29話 旗艦マンハッタン
街を迂回しトリニティ湾に向かうブルー達にも、ホワイトの最期の交信は届いた。誰も何も言わなかった。
ミラとブルーも、何か話すと感情が溢れ出してしまうのを自分で理解できた。今はただ、前だけを見て目的地に向かうだけだった。
湾を見晴らせる崖の上に出ると、グレーの山のような空母が3隻停泊しているのが見えた。
「コンロー湖よりうんと大きい湖に山みたいな船、初めて見た……」
「ミラ、これが海だよ。僕も初めて見た。こんな時に何だけど、すごく綺麗だね」
「空のブルー、湖のブルー、海のブルー。これが世界……ブルーに会って、色んなブルーを見れた」
リヤシートのミラが、ブルーに抱きつく。
「お2人さん、いい雰囲気のところ悪いですが、この中からラウラを探さないといけませんよ。ハリエットも」
「待って、お師匠から秘匿通信が入った。恐ろしく複雑な暗号だ……
『私とラウラは旗艦最深部にいる』だって!」
「おそらく、あれが旗艦だ」
マミコがひときわ大きな船を剣で指す。
「あのビーチに揚陸艇が接岸しているな。戦闘車が戻ってこないうちに鹵獲しよう。あの程度の兵力なら今の私でも……」
「待ってマミコ。ラバースーツを着ていない後方部隊だ。あれならボクのアイシクルバレットで十分だよ」
イータンが割って入る。
「そうだな、ここはイータン軍曹に任せようか」
と、マミコは剣を納める。
電磁ステルス、光学ステルスで擬装したイータンは、20人ほどの揚陸艇部隊をあっさりと麻痺弾で片付けてしまった。
「イータンすごく強いね!」
ミラがハウジングにキスすると、イータンも上機嫌だ。戦闘車を積んでいただけあって、乗り込むとかなり広い。おまけにフル充電GMUのストックも潤沢にあり、ロボット達は満腹になることができた。
操艦できるか心配だったが、操作デバイスは相変わらずの2スティック6ボタン4トリガーのコントロールパッドだったので、ブルーが問題なく操縦することができた。
「ところで、これどうやってデカい船に入っていくの?誰か知ってる?」
「俺もマミコも陸軍育ちだからな!知るわけねえ」
「まあ、行けばなんとかなるでしょう」
「なんか皆急に適当じゃない?」
「撃たれた!水が入ってきてる!死ぬ死ぬ!」
「ブルー落ち着きなよ、ブルーの『死ぬ死ぬ』は死なないんだよ」
「そんなこと言ったって!」
空母に近づくと、ブルー達の揚陸艇は猛然と機銃を浴びることになった。
「誰だ!行けばなんとかなるって言ったのは!俺は泳げないぞ!」
「僕もだ!」
「おや、ずいぶんな歓迎ですね……マミコ、満身創痍のところ悪いですが天井をブレードで切れますか?」
「承知した」
マミコが長刀一閃、揚陸艇のルーフを3m四方に斬り開く。
ペガソの前後輪から上向きに小さな爆発音がして、すこし車体が浮き上がる。
「単分子ワイヤーのアンカーを打ち込みました。ウインチで巻き上げるので、一気に甲板までお邪魔しましょう。もう膝まで水が来ていますしね」
「ペガソ、なんでそんなに余裕なんだよ!」
「『ピンチこそ笑え』が私の昔の乗り手の口癖でした」
スレイプニルに跨りながらマミコも声をかける。
「その男、私も気が合いそうだな」
「女でしたよ」
「……なおさらだ」
ウインチはブルーが想像していた5倍速く巻き上がり、甲板の上5mほど跳び上がって2台は見事に着地した。
そこには、Angriffstrupp(強襲隊)3小隊15人が待ち構えていた。
「さあ皆さん、ピンチですよ。笑いましょう」
