け巡る。
ミラが鐵馬に跨る。交わるかのように踊りながら、『手綱』の右手側だけが回ることは知っていた。
手綱を捻ると前脚を高々と上げ、モーターが静かにいななき駆け出す。ミラは一瞬振り落とされそうになりながらも制御し、ブルーのもとに向かう。
ドローンが氷針を撃つも、想定外のスピードに後方に外れる。すれ違いざま、ミラが1機を山刀で叩き落とす。
「ブルー!」
「手を!」
激痛に倒れ込んでいるブルーに向かい、ミラが鐵馬の側面に大きく身体を倒し手を伸ばす。
手を握り、力の限り引っ張り上げる。
ブルーの身体が宙を舞い、リヤシートに見事に収まる。
かなりバランスを崩したが、鐵馬が自ら立て直してくれたようにミラは感じた。
ミラがさらにアクセルを捻る。
2人を乗せた鐵馬はドローンを、ヒューストンを、コンローを、後方に置き去りにし地平線の先へ駆けていく。




