31話 始まりの地
ブルーは森の中に立っていた。忘れもしない、ミラと初めて出会った場所だ。大きな鹿を肩に担ぎ、大きな丸い瞳で僕を不思議そうに見ていた。
そうだ、ひと目見た時から僕はミラが好きだったんだ。
ブルーはミラが現れないかと見回してみたが出てこない。不時着したヘリも無い。立ち尽くしていると、女の子の泣き声が聞こえてきた。
声をたどると、6、7歳ぐらいの女の子が泣きながら歩いている。ブルーは膝をつき優しく声をかけた。
「どうしたんだい?」
「妹とケンカして……いなくなっちゃったの」
「それは困ったね……一緒に探そうかロサ」
「なんでお兄ちゃん、私の名前知ってるの?」
「……君にはたくさん助けてもらったんだ」
ミラとハリエットは、コンロー湖畔で水浴びをしていた。
「ハリエット、ついでに魚突きに潜ろうか!」
「私はそんなに泳げないから遠慮しとくよ。ミラ1人で行ってきたまえ」
「ねえ!」
2人は、いつの間にか横で釣りをしていた少女に声をかけられる。
「魚が逃げちゃうから、騒ぐならあっちでやってくれない?」
4〜5歳とは思えない強気な物言いに、ミラとハリエットは顔を見合わせるが
「ここなら釣るより潜って突いたほうが早いよ!」
とミラが強引に引っ張り込む。
5匹突いて小屋に戻る道すがら、ハリエットが尋ねる。
「で、なんであんなところに1人でいたんだラウラ?」
「お姉ちゃんとケンカしちゃってさ……なんで私の名前知ってるの?」
「みんなあなたのことを知ってるし大好きなんだよ」
ミラが答える。
「ただいまブルー!」
「おかえりミラ!」
ミラが小屋の簾を開けて入ると、すでにブルーが火を熾していた。横にロサがちんまり座っている。
気まずそうなラウラを尻目に、ハリエットが室内を物色しはじめる。
「ここで2人は暮らしてるのか!いいところじゃないか!これは?獣肉を蜂蜜に漬けてるんだな。糖分で腐食を防いでるわけか!なるほど〜」
「ハリエット、キョロキョロしてないで座りなよ、ほら、ラウラも」
ラウラも、ロサのほうに目を合わせないようにちんまりと座る。
「さ、みんな揃ったしご飯にしよ!」
ミラが明るく声をかけ、内臓を取った魚を火にかける。
「で、なんで2人はケンカしたの?」
魚を齧りながらミラが聞く。
「だってロサが」「だってラウラが」
「2人とも、いっぺんに喋ったって分からないよ。順番にね」
いつの間にか、ロサとラウラは初老の年齢になっていた。
「ロサ、私はヒューストンに戦争を仕掛ける気など無かった。なぜ核で先制攻撃したのだ」
「ラウラ、あなたにその気がなくても核を持てば将来必ず資源獲得のため戦争になってしまうの。これは予想じゃない、未来予知で分かってしまったことなの」
「つまり私は、まだ犯していない罪の罰として蒸発させられたわけか。そのために私にすら隠して持っていた核を使ったことは、どう正当化するつもりだロサ?」
「正当化なんてするつもりないわ。ヒューストンと人類のために罪を背負うつもりで打ったわ。それが未来が見える者の宿命だと思ってね」
「人類のためか、私も人類のためのつもりだった。
……量子コンピュータで未来演算できても、面白くもなんともないな。ロサに見えていた世界もそうだったのか?そもそも私は永く生きすぎたのかもしれんな」
2人は30代の姿になった。
「ねえ、私達何処で間違ったんだと思う?もしかしたらラウラがヒューストンを出ようとした時、もっとしっかり話し合っていたら……」
「……変わっていたかもしれない」
2人は、ミラやブルーと同じ年頃の姿になった。
「いや、それよりもっと前だ。ヒューストン復興とか考えず、ただ2人で肩を寄せあって生きていければそれでよかったのに……
私が徒党を組んで人を集めたりしたから……」
「ラウラは悪くない!そもそも私に未来を見る力なんかがあったから!」
2人は再び幼児の姿に戻り、抱き合って泣きじゃくっていた。