マミコが欠損した右手首に脇差をテープでぐるぐる巻きに固定し、左手で長刀を持ち鞘を捨てる。
その顔は、今まででいちばん狂気と愉悦に満ちた表情だった。
「Currahee!死ぬにはいい日だ!」
マミコとスレイプニル得意の、時速200kmでの突進を繰り出す。一般兵相手なら一撃で10人は屠れる攻撃だが、強襲隊は強化された反射神経で躱してしまう。
「クソッ!甲板が狭くてスピードを出し切れねえ!」
甲板の長さは約300m。いかに加速・制動に優れたスレイプニルと言えど本領を発揮するには短すぎるのだ。
最初の突撃で唯一、重装の前衛兵に脇差を当てるが、応急で固定した脇差は相手の身体に残り、マミコの右腕は奇妙な方向にへし曲がっていた。
マミコは負傷をものともせず、突撃を繰り返す。この時点でマミコは戦法を切り替えていた。先に斬りかかるのではなく、突進を見切って襲ってきた相手の攻撃を受け、その隙を斬る相討ち戦法とした。
じわじわではあるが、強襲隊の数が減っていく。何度目かの突進をタンク役の重装兵に受け止められる。
マミコはその兵をすぐさま長刀で突き殺すと、スレイプニルを下り殺到して来た兵と白兵戦を演じる。先ほどと同じ、斬られたら斬り返す、阿修羅のような戦い振りだ。それに気づいた強襲隊も、襲いかかるのに二の足を踏み始め射撃で仕留めようとする。
「どうした!かかってこい!ヴァルハラが我らを待っているぞ!」
銃弾を受け血の泡を吹きながら、マミコが哄笑する。
スレイプニルも自動猟兵で応戦……いや、その動きは、マミコに向かう斬撃銃撃の一部を自らのボディで受けることに終止していた。
「マミコ、スレイプニル!伏せろ!」
ペガソとイータンで単分子ワイヤーを張り、囲まれているマミコ達を間に挟み突っ込む。一斉に散開し、逃げ遅れた何人かの兵が輪切りになる。
その隙に再びマミコがスレイプニルに乗り込み、離脱する。
「よしいいぞ!今のでだいぶ減った、あと4人だ!
……おいマミコどうした?応答しろ!」
返事の代わりにスレイプニルのタンクに、マミコの頭が突っ伏した。
左腕に剣を握ったまま。
「おいまさか!マミコ!マミコ!
……俺より先にヴァルハラに行っちまったのか、挨拶もなしに。
お前らしいな、マミコ」
スレイプニルは秘匿すらしない通信で、ペガソに怒鳴る。
「ペガソ!ブルー!ミラ!俺とマミコで最深部への道を開く!この戦争終わらせてこい!ヴァルハラで見ているぞ!」
スレイプニルは飛び上がると斜め下75°に強襲隊を狙う。猟兵腕でマミコの長刀を前面にセットする。
「これが最後のモノクロニウスだ!」
GMUの残り全電力を消費し、パルスジェット推進で亜音速の火球となったスレイプニルとマミコは、敵を巻き込みながら空母の中心に巨大な縦穴を穿った。
「マミコー!スレイプニル!」
ミラとブルーの絶叫は、縦穴に吸い込まれ消えた。
「ミラ、ブルー、悲しんでいる暇はありません。下りましょう。彼らの思いを無駄にしないために」
縦穴をペガソに乗り1フロアずつ駆け下りていく。穿った穴の最深部に到達すると、分厚い扉の下部50センチほどが先ほど衝撃で削り取られ、そこから冷気が漏れてきている。
「まったく、無茶をしてくれるな君たちは。その穴から入りたまえ」
「ハリエットか!?」
ペガソから下り、ミラとブルーが穴に潜り込む。
白衣を着たハリエットが、天井から吊り下げられた3本の白い筒の前に立っている。
「よくここまで来たね、紹介しよう。彼女がラウラだ。」




