30話 ラウラとミラ
「紹介しよう、彼女がラウラだ」
ハリエットの素っ気ない紹介に、呆然とするミラとブルー。
「これが量子コンピュータ……」
「お前たちがミラとブルーかい?ハリエットから話は聞いてるよ。まだ可愛らしい子供じゃないか」
コンピュータから女性の声が響く。
「あの……ラウラさん。人間と喋ってる気がしないんで、なんかこう人の姿とか出せませんか?」
ミラが遠慮がちに言うと、ラウラが笑い飛ばす。
「アハハ!そうだねごめんごめん。これでいいかな?」
量子コンピュータの前に3Dホログラム映像のラウラが現れる。20代後半ぐらいだろうか。
「年齢はサバ読んでるけど勘弁してくれよ。300歳の私なんか見たくないだろ?で、ミラとブルーは船に大穴開けてまで何しに来たんだい?」
「ヒューストンから手を引いてほしい」
「ブルー、先にこれ言わなきゃ……あの……あなたの恋人のベネディクトさんを殺してしまってすみません」
「ふむ、ここまでたどり着くだけあって、あけすけに話す度胸はあるじゃないか。
一つずつ答えていこうか。
今回のヒューストン攻略は、300年前にロサの核攻撃で身体と故郷を蒸発させられた私たちの悲願だ。
全てを失い核の病に侵されたわずかな生き残りから、300年かけて原子力艦隊を組織し、数百年に一度の磁気嵐と力の衰えたロサの後継者。全てのピースが嵌ったんだ。
私は未だに覚えているよ。放射線障害で苦しんで死んでいった仲間達、復讐の志を次代に託し死んだ側近、そして核の熱線で溶けていく自分の身体をね。
分かったかね。手を引けと言われて手を引けるものではない。思いのほか抵抗にあって手こずっているようだが、装備も練度も違う。時間の問題だ」
「ベネディクトの件は、その言葉を一旦額面どおりに受け取っておこう。
私とベンの個人的な関係はともかくとして、ベンが死にお前たちが生き残ったのは、正当な戦闘行為の結果だ。軍人としては、君たちの戦いは称賛に値するものだった。
ただし、個人的にはベンを殺したブルーを赦すことはできないね」
「どうするの?私たちを殺すの?」
「アハハ!殺すだって?身体を持たない無力な私がどうやってお前たちを殺すんだい?
量子コンピュータは磁気嵐はもちろん振動にすら影響を受ける繊細な計算機だ。
ブルー、腰のコルトで白い筒を何発か撃てば、致命的な被害を与えられるよ。ついでにハリエットにも一発お見舞いしておけば、もう修理出来る人間は世界からいなくなるね」
ハリエットは『やれやれ』という表情でラウラを眺めている。
ブルーは、短い対話のなかでラウラという人間の恐ろしさ、魅力を思い知った。
なぜ彼女が荒廃したヒューストンの復興の指導者となったか。ロサの未来予知の力もあっただろう。でも本質はそこじゃない。
なぜ肉体を失ってなお、ニューヨーク艦隊の総督にまでなり得たか。量子コンピュータの力もあっただろう。でも本質はそこじゃない。
ラウラは、常に眼の前に居る者に剥き出しの魂、生命をさらけ出すんだ。敵も味方も関係なく。
それがラウラより何倍も大きな敵を畏怖させ、長きに渡って味方を心酔させてきたんだ。
ハリエットがラウラの元を離れなかったのも今なら納得できる。ブルー自身も、敵味方を越えてラウラという人間に魅力を感じていた。
そうだ、ラウラはミラに似ているんだ。眩しいまでの、あけすけで剥き出しの魂、生命の光。
ただ、ミラのほうが原初の光、透明に透き通った光だ。
とその時、ミラが口を開いた。
「ラウラ、あなた面白いわね。話し合いはおしまい、私とあなたで勝負しましょう。
隣の村と揉めて、話し合いでも解決しなかったら、最後は勝負するの。弓比べでも、博打でも、レスリングでもなんでも。
ラウラは身体がないから、何で勝負するかはそっちが選んでいいよ。
ラウラが勝ったら、私とブルーを殺してヒューストンを奪えばいい。
私が勝ったら兵士を引き上げて帰って。どう?」
「アハハハハハ!
ミラ!お前最高だな!その勝負乗ったぞ!」
傍らにいたハリエットの身体から力が抜け、ガクンと崩れ落ちる。次にこちらを向いだ時には、表情が一変していた。
「ハリエット、量子コンピュータに不正アクセスできるプログラムを仕込んでいたのに、私が気づいてないとでも思ったか?逆もまた然りなんだよ。身体をすこし借りるぞ!」
「ミラ!お前の弓と私の投げナイフで勝負だ!ヒューストンのならず者達を制したナイフ、300年ぶりに見せてやろう!」
言いながらラウラは、古めかしい投げナイフを取り出す。
「矢も1本、ナイフも1本の勝負だ!魂が震えるぞ!Ooh-rah!」
ミラは苦悩の表情でハリエット(ラウラ)に向かって弓を引き絞る。
『どうしたらいいの、ハリエットを殺したくない!でも勝たないとブルーも死んじゃう!』
「ラウラ卑怯だぞ!ハリエットを人質に取るなんて!」
「勝負の形式をこちらに委ねたのはミラだぞ?それにハリエットなど居なくなったほうがお前たちには得なのでは?」
「ハリエットは僕たちの大事な妹だ!殺すなんてできない!」
「……ロサは『大事な妹』を躊躇いもなく殺したぞ!お前たちもロサの意思を継ぐなら同じようにやってみろ!」
ハリエットの身体を乗っ取ったラウラの手から、投げナイフが放たれる。同時にミラが矢を放つ。
投げナイフはミラの心臓めがけ真っ直ぐ飛んでくる。
「ミラ!」
ナイフは、飛びかかってミラを押しのけたブルーの胸に刺さった。
ミラが放った矢は狙いをずらし、ハリエットの左肩をかすめ量子コンピュータの下部に向かうかと思われた。しかしその時ハリエットが横っ飛びに飛び、胸に矢を受けた。
「ハリエット!ブルー!」
ミラの悲鳴が響く。
「ハリエット、戻ってたの?」
「うぅ……私はヒューストン最高の頭脳だからね。肉体ハッキングも想定内だよ」
「なんでこんな無茶を……どうしよう」
ハリエットを抱きしめ涙を流すミラの後ろで、倒れていたブルーが起き上がる。
呆然とした表情でナイフが刺さっているデニムジャケットをめくると、その胸には傷ひとつもない。
「ミラ、見てくれ!ミラがくれた葦笛が守ってくれたんだ!」
ブルーの手には、ナイフの細い刀身を受け止めて穴の空いた葦笛が握られている。
「その笛は……なぜお前がそれを……」
笛を見た3Dホログラムのラウラが、激しく狼狽する。
そして、ブルーが笛に刺さったナイフを抜こうと握った瞬間、ラウラとロサの記憶が流れ込んできた。
『サイコグラフィ』だ。ワシントンDC地下のロサが書簡を刻んだ岩盤と同じ、いやそれより遥かに強大な力で自らの思念・体験を焼き付けている。
その力は、この場にいる4人の意識をコンロー湖畔に転移させた。