「ラウラごめん」
「お姉ちゃん、わたしこそごめん」
ミラとブルー、ハリエットはその様子を肩を抱き合って眺めていた。
ミラがひとつ手を叩き声をかける。
「さ!お腹もふくれたし仲直りできたし、皆で踊ろうよ!」
ミラがロサに葦笛を渡す。
「いつもロサが吹いてたんでしょ?」
ハリエットが白衣のポケットから葦笛を取り出して吹き始める。ブルーも続こうとしたが、葦笛にはナイフの穴が開いていて使い物にならなかった。
ミラと顔を見合わせて苦笑し、ブルーも踊りだす。ミラがラウラの手を取り、ともに踊る。
皆が泣き笑いの中踊り続け、コンロー湖に夕日が落ちていった。
4人の意識は旗艦マンハッタンの量子コンピュータ室に戻った。ラウラのホログラムは顔を伏せて泣き続けている。
「ハリエット!駄目!戻ってきて!」
ミラとブルーの腕の中で、ハリエットの体温が失われていった。
泣きはらしたラウラが、ホログラムの筒の中でゆっくり立ち上がる。
「ロサ、ロサのいない世界で私は長く生きすぎて、こんなに醜くなってしまった。もう全部終わりにするよ」
ラウラが倒れているハリエットに振り返る。
「ハリエット、この艦隊から発射されたミサイルは戻ってくるようプログラムを改変したと言っていたな。ちょうどいい、ミサイルがここに落ちても、ヒューストンを焼き尽くすのに十分な火力だ。全て終わらせよう」
「やめろラウラ!何万人巻き込むつもりだ!」
ラウラはブルーを悠然と見下ろすと、見えないボタンを押すように立てていた親指を下ろすと、姿を消した。
「ミラ、逃げるぞ!ここにミサイルが落ちてくる!」
「だって!ハリエットが!」
ハリエットの顔は蒼白となり生気を失っている。
「残念だがもう助からない!僕たちがここで道連れになるのをハリエットが望んでると思うか?」
「でも……」
ブルーが未練の残るミラを引きずるようにして扉の穴から這い出る。
「何があったんです?」
待っていたペガソが尋ねる。
「細かい話はあとだ、ここにミサイルが落ちてくる!脱出するぞ!」
「単分子ワイヤーで出口まで道を開いてあります!」
「さすがペガソ!」
量子コンピュータ室は艦の最底部にあったので、揚陸艇が出入りするウェルドックはすぐそこだった。
1艇だけ残されていた揚陸艇で脱出する。
「ハリエット……」
離れていく空母を見ながらミラが涙を流していると
「ミラ、そんなに泣くな」
イータンからハリエットの声が聞こえてくる。
「ハリエット?」
「お師匠?」
イータン自身も驚いている。
「何度も言っているだろう?私は容姿端麗超絶頭脳のハリエット・パークス博士だよ?
もし私が死んだら量子コンピュータに人格再現AIを発動させるよう、プログラムを仕込んでいたんだよ。
もう少し早く死んでいたらラウラのミサイル発射も止めれたんだが、いくら私でも命尽きるタイミングはままならないものだね。
というわけでイータン、すこし間借りさせてもらうが気にしないでくれたまえ」
「お師匠〜もちろんだよ!」
「さて、課題を整理しよう。ミサイルは元々巡航距離限界まで飛んで戻ってくるようにしてあるから、着弾までは30分強ある。
ブルー達が逃げる時間はあるが、ヒューストン市民も、そしてニューヨーク市民も出来る限り助けたいものだね。
今私は、量子コンピュータと一体化してハッキングし放題だ。正直、神の如き全能感だよ。
ヒューストンにもニューヨーク艦隊にも、全てのデバイスをハックして避難を呼びかけよう。
ついでに、サーバーに繋がっている火器もハックして撃てないようにしてしまおう。
問題は逃げる場所だ。今から車両でめいっぱい移動しても、ほとんどの市民が助からないだろう。
ブルー、ロサから核シェルターがあるとか聞いてないか?」
「そんな、急に言われても……」
とブルーがポケットに手を突っ込んで考え込むと、何かが手に当たった。ヒューストンアストロズのキーホルダーだ。




